漆我紅編 5話 タナトス1
「お久しぶりです。お婆様」
「久しぶりです、紅ちゃん」
彼女が私の父方の祖母ーー漆我東雲。
「ようやくこの時がきましたね。私達の悲願を叶える時がきたのです。始まりの贄、『桜』が亡くなってから120年が経ちました。我々は彼女から子孫としてその役割を引き継いだ漆我家なのです」
「それが贄なのですね」
「これからあなたは意識化の中で彼女に会う……それは貴方の特異体質と特異能力が為せる行為です」
筒美家譲りのERGとDAYNの精密制御、並びに漆我家特有の『物体の消失』の能力。それが、初代贄の彼女の能力と酷似していると伝聞上では伝えられている。
「200年前の『桜』の遺言によれば、最も『桜』に近い人間が贄になる事で樹はこれまで死んだ全て人を解放すると祖母から聞かされております。それがきっと貴女のことなのでしょう。さぁこちらにおいでなさい」
祖母はそう言い立ち上がると、私は彼女に近づいていく。
「この腰掛に座りなさい……そうすれば貴女は彼女に会う事ができるでしょう」
「分かりました」
私はその言葉通り、その椅子に座ろうとする。すると、彼女が感極まったのか初めて表情らしい表情を出した。
「これで私はこの贄の役割から解放されるのですね」
「……?」
「ごめんなさいね……私は貴女のお父さんやその弟を産んでから、彼等を育てる事なくずっとここに一人ぼっちで生きてきました。それを解放してもらえることがとてもとても嬉しくて……ごめんなさい」
彼女の泣きそうな顔を見て、私は駆け寄り手を握る。
「任されました。私が世界を救いますから。だから、またお会いした時は笑顔で会いましょう?」
「そうね……ありがとう」
そうして、お婆様は落ち着き『頼みましたよ』と一言だけ私に声をかけた後、坂を降りていった。
私は彼女に言われた通り、その樹に繋がった大きな椅子に座ろうとする。ここに座れば私は新しい贄として死喰いの樹から認識されるのだろう。
私はもう一度その椅子に近づいてゆっくりと腰を下ろした。
瞬間、目蓋が勝手に閉じて身体中から力が抜けていったのを感じた。
そして、声が聞こえる。
「……アナタ……誰?」
少女のような声。そして私に似た声。
閉じた重い目蓋を開こうとすると、私と瓜二つの少女が私に顔を近づけて此方を見ていた。それは実態の無い幻影。おそらく ERGの集合体に近いものなのだろう。
そして、その少女に対して抱いたのは恐怖に似た感情。『死』の根源に近いものを触れてしまったような感覚に陥ってしまう。
「ひっ……!」
思わず、声をあげるとますます彼女は私に近づいた。
「なんで私に近い人間がこんなところにいるの?」
「……そっそれはこの樹をこの世から無くす為です」
瞬間、彼女に私の首を締められたのだった。
「えっ……?」
「……そういう事。折角作った死の無い世界を壊すんだ?」
そして、彼女の顔がより近く。
「結局、馬鹿な子孫たちがこういうことするのね。何を伝えたのかしら……『桜』は」
彼女の言葉に耳を疑ったが、今は首を締められていてまともに考える余裕すら無かった。
「まぁいいわ、ずっと待ってるのももう嫌だし、器がきたって事は会いにこいって事かもしれないし」
彼女は私の首を絞めたまま、私に抱きつく。そして、私の身体の支配権を奪っていっているのか、どんどん別の意思が侵食してくる。
「いい……馴染むわ……! この身体なら『コウ』と同じ位の力は手に入る」
「あ……なた……誰よ……!」
「私は『自死欲』よ」
突然起こった事に何も抵抗できないまま、私の身体が乗っ取られた。
「素晴らしい身体……見た目も昔の私と変わらない……寧ろ清々しい気分ね」
身体が一人でに喋り出し、私の身体の中から『自死欲』の感情に汚染された ERGが大量に放出される。
「あら……? 下から物凄いスピードで誰かこっちに来てるわよ? あなたの知り合いかしら?」
この気配……お爺様……?
「ふぅん……貴女のお爺さんが来るんだ。異変に気付いたのかしらね」
彼女が余裕そうに口を開いた瞬間、お腹に重い痛みが走った。
「ガハッ⁉︎」
私の身体ごと後ろに吹き飛ばされ、樹でできた壁にめり込む。
煙でよく見えないが、おそらくお爺様に殴られた結果こうなったのだろう。
「……おい。なんでお前が感情生命体になってるんだ」
すぐ霧が晴れると目の前にはお爺様が身体中から ERGを放出して、そこに立っていた。
そして、また身体が勝手に動き、壁から抜け出すとまた口が開いた。
「躊躇なく孫を殴るなんて……酷いお爺様……!」
「嘘つけ……お前が身体を乗っ取ってるんだろ、自死欲感情生命体……!」
「へぇ……今はこの状態の事を『感情生命体』なんて呼ぶんだ! 正解よ! なんて感知能力! 凄い厄介……! 分かったわ! 一度殺しましょう! この樹の餌にしてあげる! 大丈夫よ、心配しないで、生き返らせてあげるから!」
私の中からとてつもない程の殺気が溢れ出た。




