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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act four <第四幕> Dandelion──花言葉は別離
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プロローグ お茶会2

「……スゥー」

「……フゥー」


 薔薇ばらさんは今、自分が何を口走ったかを自覚して口から声にならない音を出す。気まずさが臨界点を突破した空気を誤魔化すように僕からも空気を思い切り吐く音がする。


「あの……その……なんか、ごめんなさい」

「謝らないでくださいまし⁉︎ 気を使わせてるみたいで余計に恥ずかしいですわっ!」


 顔が紅潮し、まるで頭から湯気が出ているように恥ずかしそうな反応をする。それを紛らわせるために、サイドテールを指でくるくると弄りながら、彼女は僕を見る。


「どうか、この事はご内密にして頂けると……」


 どうやら彼女の恋への姿勢は真剣そのものであるが、それが空回って黄依きいに嫌われているのだろうか。


 というか、護衛軍の恋愛状況ってどうなっているんだ? 紅葉もみじを中心に何角関係を築いているのだろうか……?


「アッハイー」


 そんな事を考えていたら気の抜けた声で返答をしてしまった。


 そして状況がよく掴めないまま話題は僕の方へと変わる。


「ん"ん"……さて、わたくしの話は置いておいて、瑠璃るりさんは紅葉さんのこと本当に好意に思っていらっしゃるのですか?」


 それは僕にとって誰かに相談したかったが、誰からもされたくない質問であった。何故なら紅葉へのこの衝動は脳が、心が、本能が、僕の意思とは全く関係もなく自然と生み出す感情だったからだ。


『リビドー』……生存欲、性的欲求、生物が生物たりうるための原始的な本能とも解釈できる感情。


 僕はその『リビドー』の感情生命体エスターだ。


 だから、僕の紅葉への想いは感情生命体エスターとしての僕の生理的な欲求に過ぎないのかもしれない。


 加えて、『生存欲リビドー』は『自死欲タナトス』に相対する感情。その為、『自死欲タナトス』に囚われている紅葉と感情生命体エスターである僕との間には『生存欲リビドー」と『自死欲タナトス』による未知なる化学反応が起こり、互いに惹かれあっている可能性もある。


 だから、僕は本当の意味で紅葉を好きなのか、恋しているのか、愛しているのか。


 何が恋で何が愛か、それが分からない……


 この衝動は果たして人間によるモノなのだろうか。


 僕が紅葉の事が好きなのは僕が化け物(エスター)だからなのではないだろうか。


「判らないんです。この気持ちが虚構のものじゃないか、本当に僕の気持ちなのか。誰かを好きになるって本当にこういう気持ちで合っているのか」

「……」


 薔薇さんは黙って少し俯いて、考える。


 まるで、僕の為に考えている訳ではなく、彼女自身の為にそれを考えて、自分に『他者の事が好き』という気持ちが本当の意味であるのかという事を確かめているようであった。


 そして、彼女の口がまた開いた。


「皆さんも、きっと一緒ですわよ」


 少し震えた声から彼女の抱えているモノが叶わぬモノだと自然に思わされてしまった。


わたくしは罪悪感で人に恋慕をしていますわ」


 恐らく、薔薇さんと黄依の間で何かあったのだろう。信念や特異能力エゴに関わるような何かで互いを傷つけ合ってしまったのだろう。


「こんな歪な気持ちを恋という綺麗な気持ちに括っていいかなんて、最初は戸惑ってしまいましたわ。でも、考えていくうちにどんどん附に落ちていくモノがあって納得してしまいましたの」


 悲劇に出てくる主人公の少女のような顔をして彼女は自分の胸に手を置いた。


「堕ちていくもの、止まらないもの、離れていけば実らないもの。きっとそれが恋ですわよ。だから瑠璃さんは大丈夫。後悔しないうちにその想いを紅葉さんに伝えてあげてくださいまし」


 そして、確かめるように僕は胸に手を置いた。紅葉の事を想うと高鳴る心臓。熱くなる身体。


 あぁ……そうか、僕はとっくに紅葉に恋をしたのか。


「あの子は今、心に穴が空いている状態ですわ。本当に本当に大切なものをいくつも失ってしまったから」


 薔薇さんは僕の手をぎゅっと握り、瞳を真っ直ぐに見つめてきた。


「紅葉さんの事、笑顔に……いいえ、ひと時でも幸せにしてあげて下さいまし。頼みましたわよ、瑠璃さん」


 恐らく、薔薇さんは紅葉の事を心の底から心配していたのだろう。だから、ああいう質問の仕方をして今は紅葉を僕に託そうと。


「……ありがとうございます。何か、踏ん切りがついた気がします」


 僕は彼女のしたい事、幸せだと思う事、彼女の見たい風景、歩みたい未来。それを守って作れる存在になりたい。


 それを守る為なら何者にもなれる気がする。


わたくしの目に狂いは無くて良かったですわ……一時は余計なことまで話してしまってどうなる事かと……」

「大丈夫です、僕も応援してますよ」


 気付くとカップの中にあったコーヒーは底をつく。薔薇さんの紅茶も既になくなっていた。話の折り合いもついたので、そうなると自然に解散という方向に向かいそうになる。


「お話はこれで以上ですか?」

「あっ……まだもう一つ有りますわ。まだ、付き合って貰っても宜しいです?」

「はい」


 そう答えると彼女は休憩室にある棚からコーヒー豆とティーバッグを取り出して二杯目をそれぞれのカップに注ぎ足した。


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