プロローグ お茶会3
「ところでなんの話をするんですか?」
僕はコーヒを飲みながら薔薇さんに問う。
「えーっとですわね、次は瑠璃さんに護衛軍での暮らし方やルールについて、少しでも暮らしやすくなるようにお話しようと思っていましたの」
「なるほど」
確かに、僕は護衛軍に入るための試験はしたけど、それは適性な試験であった訳ではないし、翠ちゃんみたいに機関に通っていた訳でも無い。だから、圧倒的に普通の人達より護衛軍に対する知識や常識が欠如しているのだ。
「中には触れれば、紅葉さんのように懲戒処分で出動停止になってしまったり、最悪の場合解雇されてしまう場合もあるのでお気をつけくださいわね」
すると彼女からたった数枚の紙を渡される。
「たったこれだけですか?」
「本来は凄く分厚い本を読まなきゃなんですけど、時間が勿体無いので私と踏陰一佐でまとめさせて頂きましたわ。たった数枚しか無いですがこの紙に書いてある事さえ守ればなんとかなりますわよ」
「僕の為に……ありがとうございます」
「どういたしまして、それだけ瑠璃さんの能力が期待されているという事ですわよ」
渡された紙を見ると表紙には護衛軍が誕生した理由や経緯、その理念が書いてある。
『第一項
護衛軍の母体組織である国立病院を表すこの片翼の蛇と生命の樹の意味は"人の命を尊重し、苦しみの中にいる者は、敵味方の区別なく救う"という考えがあり、護衛軍もその意思を尊重し盾を表した五角形でそれを囲った物を組織の標識として表している。その為、軍員はこれを絶対に遵守せねばならない』
「へぇ……このマークってそんな意味があるんですね」
「結構知られていないけど重要ですのよこれ」
薔薇さんはそう言いながら、服に装飾されているマークを僕に見せる。
「瑠璃さんも明日からこの軍服を着て貰いますわね。あと、色が沢山あるので明日までには色を決めて頂けると嬉しいですわ」
「あっ、じゃあ紅葉と同じのでお願いします」
「分かりましたわ。後でそのように手続きしておきますわね」
「ありがとうございます、サイズ合わせが明日あるのでご協力お願いしますわね」
「あっはい」
彼女の話に頷きながら、僕はもう一度この第一項に目を通す。すると、"敵味方区別無く"という文章に引っかかりを覚えた。
「これ……敵味方区別無くって、もし特異能力者がテロ活動を行なったりしても護衛軍が手を出せないって事になるんですか?」
つまり、苦しみの中にいる人々を救わなければいけないという事は犯罪者に対してたとえ拘束する為であろうとも危害を加えてはいけないという事になる。そういう場合、通常の人間なら警察でも対応できるだろうが、特異能力者や樹教のような団体だった場合どうするのであろうか。
「いい質問ですわね! ええ、その通りです。私達、護衛軍は人間に対して筒美流や特異能力といった人智を超える武力で攻撃してはいけない事になっていますわ。理由は人の命を尊重するため。本来、人類を種として守る為の我々が人間を傷つけるというのはおかしな話になってしまうという訳ですわね」
「でも事実、特異能力者による犯罪も世の中には存在していますよね。僕達はそれを取り締まる事はできないんですか?」
例えば最近多発している集団行方不明事件。行方不明になっている筈なのに死体が死喰いの樹に吊るされていない事から人智を超える力で人の死体を消している、もしくは僕の知らない方法で樹に感知されないようにしている。前者にしても後者にしても特異能力によるものと考えるのが自然だろう。
こういった事件が発生した場合僕達は一組織の人間としてどういった行動をすれば良いのか、聴いておかなければならない。
「いいえ、そうとは限りませんわよ。私達は立場上いわば贄である漆我沙羅様直属の軍隊という事になります。その為、客観的に判断して沙羅様の命に危険になる場合、又は沙羅様自身から命令が降った時に対して武力の行使が可能となります。その他にも色々例外があるのですが、ひとまず争いを起こさない事、苦しむ人間が出ない事、それが護衛軍一番の目的という事になっていきます」
「それでもやっぱり救助が遅れたりはするんですか?」
その質問をすると、薔薇さんは悲しそうな顔をして言う。
「ええ、特異能力者は存在自体が稀なので滅多に犯罪事件などは起きないのですが、やはり少なからずそう言う事はありますわね。ですが現行犯など、そういう場合に限り対処する事ができる役職でもあるので状況によって各々の判断が必要になっていきますわ」
「それだけ特異能力や筒美流奥義は使用する際に危険が生じるって事なんですよね。一般人に被害が出ないようにする事も立派な仕事の内の一つって事ですよね」
思えば特異能力の一つ一つがたった一つで大多数の人間を制圧可能なものばかりである。僕の特異能力にしたって使用を誤りさえすれば一瞬で人間を粉微塵にすることさえ可能なのである。
「はい。そう思って戴けると嬉しいですわ。だから、もし今後誰かを助けなくてはいけない場面になって迷ってしまいそうになっても自分自身の意見で貫いた行動をしてほしいと思っていますわよ」




