第一幕 5話* 蕗衿華について1
私──衿華は自分の部屋の布団の上で溜息をついていた。衿華はどうしてこんな醜い人間なのだろうと。どうして、人に狂気じみた憧れを抱かないと、そして依存しないと人生に対して恐れを感じてしまうのだろうと。
敢えて反芻させている自己否定は最早私の自意識を保つ為に行う防衛機構だった。守られたい、可憐で在りたい、自己認識をして貰いたい。醜い、醜い、そんな自我が私をより衿華たらしめる。
嫌われたくないって分かっているのに、犬のように尻尾を振り媚びる自分。あぁ気持ち悪い。そんな自己否定をしてしまう悲劇の少女ぶった自分も気持ち悪くなってくる。
黄依ちゃんには素直になったらと提案するのに、衿華は何なのだ。相手に依存するだけ。相手を褒めるだけ。相手に流されるだけ。自分の意思すら無い唯の傀儡。
でも、衿華はそれになりたいのだ。なんて自分の無い人間なんだろう。
そして私に比べて、紅葉ちゃんや黄依ちゃんは輝いていた。自ら動き意思を持つ人形みたいに。いずれは散りゆくと知りながら咲き誇る花のように。
衿華はその輝かしい光に当てられていれば良かった。その光を憧れる存在であればよかった。でも、そんな態度は彼女達から嫌われていると思った。むしろ嫌って欲しかったのかもしれない。そうすることで衿華が自己認識ができるから。なんて、迷惑な人間なんだろう。
あぁ……だから衿華は"エリカ"なんだ。衿華に名前をくれたお父様とお母様はその花の名前と同じ物だと分かってて付けたんだ。
孤独なの?寂しいの?幸せな愛が欲しいの?
衿華の中のエリカに聞かれ答える。
『全部欲しい』と
孤独を埋める友情も、寂しさを埋める快楽も、脳がとろけるほどの幸せも。
いつから、衿華はこうなんだろう。生まれた時から?
衿華は狂人なの? おかしいの?みんなはどうしてるの?分からない。分からないからこの意味の無い思考の迷宮も解けないまま。
あぁ……でも、嫌われたくないな。
重い溜息が出た。
「どうしたの? 溜息なんか吐いて、めっっっちゃめんどくさそうな事考えてる顔してるよ? 衿華ちゃん」
隣で寝転んでいた紅葉ちゃんが、顔を覗き込んできた。
「あはは……それ、当たりかも。なんかね、時々すっごい思い詰めちゃう時があるの」
「さっきのえっち迷惑だった?」
「いっいや、衿華もシたかったし、凄い気持ちよかった……よ、うん」
「じゃあ、どうしたの? 私でよければ聴くよ?」
「うんそうだね……お言葉に甘えよっかな」
「いいよもっと頼って」
正面から優しく抱擁されると、心が温まるような気がした。
「衿華ね、嫌な事を考えると、それが本当じゃ無いって分かってても、頭の中でそれがぐるぐる回って声として何回も響いてきて全然消えてくれないの」
「ああ、あれねー。めっちゃ病むわーみたいになるよね。私も良くあるよ。あれなんて言うんだろうね。とりあえず、つらみ症候群って事にしとこっか」
「なんか急に可愛くなったね」
「つらみー」
ほっぺたをくっつけらて、スリスリしてくる紅葉ちゃんが懐いてきたリスみたいで可愛いかった。
「それでね、そのつらみ症候群になっちゃった時ってみんなどうしてるんだろうなーって」
「ほむ……私は人に抱きしめてもらったり、美味しいご飯食べたり、あっ衿華ちゃんみたいに誰かに相談するのもいいかも。とにかくね、なるべく変なこと考えないように、他の楽しい事でいっぱい頭の中を埋め尽くすかなぁ」
紅葉ちゃんは私の髪をサラサラと片方の手で梳かしながら、もう片方の手で頭を撫でる。
「でも、それって根本的な解決にならないよね?」
「うんそうだよー、でも解決するのって難しいよ。一個一個何かに向き合って、心の中に答えを決めてそれを貫くって事はすっごいしんどいよね。私にはそれは出来ないよー」
「意外……てっきり紅葉ちゃん、そういう事出来る人だと思ってたから」
「いやいや、無理無理。意外とそういうのは黄依ちゃんの方が得意だよね。たまぁーに無理しすぎじゃないかなって思うこともあるけど、ていうか一番衿華ちゃんが分かってるよね」
「あはは、6年来の友達だからね。よく見てるよね、紅葉ちゃんって。すぐ人の心の変化に気づくし」
「ふふふっ! 見てるだけじゃないよ。聴いたり、嗅いだり、触ったり!」
紅葉ちゃんは脇腹をくすぐってくる。
「もうっ擽ったいって!」
衿華が姿勢を崩すと、押し倒されたかのような格好になり、紅葉ちゃんの顔が目の前に来る。
時間にして数秒の筈なのに、永遠と続くような見つめあった時間の後、違いの熱に当てられた私達は互いに察し、顔に柔らかく咲く桜色の唇を前に押し出す。
ちゅぷと軽く甘い音と共に口の中に熱いぬめりとした舌が入ってきたので、衿華も舌にからませながら紅葉ちゃんの口の中に入れる。そして数十秒、互いの口を行き来しながら、唾液を送り合い、味を確かめ合う。
「さっきのじゃ足りなかった?」
「だって、そのいじめて下さいって被虐心丸出しの顔見たら私だって昂ぶっちゃうよ」
「ねぇ紅葉ちゃん……私って必要?」
「もちろん」
「じゃあ、教えて。紅葉ちゃんの熱の正体を」
その言葉を聞いた紅葉ちゃんは今までに見たことが無いくらい赤く染まった顔をしながら、服を開け手でその胸にある傷を嬲っていた。