プロローグ 入軍試験7
目の前のメイド服を着た少女、翠からは到底人間と思えない程のプレッシャーと歓喜を感じる。
「黄依ねーさん……殺す気で来てよ……!」
相対して、私、霧咲黄依は彼女の気持ちとは反対に冷たく言葉を返す。
「これは試験よ。遊びじゃない。私が本気を出すに値したら出してあげる」
「相変わらず……釣れない先輩だ」
瞬間、翠の手には突撃銃が握られる。特異能力……『物質転移』で手元に転移させたのだろう。
一瞬のうちに彼女は引き金を引き弾を放つ。だが、一切の音は未だ私に辿りつかない、刹那に行われた動作であった。
この音だけでは感知出来ない一連の動作を捉えるには視界を捉える為の周囲の光を特異能力により加速し、反射神経と視界の強化を行わなければ、未来予知でも出来ない限りは不可能な速さであるだろう。
さらに音速を超えた銃弾が私の体に向かってくる。
だが、私はその弾を受け入れるように目の前に立ち続け、目の前に来た瞬間、中指で弾くように衝撃を与えながら進行方向をねじ曲げ『速度累加』による加速を行う。
「……」
「音速を対応できるねーさんに弾速が音速以下の銃は使えないからね、とっておきを使わせて貰うよ」
その言葉が聞こえた頃には既に空気が破裂したような音と焼け焦げた匂いがした後だ。
「あれ、反応された。それに弾も"自由"に転移できない」
勿論、彼女へ向けて飛ばした弾は彼女の身体に当たった瞬間、その場から物質そのものが消え去った。
「随分甘く見られたものね。これなら、『僻遠斬撃』を使わなくても勝てそうね」
「そうか……『物質転移』の支配が奪われたのか。『速度累加』で弾の支配を書き換えたのかな? なるほど……だから、弾が転移できない」
彼女は驚き、悦びながら続ける。
「全く分からなかったよ。今飛んできたこの弾も丁寧にデコピンか何かして返されたのかな? 特異能力の使い方が益々器用になってきたね、黄依ねーさん」
消した弾が再び翠の掌の上に現れる。
「負け惜しみはいいから、本気で来なさい。時間の無駄よ」
「挑発的……! 素敵! そういうねーさん、嫌いじゃないよ!」
彼女が突撃銃を構え、スコープを覗いた瞬間、私は彼女の裏手に回る。
「速っ! でも!」
「チッ反応されたっ!」
だが、裏手に回る前に翠は身体ごと転移させ、別の場所に移動する。
「私の間合いはちゃんと理解してるみたいね」
「間合いなんて『僻遠斬撃』を使えば無いような物じゃないですか」
「だから言ってるでしょ、見たければ私に本気を出させなさい」
「ふふっ!」
彼女が笑いながらもう一度転移し、私から距離をもっと離す。
悪寒……?
何か大きな攻撃を仕掛けてくるのか……?
彼女が私を囲むように銃弾を素早く複数打った瞬間、私のいる場所に何かが転移される。
「手榴弾……ッ⁉︎」
安全ピンが抜かれ今にも爆発しそうな爆弾。直撃はいくら防御しても最悪、四肢の損失は免れない。
何故、このタイミングで本来なら有り得ない筈の場所と物質が転移してきた……? いやそんな事よりもまずはこの手榴弾から逃れなくては。
だが、左右に逃げようとしても予め打った弾が私の退路を邪魔して、それに対応しようとした瞬間、手榴弾が危険域で爆発する。弾も放っておけば次々と転移され続け、次第に数が増えていき対処が困難になっていく。
「なるほど、私に本気を出させる為だけの一手か。認めるわ……『僻遠斬撃』ッ!」
私を囲む銃弾と手榴弾を触れずに私の体から遠くへ加速させながら吹き飛ばす。吹き飛ばされたそれらは周囲を包んでいる壁に思い切り当たった後、爆発したり砕け散ったりする。
「やるじゃない。でも次は通じないわよ」
『僻遠斬撃』の使用は弱め、なるべく体力消費を抑えるようにする。これを強くすればここから直接彼女に対して攻撃を与える事はできたが、危険性を鑑みて辞めておいた。
「はぁはぁ……特異兵仗の制約を一回破っただけでこれか……かなり、きついね」
翠はかなり息を吐きながらこちらへもう一度銃を突きつける。
先程の手榴弾は特異兵仗を使わずに、本来の特異能力だけの力で起こしたのだろう。だから、あのサイズの大きさを別の物体を中継せずに転移させられたという訳か。
「さて、勝負はここからね……!」




