漆我紅編 1話 漆我紅について1
私、漆我紅がこの世に産まれたのは18年前。父ーー漆我今様と母ーー漆我宛名の間に産まれた一人娘であった。
母は祖父である筒美封藤の娘、その為彼女の旧姓は『筒美』である。
そして、私は死喰いの樹の贄となるべくして産まれてきた運命を仕組まれた子供だった。
これは、まだ私が父を殺す前の話……
葉書お姉ちゃんに出会う前の話だ。
☆☆☆☆
太陽と空に見える葉っぱがキラキラとした良い天気。春を感じさせる長閑な平原と鳥達の囀る声。そして、その大自然の中ポツンとそこには可愛らしいお庭付きのお家があった。
「おかあさま! おとうさま! 見てください! お庭でこんなに可愛らしいお花を見つけたんですよ!」
舌足らずな幼く甲高い私の声が家中に響く。
私はカメラを幼い手で握りしめながら、母親と父親に写真を見せる。
「ふふっこの子ったら私に似てお花が好きになったのね。ねぇ……あなた……このお花とっても綺麗じゃない?」
「そうだね、宛名。本当に綺麗だ、さすが君の育てたお花だね。何のお花か分かるかい? 紅?」
「えっーと、えっーと……これは……木に生えてたお花だから……?」
母がそうだねと頷きながら私の頭を撫でる。
「これは『ハナズオウ』、このピンク色で可愛らしいお花が特徴なの」
「流石おかあさま! 可愛いお花ですわね!」
「この花はね、むかーし『ユダ』っていう人がいてね」
「宛名……その話は子供には少々刺激が強いよ」
「えぇ〜おとおさま、私その話知りたいです!」
「紅、夜怖くなっても知らないよ?」
「怖い話なの⁉︎」
父がこのように母の話を遮った理由後々分かったのだが、『ユダ』というのは遥昔にあった『キリスト教』という宗教の十二使徒という幹部みたいな人間達の一人の事を指していたらしい。
簡単に説明すると、『キリスト教』の象徴たる神の預言者であった『イエス・キリスト』を裏切って死においやったのが『ユダ』らしい。彼はその後、全ての理由を有耶無耶にしたまま『ハナズオウ』の咲く木で首を吊って自殺したという逸話があった。
母はきっとこの話を年端もいかない娘に聴かせようとしていたのだろう。ことある事に対して慎重であった父もそれは止めると思う。
だけど、そんな慎重で家族思いな父を母は心の底から愛していて、そんな物知りで文学的だった母は父を心の底から愛していたのだろう。
私達はたった一つの花の話題で盛り上がれるほど仲の良い家族だった。
「紅、あっちにもお母さん育てたお花が沢山有るから一緒に見に行こう」
父は指を指すと私を持ち上げてお姫様抱っこでそこまで連れて行ってくれる。
「おかあさま、置いてきて大丈夫?」
「宛名は勝手についてくるよ、ほらね」
後ろを見るとまるで子供のような笑顔で目の前にあった花を指差す。
「ここに咲いている白とピンクの花は何でしょうか?」
「これは……『エリカホワイトデライト』? 白くてとっても可愛いお花だよね」
「流石、私の娘だわぁ〜物覚えが良くて楽しいわ!」
母は次々と咲いている花や苗木を見せてくる。
「『ジャスミン』……『スイセン』……『マリーゴールド』……『ヤツデ』……」
「すごいすごい!」
名前を次々と当てていくと、母の顔がぱぁっと明るくなっていくのが分かった。
「宛名、紅が困ってる」
「そんな事はないわよ、ねー紅ちゃん」
「はい! とっても楽しいです!」
きっとこの頃の私は何も考えない純粋な笑顔をしていたのだと思う。
そんな風にして楽しんで来ると庭の方に祖父……筒美封藤が来るのが分かった。この頃の祖父はまだ護衛軍の大将をしていて、最前線で感情生命体達を狩っていたらしい。
「よぉ! 宛名! 紅の様子を見にきたのだが」
「お義父様……! お久しぶりです。護衛軍の方は今大丈夫でしょうか?」
「あぁ! 今様君……お陰様で何とか死者も出ていない、最近の若者達は本当に憶えるのが早いからな」
「やはり、『機関』を作って正解でしたね」
「漆我家の政治的なバックアップのお陰だ……本当に助かる」
そんな会話を父と祖父をしていた。話が終わると祖父はこちらを笑顔でみる。
「久しぶりだなぁ……可愛く育って、俺も嬉しいなぁ……」
「お爺様……! お久しぶりです」
「紅……お前は希望の子だ……この世界を救える子だ!」
祖父は嬉しそうに言う。
「あの、死喰いの樹を消し去る子が漆我家にようやく産まれたんだ……!」




