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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act three 第三幕 死にたい少女の死ねない理由
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番外編 シキエルリ 二話

 しかし、一年前あの事件が起きてしまったのだ。


 だい兄さんが紫苑しおん姉さんの目の前で殺される事件が。


 その事件は仮面をつけた人間により犯行が行われ、後に同じく仮面を付けた樹教の教祖、漆我しつがくれないによって犯行声明が出された。


 紫苑姉さん唯一の心の支えの題兄さんを失ったこと。それを行なったのは僕と同じ感情生命体エスターだったという事。


 この事件を通じて紫苑姉さんは人が変わった様に感情生命体エスターを嫌うようになっていた。元々両親を漆我紅に殺されていたという事もあったのだろう、彼女に対する積年の怨みが夫を失った事で爆発してしまったのだろう。


 以前のように未来を見据えた冷静な立ち回りができなくなった紫苑姉さんは我も忘れただ全てを失って絶望して、僕を地下牢へ強制収容した。僕はそれを受け入れざるを得なかった。僕を収容した理由も辻褄が全く合わなく『いつか、漆我紅と共にこの世界を破壊に導く存在になり得るから』というものであった。


 その後、紫苑姉さんは護衛軍を辞め今はただ抜け殻のように引き篭もり家で暮し、近くに感情生命体エスターが発生する事件が有れば溜まった怨みを解放するために外出するのであった。


 しかし、何度感情生命体(エスター)を殺そうともその怨みは解ける事は無く、僕は未だにすいちゃんの特異能力エゴが無ければ家から外に出ることが出来ないのだ。


 そんな事があった為、僕は今筒美(つつみ)紅葉もみじという不思議な少女に対して恋心を持つ事は間違いでは無いのかと思う所がある。


 勿論、紅葉の辛い過去を知った上でだ。


 僕は紅葉のして欲しい事はしてあげたいし、少しでもそばにいて支えてあげたいと思う。しかし、紫苑姉さんが愛する人を失った中で、怨みの対象である僕のような感情生命体エスターが幸せになるのは本当に良いのかという負い目を感じてしまう。


 だが今回の樹教襲撃によって僕と紅葉には共通の目的がある事を本当の意味で理解した。


 紅葉はこれまでの人生を父親を殺した漆我紅に対し復讐する為に、大切な友人である衿華えりか黄依きいをある意味で騙し、青磁せいじ兄さんの力を借りてまで特異能力者エゴイストになったのだ。


 似た者同士、同じような境遇の中、同じ目的を持っている人間なんてそうそういないだろう。


 そう、僕が護衛軍に入ったのは紅葉との交流を深める為だけではなく、漆我紅と直接相対し彼女をこの手で殺す為であった。


 その事が僕にとっても紅葉にとっても一番幸せになる為の方法であると思った。


 僕の立場からすれば本当に愛している人が復讐なんてしている姿は止めるべき事なのかもしれない。


 でも、紅葉は奪われすぎた。僕も沢山を奪われた。


 だから止める事なんてしない。出来るだけ協力したい。それで僕と紅葉の仲がより良くなるので有ればそれさえ利用したい。


 人を殺す事で愛する人間を笑顔にできるのなら僕は喜んでそれをするだろう。


 僕が正義だ。


 だからこの愛は間違いじゃない。正しい。全てに裏付けられた愛だから、僕は紅葉を自由に愛する事ができる。何故なら相手は生命を縛り、人から全てを奪い、希死念慮を強制的に抱かせる、自死欲タナトス感情生命体エスターなのだから。


 これを言うと紅葉は無表情のまま頷いた。僕は彼女に全てを肯定して貰えた気がして嬉しかった。そして紅葉優しく抱きしめられてくれた。紅葉の身体が震えていたけど、僕も震えていた。僕は嬉しかったから。きっと紅葉も嬉しかったのだろう。


 だから続けて僕はこう言った。


「漆我紅は僕が必ず殺すからね」


 紅葉はその言葉を聞くとより身体を震わせ僕にしがみついたのだった。


 ☆


 これは後悔。


 ボクの懺悔。


 全てを失敗し、何も知らなかった未来の『シキエルリ』の『ハナシ』。


 分からなかった。あの時の震えの意味が嬉しさではなく、恐怖だった事を。キミが正体を隠していたという事に。


 だから懺悔なのだ。


 キミはただ純粋な少女であった事を忘れてしまっていた。全てをその無表情の仮面に隠したただの少女である事を忘れていた。


 でももう償いができない。


 もし、あの頃に戻れるのならカミサマお願いします。


 全てを無かった事にして下さい。


 紅葉をこの手で殺す未来なんて掴ませないでください。


 ボクを殺して下さい。


 もう同じ未来は辿りません。


 ボクの命で紅葉が救われるのであれば紅葉を幸せにしてください。


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