第一幕 9話 アイデンティティ
「色絵……色絵って苗字確か……」
私は脳をひっくり返すように心当たりのある記憶を探る。
色絵家……代々、自死欲の樹の贄を務める漆我家と過去に深く関わり合い、同等の権力を持つ一族。その血は皆、特異能力者で構成されており一人一人が何かしら大きな力を持っている。
と考えていると黄依ちゃんが私に悔しそうに話す。
「紅葉、一応言っとくけど別に私が翠を超えられなかった訳じゃ無くて、私の僻遠斬撃は死にかね無いくらい危ない能力だから使えずに負けただけよ!」
「まぁまぁ……黄依ちゃん」
衿華ちゃんはおどおどと黄依ちゃんを諌めている。
でも、本気では無いとはいえ、黄依ちゃんの速度累加を破ったという事はかなり脅威的だ。護衛軍だったら尉官以上の実力を持つという事か。勝てるかなぁ?
「君の、元大将のお孫さん実力を見るのを兼ねて、うちの生徒達にもいい刺激になるんじゃないかなって思ってね」
「分かりました、やってみます」
護衛軍の内定を蹴ってまで機関に残っている子。勝てるか分からない……でも、いい経験だと思う。
「私で勝てるかな? 黄依ちゃん」
「模擬戦なら翠の方が有利じゃない」
「そうだよね」
殺し合いじゃないなら、『筒美流奥義』急ノ項以上に強い技は使えない……確かにこれは私に分が悪い。
だけど、特異能力の使用は身体の体力を急激に奪う。
「でも翠ちゃんは特異能力者だし、長期戦なら紅葉ちゃんと相性が良いと思うの」
「その点に関しては色絵翠さんに特異兵仗を使用して貰います」
「特異兵仗ッ!? ……ってかなり紅葉に不利じゃないですか?」
特異兵仗……? なんだそりゃ。黄依ちゃんも衿華ちゃんも驚いている。
「あれ、紅葉ちゃん驚かないの? 特異兵仗だよ! 特異兵仗!」
「何それ?」
しばらく間が空いた後、黄依ちゃんが口を開く。
「あー……そっか、知らないわよね紅葉は。特異兵仗っていうのは、つまりは各々の特異能力者の専用武器みたいな物なんだけど、その効果がいくつかの決まった手順や動作でしか能力を出せなくなるけど、消費する体力が少なくなるって物なのよ」
「つまり、長期戦もできるようになるって事?」
「ええ、そういう事よ。特異兵仗は特異能力者の能力使用時間を伸ばしてくれるずるい武器よ」
決まった手順や動作でやる事自体、一つであるなら能力の発生の瞬間を掴む事が出来て弱点になり得るけど、いくつもの癖を見つけてやれって言われると、絡め手とか使われる可能性もあるから一概に弱点とも言えない……
それなのに戦闘が長期化するかつ能力一つで人が死ぬかもしれないくらいのものがポンポン飛んでくるって……
本気でやっても勝てないでしょそれ。
「なんてもの学生に持たせてるんですか! 護衛軍の人に渡せば良いじゃないですか! 卑怯ですよ! 卑怯!」
「えっーと、その特異兵仗って機関の実力試験で一位になった暁に作ってあげるものなんですよね。それで普通なら護衛軍に入って貰うんだけど、色絵翠さん護衛軍に入る事を我儘で拒否して……だから、不動の一位なんですよね、彼女」
なんか不動ってカッコいい台詞だったのに急にダサくなったぞ、顔も知らない色絵翠ちゃん!
「それでも! 黄依ちゃんや衿華ちゃんが持ってないの可笑しいじゃないですか!」
「まぁまぁ落ち着いて、特異兵仗っていうのは特異能力者になった時偶々その人が意図せずに作ってしまった場合か、特異兵仗を作る為の特異能力を持っている人が作る場合かこの二択でしか出来ないんですよ。それに後者の場合、たった一人しか居ませんしね。ほら、君らの同期の操白夜君の妹さんがそうなんですけどね」
成る程、それだけ生産性の低い武器なのか……そういえば護衛軍の制服とは違う服や変な武器を持っている人ちらほらがいた気がする。でも……
「非特異能力者の私が戦う意味ってあるんですか?」
「えーっとそれは色絵翠さん本人の希望で、『えっ! 元大将の孫娘さんが来るんですかぁ〜!是非戦ってみたいです! あっそうだ私を負かしたら護衛軍に入っても良いっていう条件で特異兵仗使っても良いですか? ……マジ!? 良いんですか!? ヤッター!』と言っていたんですよ。これは彼女を護衛軍に入れる良い機会です。頼みますね、筒美紅葉さん」
「なんか任されたんですけどぉ!? というか翠ちゃんノリ軽い戦闘狂かよっ!」
私は必死に黄依ちゃんと衿華ちゃんに合図を送り助けを求めるが、黄依ちゃんは生温かい目で、衿華ちゃんはえへと口を斜めに歪めながら見つめてくる。
「まぁ頑張れ、あの子は強いよ」
「衿華も応援するから」
「うそん……」
「期待してますからね」
笑顔が怖いよ泉沢さん! なんでこんなにニッコニコしてんの……
「あの断っ……」
「『期待』してますからね」
「アッハイ」