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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act three 第三幕 死にたい少女の死ねない理由
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樹教襲撃編 21話 収束2

「……」


 そうだ……彼は、止水しすいさんは既にもう死人であった。それなのに私達を安全の為に一番配慮して、誰よりも人の為を思って行動していたのはこの人であった。


 それを思うと彼に対する反論や主張がなんて責任の無い物かと思えて仕方がなかった。


 彼は今まで『仮面の男』や『鎌柄鶏』との闘いでの消耗を隠していたのだろう。急激に自死欲タナトスの感情が彼から放出され始めていた。


「実はですね、そろそろ僕も時間切れなんですよ。少しくらい瑠璃るりすいの顔が見たかったし、願うなら妻の紫苑しおんの顔が見たかった。決して貴女に対して嫌味を言ってる訳じゃないんです。でも、これが正しい選択なら僕はこうします」


 彼は私の肩に手を置き託すように呟いたのだった。


「まだ取り返せます。希望を捨てないで。貴女は幸せになれる筈だから」


 未来でも見てきたかのように確信した物言いだった。


「瑠璃を本当の意味で守ってあげて下さい。それがきっと全てに繋がる筈です」

「止水さん……貴方は一体何を……?」

「僕の本当の特異能力エゴは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーー」


 ノイズがかかったように彼の声が何かに遮られる。そしてその言葉を全体の意思や意図がすぐさま脳内からかき消されて行っていくのが分かり、先ほどまでなんの話をしていたのか分からなくなっていた。


「……?」

「やはり……ダメでしたか」


 空から止水さんに向かって次々と死喰い樹(タナトス)の腕が急速に迫ってくる。


「来ましたね。お別れの時間みたいです」

「待って下さい! 貴方は何かを知っているんですか⁉︎ 世界を元通りにできる術を知っているのですか?」


 赤黒い腕に囲まれた彼拘束された彼はそれでも少し笑って私に答えた。


「それは貴女が掴む答えです。どうか頑張ってください」


 そして腕は彼の身体全てを包み樹の方へと帰っていく。


 同時刻会館側にも死喰い樹(タナトス)の腕が上空へ飛んでいくのがわかった。


「……」


 彼の伝えたかった事がなんだったのか、それの一切が私にとって理解が出来なかった。分からないまま上空に上がっていく二つの物体をただボーッと見つめる事しか出来なかった。


「久しぶり、紅葉もみじ


 そして幾つか時間が経った後、私の偽りの名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとそこには着物を着た和人形のような雰囲気の女顔の少年……いや感情生命体エスターがいた。


瑠璃るりくん」


 私はただ彼に対してその名前呼ぶことしかできなかった。


「紅葉のお姉さんに会ったよ。良いお姉さんだね」

「うん」

だい兄さんも居たんだね。もう行っちゃったみたいだけど」

「うん」


 彼と顔を合わせられて嬉しい筈なのに、態度や表情は淡々と相槌を打つようにしか話す事ができなかった。


 それは心の蟠りが解けないままだったから。もし、笑顔で語りかけてくれる彼の顔が憎しみに満ちた顔になったら私には耐えられないからだった。


「そういえば僕、護衛軍で正式に働く事になったよ」

「すごいね……おめでとう」

「大変だったね。沙羅しゃら様が誘拐されたり、樹教が襲撃してきたり、変な特異能力者エゴイスト達が乱入してきたり」

「うん」


 ふと気付くと泉沢いずみさわさんとすいちゃんの顔が見当たらなかった。


「そういえば、あの二人は?」

「僕達の名目は死喰い(タナトス)の樹の贄である沙羅様の保護だからね、すぐに樹の麓の方まで送り届けるんだってさ。それで泉沢さんは沙羅様の護衛、翠ちゃんは移動手段。僕はこっちで後片付けっていう役割分担になったの」


 なるほど、やけに援軍が早く来たのも翠ちゃんの瞬間移動の特異能力エゴのお陰だった訳でもあるのか。


「大丈夫……紅葉? 樹教の教祖とかも来て大変だったって聞いてたけど」

「大丈夫ではないかな。でも止水さん曰くこの辺りに転がっている特異能力者エゴイスト達も危険だから早く始末しないとって」


 すると彼は目の前に手を出して笑う。


「紅葉、手伝ってもらって良い?」


 そういえば彼は私から出る ERG(エルグ)を自分の特異能力エゴに変換する事ができるのであった。


「うん……」


 私は少し恥ずかしがりながら手を握る。すると私は彼に引っ張られて抱き締められる。


「っ……!」

「こうしてる間は僕が絶対に君を守るから」


 少年にしては有り得ないくらいの少女らしい声とその香りが私の脳を何かの感情に満たそうとしてくるのがわかった。


「『絶対領域パーフェクトテリトリー』」


 それと同時に彼の『衝動パトス』とも捉えられる特異能力エゴがこの施設内を包んでいく。


「この男を分解すれば良いんだね?」

「……うん」


 すると周りに気絶していた鎌柄かまつかげい達がどんどん小さくなっていき、しまいには感知出来ないほど小さく分解されてしまっていた。


 私が感知出来た鎌柄鶏の身体はもうこの場には存在していなかった。しかし、彼は私に抱きついたままであった。


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