プロローグ 操朝柊1
「とりあえず、寮の中に入りましょうか」
向かって左側の建物、つまり女子寮へと僕は足を踏み入れる。少しの罪悪感と羞恥心を持ちながら扉を開ける。
「色絵翠ッ! おいコラ待てっ!」
「……へっ?」
それは同い年くらいの女の子が声を枯らしたように怒り叫ぶ声だった。
「お前のために折角最高傑作の特異兵仗を作ってやったのに今の今まで護衛軍に入らなかったのはどういう了見だゴラァァア!」
家中に響く声と上でドタバタとなる足音。そして此方に近づいてくる翠ちゃんともう一人の気配。
「あっ瑠璃くん、お話終わったんだね!」
「え……うんまぁそうだけど」
「何ですの?この騒ぎ?」
すぐそこに瞬間移動をして話しかけてくる翠ちゃん。どうやら誰かに追いかけられている様子だった。薔薇さんも怪訝そうに眉をひそめ翠ちゃんに近づいた。
「見つけたぞ! 絶対に逃げるなよ!」
声がした階段の踊り場を見ると眼鏡をかけた少女の姿が見える。その少女は翠ちゃん目掛けて跳び膝蹴りをした。
「あっやばい! ごめん、薔薇ねーさん! 『物質転移』!」
「えっ何ですの⁉︎」
翠ちゃんに触れられた薔薇さんは空中に転移させられる、丁度そこはその少女の跳び膝蹴りが顔面に当たってしまう場所だった。
「あっ」
「えっ?」
『グギ』と鈍い音がし、少女に蹴られた薔薇さんは数メートル飛び、壁に当たる。
「おまっ……! 色絵翠っ! なんて事してくれてんだっ! 薔薇さんに蹴り当てちゃったじゃねえか!」
「いやぁ……そこに薔薇ねーさんがいたからつい……」
「ついじゃねえ! 何やってんだこのアホっ! あの人キレるとウチのにーちゃんより怖えからな! お前薔薇さんがキレたところ見た事無いかもしれないけど、まじでやべぇよ……!」
状況をよく理解していないが、完全に翠ちゃんが悪い気がする。
「いやぁ……大丈夫だって、これくらいで薔薇ねーさん怒んないって。それに怒ってたとしても瞬間移動で逃げるから」
「ばかっ! そんなことしたら余計火に油注ぐだけだぞ!」
二人がそんな話をしている内に無言で立ち上がる薔薇さん。その表情が見えた瞬間、全く関係ない僕でも悪寒がした。
そのまま無言で二人の方へ歩いて行く薔薇さんに命の危機を覚えた僕はなるべく離れる。
翠ちゃんは逆に近づいていって薔薇さんの肩を叩く。
「ごめーん。薔薇ねーさん! 怪我してなーい? ……あはは、笑ってるよ。ドMなのかなぁ? ほら大丈夫だって、朝柊……ってやっぱり怒ってる?」
「おいコラっ! これ以上刺激すんな!」
少女は引きつった笑いを浮かべたまま、後ろへ逃げようとしていた。
「流石に怒らせちゃったかな? 『物質ーー!」
瞬間、二人は薔薇さんに頭を鷲掴みにされる。
「お待ちなさい、お二人とも」
「ヒッ」
「あれ……転移出来ない、やばいかも。瑠璃くんタスケテ」
「ごめん、無理」
薔薇さんの身体からバチバチと言った電流の流れる音がする。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 今のは完全に色絵翠が悪いです! 私関係ないし、二度としないからお願い! やめてください!」
「朝柊さん、言い訳はそれで終わりですの?」
朝柊と呼ばれた少女は奥歯をガタガタ言わせながら完全に怯えきっていた。
「タスケテ……タスケテ……ルリクン……ジカハヤバイッテ」
「瑠璃さん、ちょっとお外で待っていて下さいまし。すぐ"終わらせる"ので」
「あっハイー」
「コノウラギリモノー」
僕は即座に玄関から外へ出て、耳を塞いだ。耳を塞いでもバチバチと聞こえて来る電気の弾ける音と二人の少女の断末魔。
鳴り止んだ後、しばらく経ってたから家の中の様子を覗くと床には白目を剥きながら手足をピクピクとさせた二人の少女が横たわっていた。
「あばばばばば」
翠ちゃんは舌が痺れて口から変な音を出していた。心底、どんな過程でこうなったのか見なくて良かったと思った。
「ごめんなさいね、見苦しい所見せてしまって」
「イエ、ダイジョウブデスー」
「さてと、お二人ともそろそろ起きてくださいまし」
薔薇さんが指を鳴らすと二人の痺れが一瞬で消えた。二人は立ち上がる。
「何か言うことは?」
「チッうっせーな……反省してまーす」
「聴こえてますわよ。翠さん」
「お前よくそんなこと言えるな……まじ、すいませんでした」
「……まぁ、いいでしょう。翠さんは後でもっときついお仕置きが必要みたいですわね」
「えっ……?」
「ざまぁみろ」
「瑠璃さんもこの二人みたいにはならないで下さいね」
「あっハイ」
僕は絶対にこの人を怒らせない事を心に誓った。




