第一幕 7話 いつも通りの日常
窓から差し込む朝日は眩しくて、私、紅葉は顔を顰めながら上半身を起こしていた。隣にはすぅすぅと寝息を立てている衿華ちゃんが腕に抱きついていた。
「朝……走らなきゃ、今日の仕事なんだっけ?」
前回の任務、あの研究者を捕まえる任務から早二週間。あれ以来、平和な日々を送っていて、普段は身体を鍛える為の訓練、そして昨日は約束していた動物園に行ってきたばかりであった。まぁ、夜にも色々あったんだけど。
そして、今日は久しぶりに仕事があった気がする。
「おーい、朝だよー衿華ちゃーん。走りに行くよー」
「うぅん……紅葉ちゃん……まだ6時前じゃん……」
衿華ちゃんの腕をほどき、布団から出て洗面台にある歯ブラシを取る。
「衿華ちゃんの使っていい?」
「ん? あぁ、いいよぉ……ふぁぁ、ねむい……」
衿華ちゃんは寝ぼけながら今度は隣にあった抱き枕を抱え始めた。私は、コップに水を注ぎ、口を濯いだあと、ブラシに歯磨き粉を乗せ、歯磨きをした。
歯磨きが終わっても、衿華ちゃんは寝ぼけていた為、ブラシを一度洗い、歯磨き粉を付け、コップとブラシを布団の方まで持っていく。
「ほら歯磨きするから、お口開けてね」
上半身を起こした衿華ちゃんは頭をコクンコクンと上下に揺らしながら、今にも寝そうな様子だった。
頭を固定する為にコップを置き、彼女の顎を上に向くようにクイッと手で支えると、衿華ちゃんはニタァと微笑み、目をトロンとさせ口を開ける。
「口に入れるよー」
歯ブラシを口の中に突っ込む。すると、彼女は驚いて目覚めたのか、目を見開き喋ろうとする。
「もごっ、もごもごもご!」
「歯磨きしてるから喋っちゃだめだよー」
歯の裏、隙間、奥の方、舌までしっかり磨き終わりブラシを口の中から取り出す。
「はい、水」
水を差し出すと衿華ちゃんは水を口にし、急いで洗面台の方で口とブラシを濯ぐ。
「はぁ……はぁ……歯磨きくらい一人でできるよぅもう」
「寝ぼけてたじゃん」
「うぅ、走りに行くくらい歯磨きしなくても、そういえば何で衿華の歯ブラシで歯磨きしたの?」
「だっておはようのちゅーしたかったもん!」
「いいよ!朝からいちゃいゃしなくてもぉ!」
どうやら衿華ちゃんはすっかり目を覚ましたようだった。まぁ、ちゅー出来なかったのは残念。
「はーい。んと、それじゃあ隣の私の部屋に運動用の服と靴取りに行ってくるから、また正門の前で」
「うん。私も着替えて行くから」
衿華ちゃんの部屋を出る為に扉を開けた。しかし、開けた先に黄依ちゃんが怒り気味に腕を組み仁王立ちをしていた。
「ほむっ!? 黄依ちゃん!」
「どーして、朝っぱらから紅葉が衿華の部屋から出てくるのよ」
そっと衿華ちゃんに気付かれないように扉を閉める。
非常に困った。うーん何言ってもだめな気がする。
「いやぁ……それは……」
「向かい部屋でも聞こえてたわよ……昨晩のアレ」
「アハハ……黄依ちゃんも混ざれば良かったのに……」
「はぁ……何言ってんだこの浮気者……」
ガチャ……
閉めたハズの衿華ちゃんの部屋の扉が開いた。そして、扉が半開きで、そこから衿華ちゃんが怖い顔で覗いている。
「あっやべぇ……」
「あれぇ……? 黄依ちゃんだぁ。おはよぅ」
「おはよう、衿華」
うーん、修羅場修羅場。只ならぬ雰囲気が出てるよコレ。
原因はと……うーん、私ッ! うーわ、どうしよ。
「ねぇ、黄依ちゃん……さっき"浮気"って聞こえたけど一体何のこと……?」
「まぁそのままの意味だけど……」
「へぇー今日はやけに食い気味だねぇ……普段衿華の前ではツンデレのクセに、あっ、紅葉ちゃんを取られて寂しかったぁ……そんなところかなぁ?」
「えっ衿華……? もしかして、私相手に喧嘩売ってんの? 貴女も成長したわねぇ。あぁ、うん割と皮肉無しに 」
「あっ、黄依ちゃん、ガラ悪そうな言葉使って衿華ちゃんのことめっちゃ褒めてる。やっぱ可愛いわこの人」
「「紅葉 (ちゃん) は黙って!!!」」
「ほっほむぅ……」
息ピッタリに黙らされた。
「大体、衿華は紅葉に依存し過ぎ。もっと離れたら? 自分に自信を持ちなさいよ。貴女相当な天才よ。この頭に百合の花ぶっ刺した様な馬鹿に依存しても何ら得なことないわよ」
「もぅ! ありがと! 黄依ちゃんだって素直になればいいじゃん! 紅葉ちゃん寂しがってるから衿華の方に来ちゃったじゃん!」
なんだこの中身の無い会話!? よぉーし、このノリでとんでもない事言ってみよう!
「コレは完全に三人で仲直りえっちする流れ」
「「紅葉 (ちゃん) うっさい!!!」」
「ごみん……」
怒られてしまった。上手くいくと思ったけど……
「はぁ……とりあえず早く走りに行くわよ。今日は『機関』に行くんだから」
「はーい」
「機関……? あっそういえばそうだった!」
機関とは、幼い特異能力者を訓練する護衛軍直轄の教育機関の事。黄依ちゃんと衿華ちゃんはそこの卒業生で何年間もお世話になったらしい。
「黄依ちゃんや衿華ちゃんを育てた学び舎を見るの楽しみかも」
「そんな変なところじゃないわ、ただの学校よ」
「あはは、そうだね」
それでも懐かしそうに彼女らが言っているのが分かった。
私はそこに特別な何かがある予感がした。
今日はなんだかいい日になるかもしれない。