漆我紅編 2話 漆我紅について2
「そうですわね、父さん」
母がそういうと、父が繰り返すように続ける。
「死喰いの樹をこの世から消し去る事は私達、漆我家の悲願ですからね」
「勿論……それは護衛軍だってそうだ……あれが有るから、死んだ人間は永遠に苦しみ続け、感情生命体が生まれ、特異能力者が生まれるんだ。だからこんな悲劇……俺達の世代で最後にする……」
祖父は片手を握りしめながら、想いのこもった言葉で呟いた。
その握りしめた手にチラリと見えたのは沢山のマメと傷跡だった。私はどうすればこんな傷がつくのだろうと幼心に思っていた。
「その為には、紅を死喰いの贄にする必要があります……」
祖父に持ち上げられた私は頭を父に撫でられる。父は少し寂しげな顔をしていた。
「紅には少し、悪い事をしてしまうね」
私は父の期待に応えたくて、笑顔で応える。
「大丈夫だよ……! 私があの……『たなとすのき』 を何とかするから!」
「ふふっ紅、元気なのはいいけど言葉遣いが宛名みたいになってるよ」
「あっ……ごめんなさい!」
私は笑いながら謝る。
「あなた……言葉遣いなんて別にいいじゃない……この時期の子供なら子供らしくいる事が一番だと思うわよ? ねぇ……お父さん?」
「そうだなぁ……紅はゆくゆくは贄になる子だぜ? 何処に出しても恥ずかしくないような言葉遣いにしておくのは良い事だと思うけどな」
「もう……お父さんまで!」
母は口を膨らませながら、祖父から私を取り上げた。
「紅ちゃん……嫌だったらその言葉遣い辞めても良いんだよ……?」
母は私の顔を優しく、そして真っ直ぐな目で見つめてくる。私の事を心配しているからこそ、こんな風に聞いてくるんだろう。
「……お前は紅を贄にする気が無いのか?」
「いいえ、そういう訳ではありません、父さん。それは紅ちゃんが決める事、人の都合とかそういうのはこの子にとって関係ないわ」
「……紅はどう思っているんだい? あの樹の中でずっとひとりぼっちになっても大丈夫かい?」
何度か訪れた事のある、あの樹の中にいた祖母の顔を思い出す。とても寂しそうな顔をし、あの樹の中する事も無いからずっと一人で本を読んでいた祖母の役割を自分が受け継いでいくのだろうと思うと確かに少し嫌な気もした。
だけど、私がそれをすることで少しでも喜んでくれる人がいるならそうしたい。私はそう思っていた。
「それは……」
でも、私は自分の感情を言葉に表せられなくて、少しだけどもってしまう。
「宛名……紅は確かに僕達のたった一人の子供だ。願うなら贄なんてそんな役割をこの子にさせたくない。でもね、紅はまだ幼い。自分の心で考えてしっかり意見が言えるなんてこと、中々無いと思う。だから、大人がこうやって道を指し示すのも一つの手段だと僕は考えているよ」
「もちろん……分かっているわよ……でも、この先あの子に会えないかもしれないって思うと、それが辛くて辛くて」
母は私を強く優しく抱きしめる。
「分かるよ、宛名。でも、それは僕達の身勝手は感情さ。きっと大丈夫……紅が贄になれば自ずとあの樹は消えてくれる……そうなってくれれば、それが紅にとっても一番幸せな事の筈さ」
「そうよね」
そうした、話を聞かずに私はさっき言われた事を必死に言葉にしようたして考えていた。
「……私はみんなが幸せでいてほしい……です!」
「……⁉︎」
「今なんて言ったの、紅ちゃん?」
脳味噌を全部使って自分の伝えたい言葉を話す。
「私が『たなとすのにえ』になりたいのは、私の気持ちです。大人じゃないからとか、そういう事じゃなくてね……うーんとね……」
「自分の意思でなりたいって事?」
母は私を助けるように言う。
「うん……私は『にえ』になれば、助かる人がいっぱいいます。そしたら、幸せなひとが増えると思う……思います! 私はたくさんの人に幸せになって笑っていて欲しい……です! だから……お父様とお母様に応援して欲しいです!」
「……紅ちゃん」
「紅……」
私の言葉を聴き、母と父は少しだけ涙を流しそうになっていた。
「……良い子に育てたな、二人とも。子供に応援してくれなんて中々言わせられないぜ?」
「私、お父様とお母様に嫌な思いさせてしまいましたか⁉︎」
私は二人を泣かせてしまったと思い内心焦ってしまっていた。
「違うの……勝手に心配してた私達が馬鹿みたいで……」
「本当に子供の成長は早いね」
二人は私を挟んで優しく包みこむ。
「産まれてきてくれてありがとう」
「何があっても紅を守るからね」
「……うっ……うん!」
祖父は気まずそうに向こうの方を向きながら喋る。
「それじゃあ、贄の引継は半年後だ。その時には護衛軍の奴等も連れてくるよ。よろしく頼むぜ、今様君」
「えぇ……此方こそ。お義父様」
こうして、私は贄になる事を決めた。全て、全て、人の為にしようとした行いだった。
だが、これが私から全てを奪い去った決断だったという事はこの時の私には全く理解をしていなかった。




