プロローグ 入軍試験11
翠ちゃんと黄依の模擬戦は終わると、黄依は僕ーー色絵瑠璃にとある質問を投げかけてきた。
「ーー瑠璃次第だけど、そこん所どうなの?」
僕の特異能力が一見攻撃に向いているようには見えない為、軍に入る為の試験を受けるか受けないかという質問であった。
確かに僕の『物質操作』は一見してみれば身体の怪我を治している能力に見えるかもしれない。
しかし、この治療するという行為は決して『細胞の分裂を活性化させて傷を治す』という身体に干渉することや『時空の逆行や加速を行う事で傷を無かった事にしたり、結果的に治す』というとても大きな概念を動かしているものでは無い。
この治癒能力は『他者の細胞をナノレベルで分解し、構成成分を解析し、構造を把握し、そこに関わる全物理的・化学的エネルギーを理解し、それと同一のものとなるように材料を調整した上で材料から他者のクローン細胞を作り出し、それを傷の部分に貼り付け、拒絶反応が起こらないように馴染ませる』必要がある。
端的に言えば、たった一つの切り傷を治すにも膨大な労力と知識が必要となる。
その為、元々遺伝子が似通っている為エネルギー消費が少なくて済む双子の姉である翠ちゃんか、どれだけ膨大なエネルギーを消費しても尽きる事のない供給をくれる紅葉がいる時で位じゃ無いと易々と治療をすることが出来ない。
つまり何が言いたいかというと、そんなめんどくさい手順を踏んで相手を治療する事よりも、さっさと細胞を壊して相手を倒した方戦力になるという事だ。
だが、他人の領域であるはずの細胞に干渉する事のできる特異能力というものは、通常の特異能力者では絶対に持ち得ないものとなってしまう。
つまりは、僕が感情生命体である事がバレてしまうのである。この能力の全貌を事情を知らない護衛軍の人間に知られたら僕の扱いがどうなるか分からない。
それに青磁兄さんによると、護衛軍の幹部に樹教のスパイが潜伏しているという可能性がある。兄さん自身が怪しいと言えば怪しいのであるが、僕もその意見に賛成はしている。だから、容易に僕の特異能力の本質まで公開する必要性も無いだろう。
元々、この治癒能力を見せるか、翠ちゃんと差別化を図れるような転移系の特異能力を使う予定であったから結果オーライである。
そして、黄依はそれを分かっていて、僕に委ねるような質問の仕方をしたのだろう。
「うーん、それで良いなら僕は助かるよ。結構燃費の悪い能力だし、引きこもり生活してたから身体が鈍りに鈍ってるだよね。流石にその辺の感情生命体には遅れは取らないけど」
周りの人達に悟られないように顔で笑顔を作りながら言う。すると白夜さんが口を開いた。
「瑠璃くんも筒美流奥義は使えるんだよな?」
「うん。一応、元大将補佐だった色絵紫苑がお姉ちゃんで、急ノ項までなら使えるよ」
「なら別に試験しなくてもいいだろ。俺ならまだしも水仙なんかと模擬戦流石に危険だからなぁ」
「うーん。そうですわねぇ……」
薔薇さんは少し悩みながら白夜さんの方を見る。
「どうした、水仙? 何か引っかかる点でもあるのか? 別に小手調べくらいなら俺が模擬戦やってもいいが」
「いえ……流石に模擬戦で白夜さんのお父様を起こすのはいたたまれないので……」
そう言われると彼はうーんと唸った後、もう一度口を開いた。
「……霧咲はもう動けないよな?」
「ええ。もともと私が二人の試験官やる気だったけど、『過負加速』を使ってしまったし、充分に戦うにはせめて三日くらいは時間を開けないと」
「なら、やらないっていう事で決まりでいいのかな? その場合って瑠璃くんの役職とかどうなるの? 白夜先輩?」
翠ちゃんが手を上げて白夜さんに質問をする。
「うーん……まぁ、今回の役職配分については俺と霧咲が人事担当のあの幼女と話あってから決める事だからな。なんとも言えん」
「幼女って踏陰蘇芳ちゃんのこと?」
「あぁ、そうだ」
彼がそうだと頷いているのと同時に、薔薇さんが僕の事を見ているのが感じ取れた。そちらの方を振り向くと彼女は驚きながら視線をずらそうとするが、誤魔化しきれないと思ったのか再び此方を見て、少し何かを迷っているような素振りを見せた後、口を開いた。
「……あの、瑠璃さん……少しだけ世間話をしたいので後で私と一緒にお茶しませんか?」




