プロローグ お茶会8
机にあるコーヒーは時間が経ってしまったため、湯気が立ち込める事はもう無くすっかり緩くなってしまった。しかし僕は猫舌だから、丁度これくらいが良い。
僕はそのコーヒーを口に含み、気を取り直しながら薔薇さんに貰った紙を黙読する。コーヒーに入れたミルクのマイルドさと砂糖の甘さが口の中で浸透するとその舌が美味しさというものが感じられる。
「美味しい……」
思わず感嘆してしまったが、気にせず紙を読み進めていく。
『第三項
護衛軍に所属するものは感情生命体を人類の敵とみなし、これを駆逐・殲滅する権利が無条件に与えられる。』
感情生命体は人類の敵という記述に少しだけ傷ついてしまうが、僕以外本当にそういう生物である可能性の方が高いので実際にはそうなのだろう。
「ふむ……」
僕は書いてある事になるべく反応せず受け流す。
『第四項
護衛軍は五つの幹部と二つの構成員、そして医療系従事者のみに特化した人員からなる一つの階位が存在する。
幹部は上位の位から大将・旅団長・大将補佐官・佐官・尉官となっており、佐官・尉官にはそれぞれ一佐官〜三佐官といった細分化もされている。
又、構成員は准尉・曹となっており、准尉は単体だけ、曹には曹長と一曹から三曹が存在する。
これらの区分はおおよその活躍度と個々人の身体能力が目安となっている。
そして医療従事者のみに特化した人員は士と言い、これに所属するものは全国の護衛軍母体組織である病院で医師や看護師を務める。
護衛軍の者はこれを明確に理解し、日々の仕事に努めなければならない』
この第四項はさっきの試験で白夜さんが言っていた役職配分についての事だろう。
「ところで僕って試験して無いですけど何の役職になるのか、検討は付いているんですか?」
丁度良いから薔薇さんに僕がどんな役職につくのか聞いてみる。
「えぇっと……瑠璃さんは特異能力者ですし、特異能力も使いこなせていない訳では無いと思うので、おそらく通常通り三尉官という事になると思いますわ。それでも一応幹部という事でそれなりに待遇は良いですわよ」
「待遇……?」
「例えば私達が現在利用しているこの敷地内の寮を生活費全て込みで無料で使えたり、本部にあるトレーニングルームや模擬戦室なども予約無しで使えたり」
「結構いいですね」
やはり、それだけ特異能力者の存在は貴重だという事なのだろう。
そういえば、僕も翠ちゃんも護衛軍に入る事が出来たら、実家から出て寮で暮らす気であった。それに僕は現在ほぼ一文無しで紫苑姉さんとの仲がかなり険悪な為、寮への引っ越しが絶対条件であった。これ以上良い条件もそうそうないだろう。
「翠さんは今霧咲さんに寮を案内して貰っていますわ。重要な事はもうほぼ終えましたし、私達もそろそろあちらのほうへ向かいますか?」
「はい」
僕はコップの中にあるコーヒーを全て飲み終え、薔薇さんと共に休憩室から退出する。そして、本部棟から出て敷地内を数分歩くとかなり綺麗で大きな三階建ての一軒家が二軒立っていた。そこが護衛軍に所属する幹部の寮となるのだろう。
「右が男子寮で左が女子寮ですわ。ここの他にも本部棟の方に大将補佐や佐官が寝泊りに使う部屋も有りますわよ。現在女子寮には私や霧咲さん、紅葉さんに朝柊さんが住んで居ますわ。男子寮は白夜さんと所要の二人くらいですわね」
こんな大きな家にそれだけしか住んで居ないのか。やっぱり護衛軍……というか特異能力者の人材不足は結構深刻ではないかと思ってしまう。
「翠さんはもう中でここに住むための身支度を済ませているみたいですわ」
すると薔薇さんは気まずそうに僕に訊ねる。
「ところで瑠璃さん……あの、男子寮か女子寮……どちらにしますの……? 戸籍上は男性となっていましたが、容姿も中身も女性では少々困る所もあるかと思いますので……」
薔薇さんがこのような質問をするのは僕が本当の意味で両性である事を知らないからだろう。勿論それは僕自身が『治癒の能力』をもつ特異能力者ではなく、『万物に干渉し操作を可能とする』感情生命体である事実を黙っているからである。
どちらにせよ、薔薇さんにはこのまま家の事情で男として育てられた女性である『色絵瑠璃』として接するのが一番良いのかもしれない。だから、答えるべき回答としては……
「そうですね、男子寮に入って皆さんを困らせるのもアレですし、女子寮でも良いですか? 勿論皆さんの許可を得てからにしますが」
「分かりましたわ。そのように皆さんに連絡しておきます」
彼女はほっとしたように息を吐いた。




