樹教襲撃編 13話 鎌柄鶏1
会館の室内では私ーー筒美紅葉と現在の死喰いの樹の贄である漆我沙羅様が私の本来の名前である『漆我紅』を名乗り母の顔を持つ樹教の教祖たる存在……『タナトス』と闘っていた。
部屋に展開される四本計二対の翼。これは自死欲の感情生命体により近づいた者つまり贄のみに現れる身体的な進化。一説によれば感情生命体は人間の進化形態とまで言われている。その為翼の能力を持つ人間は感情生命体と変わらないのかもしれない。
これを展開することで自身の体に特異能力や筒美流奥義を使う為に必要となる ERGが大量に代謝される。私が他の人の特異能力を連続で使ってもほとんど疲れないで使える理由がこれである。
実体化することによって空気との表面積が上がり ERGの吸収効率もより上がり更なる身体能力向上を可能とする。そして身体の一部として使うことができる為単純に手数が増える。
だが翼を実体化するということは自分が元贄である事を証明するものであった為、現護衛軍が絡む戦いでは絶対に使えない能力であった。
沙羅様には両対揃った純白の翼はまるで白鳥の持つ羽のように美しい。これは本来の色である『贄の翼』と呼ばれる形態。
対して私やタナトスの背中にそれぞれ片翼づつあるものは赤黒く定まった形を持たない禍々しい翼で『贄の翼』がより濃い自死欲の感情に染まった故できた為『自死欲の翼』と私が個人的に呼んでいる代物であった。
私とタナトスの間にある違いは翼から『衝動』を出せるか出さないかという事だった。
「……真理亜の本体の反応が遠くに……貴方達以外にも手練れの人間がいるのね」
建物外に有った感情生命体の気配が一つ弱まった。おそらく葉書お姉ちゃんがそいつを倒れしてくれたのだろう。
「戦況に変化があったのですね……! 紅葉さん」
「はい、姉が敵の一人を無力化してくれたみたいです」
「喋ってる余裕なんてあるのかしら?」
再びタナトスからの翼による猛攻が繰り出される。私は咄嗟に防御術を繰り出し沙羅様は翼で自身の身体を守る。
「くッ……!」
「これ以上は厳しそうです!」
しかし先程からの猛攻で守りが段々と削られていき消耗が私や沙羅様に見える。にも関わらずタナトスには一度も攻撃を与えられていない。
「お前たちは未だに心の在り方を人間としているのね。全てを単一な感情で身体を燃しあげ委ねなければ私には敵わないよ。もう一度機会をあげるよ……私と共にこんな不憫な世界を変えないか、我が半身よ?」
タナトスは攻撃をやめ私と沙羅様に対して口を開こうとする。
「そんな戯言聞く必要ないですよ、紅葉さん」
「ええ、わかってる。ヤツの望む世界は全ての人間があの樹に縛られること、私がそんな酷いことできると思ってるの?」
樹に縛られて永遠に死と生の狭間で希死念慮に苦しみ、徐々に感情生命体になっていくなんて誰ものぞむ筈が無い。
「全ての人間が感情生命体になる事の何が悪い。自分の欲望に忠実でそこにいるだけで欲望を満たせる状態となるのよ。其方の言う酷い事など一切無い」
淡々と薬の副作用を説明する医者のような口調で彼女は言葉を放つ。欲望を満たす代償が希死念慮というのなら最低にも程がある。
「……酷い」
「屑ね」
「……? なぜ理解しないの、一番悲しいのは死ぬ事なのに」
不思議そうな顔で彼女は私達をみつめる。
「大切な人と二度と会えなくなるのは辛いのよ?」
こちらが悪者かのような言い分であった。
「もういい……お前はここで私が消す」
「そう……仕方ないわねじゃあ予定を早めて貴女の身体を乗っ取るわ」
その禍々しい翼をより大きく広げて強い『衝動』を出そうとした。
「……ッ⁉︎ この気配……鎌柄鶏か」
だが急に彼女はそれを止め後ろへ引いていく。
「逃げるのか!」
「事情が変わったわ。どうせいつかまた会う事になるでしょう」
「待てッ!」
私も『速度累加』で彼女を追おうとするが沙羅様に手を掴まれる。
「深追いはやめましょう。相手の力量が分かっただけでも儲け物です」
「でも……ここで奴を逃したら……」
「今度は護衛軍で対策を立ててから戦えばいい話です。事は焦らないで決めた方がいいですよ」
「……わかりました」
私や沙羅様は臨戦態勢を解き一旦落ち着いたのだった。
「しかし彼女は何故撤退したのでしょうね」
「『鎌柄鶏』と呟いてましたが……色々なところで聞く名前ではありますがそれが誰の事であるのか」
「『鎌柄鶏』ですか……確かにそう言っていたんですね」
沙羅様は剣幕を変えこちらへ迫った。
「すぐに紅蓮お兄様の元へ行きますよ!」




