樹教襲撃編 15話 鎌柄鶏3
沙羅様の言葉で数ヶ月前、とある大学で研究者を追っていた際その研究者が無残に喰い散らかされていたことを思い出した。
恐らくはそれをやった犯人と同一人物。
「なんというか……猟奇的ですね。そういえばあそこで倒れてる樹教の特異能力者ーー金剛纂も特異能力で作った蝿に人の細胞を喰わせていましたよ」
葉書お姉ちゃんはそう言いながら向こうの方を指差す。
「彼女は少しだけ他人の能力を次の世代の蝿に反映させてました。本当に少しだけですがね」
「……でも人の肉なんて食べたら狂牛病の人間版のやつにならない? 名前なんだっけ、お姉ちゃん」
「プリオン病……他にも色々呼び方は有ると思うけど大抵が共喰いによる脳への異常ね」
「???」
紅蓮は首を傾げお姉ちゃんを何言っているんだと言わんばかりの目で見る。
「簡単に言うと共喰いは脳味噌がスポンジみたいにスカスカになっちゃう病気に罹るリスクが上がるからやめましょうって事なのだけど」
「ほっ……ほう?」
どうやら彼は今なんの話をしているのか分からないようだ。
「それでもその『鎌柄鶏』は脳に異常を持つ事なく活動して、ついにはここに来ているらしいけど」
「人を食べ続ける時点でロクな思考回路持ってないんでしょ? 前提が特異能力者だから何となく察しは付いていたけど」
「おそらくはそのプリオン病については彼の特異能力でなんとかしているのか、まだ発症していないだけなのか分かりませんけど」
そうだ、特異能力者なら特異能力が有る。あれなら蛋白質の異常だってできる筈であるがそれはすなわち……
「『鎌柄鶏』は不死者と噂されています。どれだけ怪我を負わせようが彼はその傷を再生させ人を喰おうとしてくるらしいですね」
「再生能力か……」
感情生命体にもたまに再生能力がある時があるけど恐らくは仕組みは違う筈。感情生命体を構成している成分は蛋白質では有るがその殆どがERGの構成する要素として使われている為蛋白質の再生というよりかは ERGによって再構成しているように思える。
「一番手っ取り早いのは紅蓮お兄様に焼いてもらう事です」
「俺が……?」
「なるほど……確かにそれなら再生が間に合わないから死喰いの樹に回収されなくてもそいつを殺す事ができる」
しかし、紅蓮の蝿に食い破られた怪我を見ると今特異能力を使うにはかなり厳しいように思える。
「怪我をしすぎて俺は動けない」
「『痛覚支配』じゃあ流石に血は止められないからね……」
「それじゃあ死喰いの樹が感知するまで殺し続けるしか無いって事かしらね」
葉書お姉ちゃんが『恐怖』相手にも行った再生能力持ちへの対応策を言った。
「いいえ、そんな事しなくても大丈夫な筈です。いくら蛋白質を操ると言っても細胞には分裂する限界があります」
「ヘイフリック限界ね」
「それにもしテロメラーゼを活性化させるような能力まで持っていたとしても癌細胞を作る要因となります」
基本私達が肉体再生をする時ゆっくりと細胞の分裂によって行われている。今話に出ている『鎌柄鶏』という男はそのスピードを上げて瞬時に肉体再生を行なっているのであろう。
しかしその細胞分裂には通常限界が有る。それがヘイフリック限界と呼ばれる物。
最初の仮定なら肉体再生には限度がある為『恐怖』と戦った時のように死喰い樹の腕を呼ばなくても問題は無さそうだ。
そして第二の仮定は『鎌柄鶏』の染色体がテロメラーゼ活性をしていた場合。
細胞分裂する回数……つまりヘイフリック限界は細胞内に存在する染色体の末端組織テロメアの長さに依存する。だがこのテロメアを保護し伸長させることで『細胞の不死化』が可能となる。
それを行う事のできるのがテロメラーゼという酵素だ。このことによって無限に肉体再生を可能とする可能性がある。
しかし、それは細胞が無制限に細胞分裂を起こすという事。そして細胞は分裂するたびに染色体に異常が発生する。その為、異常な遺伝子を持った細胞が増殖する事で発癌する。
いかに特異能力者であっても己の遺伝子を操作する事は不可能だろう。それができるとしたら既に感情生命体である瑠璃君ぐらいのものだけど。
つまりは『鎌柄鶏』の能力は最初から詰んでいるのである。
「ただ他人の細胞を摂取することでその特異能力を反映させている前例があります。舐めてかかっては痛い目に遭いますよ」
「なるほど……だから『鎌柄鶏』に気をつけろね」
『仮面の男』が彼について危惧している理由がわかった。しかし『仮面の男』はどうして私たちに敵対しているのかがわからない。
「そういえば止水さんは大丈夫なのでしょうか? どうやら敗北した方と闘うとおっしゃっていましたが……」
「あの人で駄目ならとっくに私達全滅してますよ」
「紅葉ちゃんの言う通りですよ。なんだかんだ言って対策立てていますから」
沙羅様の質問に私や葉書お姉ちゃんが答える。
そしてお姉ちゃんの言葉に何か返答をしようとした瞬間だった。
不意に私の背中に打撃を与えられあまりの唐突さに防御が出来ないまま倒れ込んだ。
「なるほど……この場で一番厄介なのはやはり筒美紅葉か」
意識が朦朧とする中で微かに男の声が聞こえた。私の背中を取られたと言う事は……
「とりあえずそこで戦闘不能になっていてもらおうか」
時計によく使われているギリシャ数字らしき文字が『Ⅰ』から『Ⅺ』が刻印された仮面とコート。同時に『Ⅻ』と刻印された懐中時計を持った高身長の男の姿。
「言われなくても分かる……こいつが仮面の男ね!」
葉書お姉ちゃんは怒りながらそう声を上げた。




