プロローグ お茶会4
「アドバイスありがとうございます」
「さっ、どんどん読んで、分からないところは質問してくださいまし」
僕はそのまま渡された資料を読み進めていく。
『第二項
我々護衛軍は死喰い樹の贄を守る為に存在する武力組織である。よって軍員全ては贄の命を優先した行動を心がけなければならない』
この第二項は現在贄である人が死んでしまうと、死喰いの樹の封印が解け自死欲感情生命体が完全に復活してしまうからと伝承がある。
「たった一人の命が失われただけで、全ての人類が消えてしまう……本当にそんな事が可能なんでしょうか」
「……十年前封印が解けかけた事がありましたの。それが後の樹教発足に繋がる事件、『漆我紅事件』ですわ」
『漆我紅事件』ーーいくら文献を調べた所で一切の情報が統制されていた事件だ。調べようと思ったきっかけは青磁にぃからその存在を教えられ、その時何があったのか気になっていたからだ。事の根幹には紅葉もそこに関わっており、彼女に対してもっと知りたいというのが本音になってしまうのだろう。
「その『漆我紅事件』について知っている事教えてもらえませんか?」
すると彼女の眉がピクリと動く。
「私に聴くよりも紫苑さんに聴いたほうが……いえ、彼女からは話せなかったのでしょうね……」
「教えていただけませんか……?」
「分かりましたわ」
彼女はふぅと息を吐く。
「私の両親の話になってしまいますがよろしいですわよね?」
「はい」
「……漆我紅は狡猾な人間だったと聴いていますわ。彼女が居なくてもお父様とお母様は感情生命体になっていたと思いますが……」
彼女は窓から遠くの樹の方を見て話を続ける。
「お互いのDRAGを使いあった夫婦がいる話聞いた事があります?」
「お互いDRAG……?」
そういえば紅葉も黄依や衿華のDRAGを使ったって……
「最初期のDRAGの研究って特異能力の強化だけでなく、特異能力者を増やす為の研究でもあったのですのよ」
薔薇さんのこの言い方からするとDRAGの危険性、使用者はいずれ感情生命体になってしまうという事が発覚したのは丁度『漆我紅事件』の時だったのだろうか。
「それが、『漆我紅事件』で初めて露見したという事ですか……?」
「ええ、そうですわね。私の両親はその副作用による初めての犠牲者でしたわ。そして、その副作用により生まれた感情生命体が招いたのは死者・行方不明者・精神崩壊による廃人化という犠牲者を多数出してしまった最悪の事件ですわ」
薔薇さんは僕の方を一切見る事をせず、ただあの樹の方をずっと見つめているだけだった。
「ごめんなさい……思い出したくもない事を言わせてしまって」
すると彼女は此方をすぐ振り返り、間を開けず答えた。
「いいえ、私は実際見た訳でもないので、あまり気になさらなくて結構ですわよ。それに、お父様やお母様のお陰でDRAGの危険性と有用性が分かりましたわ。それで救われる人が沢山居たなら、そのほうが二人も喜ぶと思いますわよ」
割り切っているようには決して思えないその声に僕は何も言えなかった。
「……」
「本当に大丈夫ですのよ? 青磁さんのご家族だからといって瑠璃さんが気にする事ないですし、そもそも青磁さんに対しても全く恨みなんて無いですから」
こういう時、決まってどう声をかければいいのか分からなかった。だって、実質彼女の両親が感情生命体になったのは僕の実の兄が居たから……普通なら誰かに当たってもいいんじゃないかって。
「……悲しみとは少し違う感情なのでしょうか、心にポッカリと穴が空いてしまった。私にとってはそんな形容出来ない感情だったのでしょうね」
「それは……」
僕もなんとか言葉にしようとするが、やはり言葉に詰まってしまう。すると彼女が何かに気付いたように独り言呟いた。
「あぁ……そうでしたの、あの時の霧咲さんの想いってこういう事でしたの」
彼女はほっとするのと同時に頬を少し赤らめ、目の前の紅茶を眺めていた。彼女の言葉の意味は分からないが少しだけ嬉しそうに思えたのは気のせいだったのだろうか。
「……?」
「いいえ、気にしないでください。これ以上、『漆我紅事件』について何も言えませんが、何か参考になりましたか?」
「……はい、ありがとうございます」
結局、彼女の言葉の意味は理解できなかった。理解する必要もなかったとは思うが、あれは僕も知りたい感情の一つだったのかもしれない。
そんな事を考えていたら、薔薇さんの方から次の質問を声かけられた。
「そうだ瑠璃さん、聞かない方がいい質問かもしれないですがよろしいですか?」




