贄誘拐編 間奏 人生三度目の敗北
同時刻、筒美紅葉、そして筒美葉書が沙羅様の味方になる事を決意した二人を僕は彼女達が認識できない場所から監視をしていた。
僕の名前は止水題。元護衛軍旅団長にして、最強の特異能力者と呼ばれていた男だ。
自己紹介が過去形なのは最強と名乗りながら恥ずかしくも、漆我紅に殺されてしまったからだ。
そして、二人の監視をしていたのは、別に二人に興味があったからとかそういう変な理由じゃない。
誤解を解く為に説明しておくと僕は既婚者だ。色絵瑠璃や翠そして青磁の姉、色絵紫苑の夫。戸籍上では彼等の義理の兄になるのだろうか。
勿論、瑠璃が紅葉に好意を寄せている事は把握済み。彼の今後の幸せの為、彼女達に手を出そうなんて不粋な真似はしない。
むしろ、彼女達を守りに来たのだ。
それはこの状況、この段階で二人に接触してくる人間がもし居るとしたら私より彼女達を守れ、と沙羅様に依頼されたからではある……
「……まさか、僕を殺した本人が釣れるとはね、流石にこれは読めていなかったね……? 漆我紅……」
「……」
目の前に居たのはコートと仮面を着けた人間。
間違いなく一年前、僕を殺した奴だ。
「いや、やはり違うな……お前は漆我紅のフリをした『男』だからな」
目の前人間の体格から考えてもそれは男のそれだった。
そして、僕の知っている記憶が正しければ漆我紅は女の筈……
すると彼が口を開いた。
「……正解、流石だな。一度手札を見せただけでそこまで辿り着くとは……その通り、俺は漆我紅じゃない……彼女がお前殺しを騙っただけにすぎないからな」
特徴的な抑揚が何かしらの力によって全て耳に入らない男の声、そして自分は漆我紅じゃ無いという自供。そして、自分を殺したのは俺だと言わんばかりの言葉。
「何者だ……」
「……さてな……だが俺の既に目的は達成された。暇つぶしにでもお前と戦ってやって良いが……」
そう言いながら彼は逃げる素振りをする。
「お前……筒美紅葉に何か仕掛けたのか……?」
「……まさか……俺はただ『今のままでいい』と言っただけだ」
「そんな訳ないだろ……!」
僕は躊躇わず特異能力を全力全開で発動する。
「『光風霽月』ーーニヒリ……」
「ーー『虚無主義』……残念、その特異能力は俺が使っている最中だ……」
「ッ⁉︎」
瞬間、腹に殴られた数発入れられる感覚がした。だがしかし、彼は遠くを離れた所に立っていた。
紛れも無く僕の『光風霽月』の『虚無主義』が使われた……
『俺が使っている最中』と堂々と宣われた……!
「……ハァ……ハァ……お前ッ⁉︎ どういう意味だ⁉︎」
「……この能力驚くぐらい酷いリスクを負わなきゃいけないそうだよな……?」
コイツ……僕の能力を僕より熟知している……
「不味いな……」
なるほど……つまり、僕の特異能力が効かない要因の可能性は考え得る限り、彼が『他人の特異能力の主導権を奪う特異能力』の持ち主だったというもの。
「必死に頭を回して貰っている所悪いんだが、お前の考えてる『他人の特異能力の主導権を握る』……俺の特異能力はそんな大層なものじゃ無い」
「……」
コイツ……僕の思考すら読めるのか……?
「なるほど……これじゃあ勝ち目がない訳だ……」
倒れた身体を引き起こす。
「と言うとでも思ったか?ーー『光風霽月』ッ!」
瞬間、光が、風が、音が全てが静かになる。完全に静止する。
「『時間の停止』か……諦めの悪さはやはり変わらないな……」
だが、目の前の男は平然と動いていた。
「だが……それで良い……諦めの悪さこそがお前の本質なのだから……そうだろ? 止水題」
そう言うと彼が仮面を外す。
そこには人の形を模った虚空だけが広がっていた。
「……⁉︎ 嘘だろ……まさか、お前は……」
「あぁ、感情生命体……いや半感情生命体だ」
そして、気が付かないうちにその男の仮面をが本来の場所へと戻る。
「その仮面とコート……特異兵仗だな……」
特異兵仗それは青磁の作ったDRAGの変わりとして一年半前から開発が進んでいる、特異能力者にしか使えない武器。そして、護衛軍に所属している特異能力者しか作れないものでもある。
つまりは奴は元護衛軍の人間、それも幹部クラスだという事が決定付けられる。
「分かったか? 別に俺はお前らの敵じゃない」
だが、そんなのに当てはまるような条件の奴はただの一人として居ない。
コイツ……まさか……⁉︎
「一つ言えるアドバイスは、俺なんかより鎌柄鶏に気をつけろ」
「……誰だそれは」
「後に分かる。その時が来たらまたお前には俺と戦って貰うぞ……」
「どういう事だ……!」
「なぁに……世界を守る為だ。自然とそうなる」
彼はそれだけ言うとこの場から一瞬で姿を消したのだった。
「これで僕の人生における敗北は三回目か……次戦って負けるなら筒美先生だと思っていたんだけどなー」
その場にバタリと倒れ込む。
「まさか、そんな事になっているなんてな……」
僕もそれだけ呟くと、沙羅様の元へ向かった。




