プロローグ 入軍試験6
僕らは準備運動をしている翠ちゃんと黄依さんを横目で見ながら話を続ける。
「瑠璃さんは霧咲さんの特異能力をご覧になった事はありませんわよね?」
一応、公式上では衿華さんの葬式以外護衛軍の人達と会った事はない為、僕はそう頷く。
「はい。それで、機関に入っていたという事は彼女も特異能力者なんですよね」
「ええ、霧咲さんは後天的に特異能力を二つ取得した複合特異能力者ですわ」
特異能力者の大半は生まれながらにしてその能力を持っている場合が多く、先天性に特異能力を持っている事に気付いていない人間を除けば、遺伝も血筋も全く関係なく後天的に特異能力者に目覚める人というのは殆どと言っていいほど少ない。
青磁にぃが言っていたが、そのような後天性の特異能力者は護衛軍にいるだけでも現大将である成願家保さんや一佐官の踏陰蘇芳さん、今話題に上げている黄依さん、そして唯一DRAGを使用して生還した紅葉の四人のみである。
遺伝や血筋に特異能力者がいて、なおかつ先天的に能力を持たず何かのきっかけや事件に巻き込まれた結果特異能力者に目覚めた、又はそれに気付いた人達もいる。例えば、現在隣にいる操白夜さんやその妹であるこの世で唯一他人の特異兵仗を製作する事のできる朝柊さん、そして『蒲公英病』の治療の為に祖母の細胞を移植し特異能力者に覚醒した衿華さんが挙げられる。
この7人の中でも複合特異能力者と定義付けられているのは蘇芳さん、黄依さん、紅葉の三人のみである。白夜さんは本人が特異能力を持っている訳では無いのでまた別の括りになるのだろう。
「そして霧咲さんの所有している二つの特異能力は『速度累加』と『僻遠斬撃』ですわ」
「簡単に言えば『速度累加』は物体の加速度を上昇させるもの、『僻遠斬撃』は衝撃や斬撃を遠く離れた所まで威力減衰無しで透明のまま放つものと考えたら分かりやすいと思う」
「なるほど」
確かに『速度累加』が有れば黄依さんなら、機関生時代特異兵仗抜きの翠ちゃんと良い勝負が出来たのだろう。
「機関生時代、霧咲は『僻遠斬撃』の使用を制限していた。あの能力は人に向けて使えば危険が生じるからな」
白夜さんは昔のことを思い出しながらそう言う。
「危険……?」
「もし霧咲さんが現在の様に素手では無く、刀やナイフなど物を切るための道具を武器に戦えばどうなるか分かります?」
筒美流奥義で強化した斬撃を威力減衰無しでかまいたちのように遠く離れた所まで攻撃が届くようになる……つまり射程距離に上限が無く見えない即死攻撃が容易に使えるという事を意味する。
「もし相手がこの特異能力の事を知らなかったら絶対に避ける事は出来ませんね」
「さらに霧咲ならそれを加速する事すら可能だ。だからより殺傷能力とスピードの増した無数の衝撃を翠は捌かなければ行けなくなってしまう」
なるほど……『速度累加』による機動性だけではなくや『僻遠斬撃』の加速、加えてそれが視界では感知できない上に体力が尽きない限り多数放てるとなるといくらあの翠ちゃんが本気でやったとしても勝てるかどうか。
そんな事を考えていると中から二人の声が聞こえてきた。
「準備体操も出来たし、そろそろ模擬戦始める?」
「そうですね、よろしくお願いします。黄依ねーさん」
すると黄依さんが白夜さんの方を向き戦闘開始の合図をして欲しいと言う。そして、彼が手に持っているリモコンのボタンが押されると先程の機械音声のような声が響きわたった。
「対戦者の二人は定位置について、模擬戦開始の10秒のカウントが終わるまで待機をお願いします」
翠ちゃんからは少しの緊張と大きな高揚感が感じ取れた。
「ではカウントを始めます。10、9、8……」
二人が臨戦態勢になり、いますぐにでも特異能力を使えるように集中を高める。
「4、3、2、1……」
物凄い量のエネルギーが翠ちゃんから溢れ出て、それに呼応するかのように黄依さんからも巨大なエネルギーの塊が放出される。
「……0。両者戦闘を始めて下さい」
瞬間、その莫大なエネルギーがぶつかりあった。




