プロローグ 入軍試験1
『恐怖』との闘いから数週間が経ったある日だった。私ーー霧咲黄依は護衛軍本部の仕事場にあるデスクワーク用の椅子に一人考えこむように座っていた。
あの闘いで私は親友である衿華を失くし、同僚であった紅葉はその件で謹慎処分を受け実家のある『自殺志願者の楽園』へ帰っていたのであった。
「最悪……」
私がそう呟いたのはその二人への負い目を感じていたという理由もあるのだがそれ以上に私を憂鬱にする出来事が今まさに降り注ごうとしていたからである。
「あの爆弾女と私が同じ班で行動なんてできる訳ないでしょ」
爆弾女とは私と同期で機関生時代からの顔馴染み、水仙薔薇の事だ。特異能力、筒美流奥義は共に優秀で特異能力者の名家のひとつである水仙家の直系のお嬢様。
私とは真逆の人生を歩みながら、全てを持って生まれ失う事なく生きてきた少女。
認めたくは無いが、ただでさえ顔面偏差値の高い護衛軍幹部の女性陣の中でも一際気高く、気品のある少女だった。
しかし、私は彼女との間で一切の意見や考え方が一致しなく、彼女がそこにいるだけでも怒りが湧いてきそうな程嫌いなのである。
「あのなーキイ。そういうのは思っても口に出すなよ」
部屋の右の方から私を注意する小学生くらいの少女の声が聞こえてくる。眼帯と癖毛がトレードマークのその片方しか無い瞳を半目にしながら彼女はこちらを見つめていたのだ。
「この異動に文句が有るから言ってるんですよ、踏陰一佐」
そう彼女は私の上司、踏陰蘇芳一佐であった。現在歳は12歳。数年前、彼女は連日話題になっている死体収集を行う殺人鬼に護衛軍の軍人であった両親を目の前で殺され、片目をくり抜かれ、その結果に『知能向上』、さらに『陰影舞踏』の二つの特異能力を取得してしまった天才少女だ。
その天才ぶりを初めて目の当たりにした時は本当に驚いた。私が機関生だった当時、私と爆弾女、そして色絵翠の三人で機関のトップ争いをしていた時期があった。
そこに新入生として現れたのが踏陰一佐だった。彼女は瞬く間にその特異能力を使いこなし、未来予知に近い推察能力と汎用性の高い影による様々な攻撃で私達三人を蹂躙したのであった。
彼女は今では護衛軍の大幹部、一佐官かつ作戦担当、そして幹部達の人事も行なっている。
その為、この異動は踏陰一佐の考えた物であろう。だから私は彼女に恨み口を言うように愚痴を溢している。
「仕方ないだろエリカは死んじゃったし、モミジは規則違反で強制謹慎なんだし」
「それでも、他に方法は無かったんですか? 例えば踏陰一佐が爆弾女と同じ班になるとか」
「私の抜けた場所の穴を埋めれるのなんて大将補佐の二人か旅団長、あとはカナメかモミジくらいじゃないか? お前じゃまだ力不足だぞ?」
彼女はそれを淡々と言う。そして紛れもない事実であるからそこのあたりは否定する事はできない……
「うっ……でも結構変わりになりそうないるじゃないですか、紅葉は無理だとしても所要一佐辺りにでも任務頼んだらどうですか?」
「いや、アイツは一番私の代わりをやらせたらダメな奴だろ。たとえ戦闘が私より強くても体質と性格のせいで他人から嫌われることが多いじゃん。そんな奴に作戦指示と人事なんて任せられないだろ?」
「……」
確かにそうである。そして大将補佐二人は普段はとても忙しいし、旅団長に至ってはこの国に居ないから当然無理だろう。
「そーゆうこった。とりあえず、紅葉の謹慎が解けるまではバラ達の班で行動してもらう」
この決定はもう変えられないと思い、深い溜息をつく。
「何か起こっても責任取れませんよ?」
「どんだけお前バラのこと嫌いなんだよ。アイツ別に悪い奴じゃないだろ」
「……踏陰一佐。矜恃ってわかります?」
これを言うと彼女は溜息をついた。
「……プライドのことだろ? 気持ちは分かるが流石に任務と切り替えろよ。そんな事言ってたらいつか死ぬぞ」
彼女の言う通り、矜恃と言えば聞こえがいいが、プライドや傲慢と言ってしまえばそれはもう『7つの大罪』の一つである。持つことが罪な感情ですらある。
「でも、私は矜恃を貫いて死ねるなら本望です。この力は父さんの無念と母さんの意思。その集合体なんです」
父さんが自殺した事への衝撃と母さんの幼稚退行により私はこの特異能力を得た。だから、私は2人へ感謝しなきゃいけない。二人のお陰で戦えている。
「ふぅん……」
「貴女も似たような経験があるからわかりますよね。これが私の全てなんです。だから意図せずともその全てを貶した奴に優しくする必要なんてないんですよ」
そう、水仙薔薇は両親を貶すような事を言った。だから、未だに彼女を『恕せない』。
そして、彼女を『赦す』事のできない特異能力者としての自分も『許す』ことができない。
「確かにキイの言うことにも一理ある。それでコンディションとか下がるなら大問題だ。すぐにでもそうできるように手配するだろうな。だけど、別にバラと仲直りしたところでお前の特異能力は弱くなったり、消えたりしないぞ?」
此方を認めつつも正論で相手の言う事を言い聞かせる、いつも通りの彼女の話し方であった。優しいがやはりどこか冷たく何か悲しい話し方。決まっている物事には逆えないという諦めを含んだ喋り方。
「むしろキイはバラやモミジといる時感情が昂って特異能力の出力が大きくなるきらいがある。だから、そろそろ『赦して』やれよ。そんな意地張ってたってお前らだけじゃなくて周りも疲れるからな?」
「……」
そう言われてしまうと私は引かざるを得なかった。
「それにハクヤもいるから大丈夫だ。アイツはお前らの仲がこれ以上悪くならないようにずっと気使ってたんだよ。困ったらアイツに言えばいい。望んで橋渡しになってくれる筈だ」
確かに白夜くんならそうしてくれるだろう。また私は彼の優しさに甘んじてしまうのだろうか。
「……分かりました」
「それでいい。とりあえず直近の任務を伝えるぞ」
話の話題が切り替わり、新たな班での任務を伝えられる。
「非定期でこの護衛軍に入ってくる特異能力者が二人いる。そいつらに試験をやってくれ」




