漆我紅編 7話 タナトス3
「悪い……! 時間切れだ……!」
浅葱氷華さんがそう呟くと私に効いていた感覚遅行の特異能力が解け、すぐにタナトスが私の口で勝手に喋り始める。
「へぇ……そのお婆さん、 私が仕込んだやつ以外ならERGを浄化出来るんだ……! これじゃあ、みんな『身体強化』も特異能力も使えちゃうじゃない……! なら貴女から潰すしか無いわね!」
翼が急速に動き出し、彼女を攻撃しようとする。
「させるかよ!」
祖父が叫ぶと共に瞬く間に翼を攻撃し、翼の動きを止めたのだった。
「さて……どうやってタナトスを紅の身体から引き剥がす……?」
「それについては僕に任せてください……お義父様……! 氷華くんは彼女の動きを止める為にもう一度特異能力の準備を……!」
「すいません……!1分ほど掛かります今様さん……」
疲れながら彼はそういう。
「残念だけど……私の『痛覚支配』は使えるとしても残り20秒といったところよ」
すると蕗羽衣さんは錠剤を取り出す。
「でもこれでを使えば1分……しかもこれなら紅ちゃんの ERGも浄化できるようになる……きっと大丈夫よ」
おそらく、あの錠剤が青磁さんが作った薬ーー『DRAG』なのだろう。
「おい……いいのか……⁉︎ それを使えばお前は感情生命体になって戻れなくなる可能性も……!」
「……私だって孫の成長くらい見たかったわよ。でも、私は息子を護衛軍に入れさせない為に勘当した、私が会える立場な訳ないじゃない。それに世界が滅んだらあの子が生きる事が出来なくなる」
彼女はそう言うと、錠剤を飲み込み体内に入れ込んだ。そして、身体の形が徐々に変化していき、すでにDRAGを使った二人のように、人型ではあるが人とは形容できない姿になっていく。
「……これが感情生命体になること……色絵さん達はまだ理性はあるかしら?」
「……必ず……1分はッ……もたせます……!」
「はぁ……はぁ……感情が抑えられなくなりそう……でも……やるわよ……あなた!」
段々と喋る言葉にすら余裕が無くなっていく彼女達を見ると私はようやく今おかれている現状に心がついていくようになる。
しかし、今は何もできないためただこの争いを傍観し、どうしてこうなってしまったのかという疑問と自責が私の心を襲う。
「お義父様……お義母様……! 分かりました……僕達で必ず1分は時間を稼ぎますよ筒美先生……!」
「応ッ!」
止水さんは感情生命体になりかけている二人に話しかけて後、私に向かって飛んでくる。
「紫苑や青磁……翠と瑠璃達の事を頼んだよ……! 止水くん」
そんな色絵夫妻の呟きと共に、祖父と止水さん二人の光速にも届きそうなほどの攻撃が私を襲う。
「……時間稼ぎ? 小癪ね……!」
タナトスは翼や腕で彼等とほぼ同じくらいの手数で対抗する。それは一瞬でも気を抜いた瞬間死が待ち受ける程の刹那の積み重ね。時々、時間すら止水さんの特異能力によって止まっていた時があっただろう。
その拳の交わりの積み重ねが徐々に増えていき丁度1分を超えた所だった。
「待たせたな……! 『絶対零度』ッ!」
浅葱氷華さんの特異能力が発動した瞬間、また私やタナトスの思考だけが遅くなる。そして同じくして肌寒い感覚が私の身体に広がる。
「こんな芸当、題にはできないだろ!」
「本当いつも助かっているよ」
おそらく、これは物体や生物の動きを遅くする特異能力。それによって私の身体を遅くし、周りの空気も動きを遅くしているから、それに伴って寒くなっているのだろう。
しかし、それを予測していたのかタナトスはすでに私の特異能力ーー『生者必滅』を発動させていた。
「紅……君には生きていて欲しい……だから僕は今から君を助ける」
ゆっくりと父が私に近づいて私に手を触れた。
私の特異能力のせいでどんどん彼の手が消えていくのが分かった。そんなことしたら、身体が無くなって私が贄になっても生き返らせる事すらできなくなってしまう。
「紅はこれからきっと普通に生きていけなくなってしまうんだろうね……だけど、君には笑顔で生きていて欲しい……実際、君を殺す事だけならあの二人にはきっと簡単だった」
父は祖父と止水さんの方を見て悲しそうな顔で言う。
「でも、僕は君の命を賭しても守りたかった。それはこの世界の為って言うのはあるけど、一番に思ったのは君を愛しているって言うのが理由かな……」
この時何を思ったのかタナトスは私の特異能力を解こうとしていた。
しかし、それは感覚を狂わされた私達にとって特異能力の発動をやめることは不可能だった。
「大丈夫……紅はただその『漆我家』の証である『消失の特異能力』を失うだけ。これからは筒美の名前になって自由に生きなさい」
そして、父は私の中のタナトスを捕らえ特異能力を発動させた。
「『生者必滅』ーーさようなら、紅」
私の中から特異DAYNが消え去り、目の前の父も塵すら残さず消え去ってしまった。
タナトスが消えたのか私の身体が自由になり、先程まで生えていた翼も消え去っていた。
「お父様……お父様……!」
しかし、口を開いた私はただ父の名前を呼び続けているだけだった。




