贄誘拐編 8話 とある古き学校にて2
その姿、その声、その体温、そしてその香りは紛れもなくどうしようもないほどに葉書お姉ちゃんそのものだった。
三年前に葉書お姉ちゃんは死んだはずなのに。
「どうして……私の葉書お姉ちゃんが……」
私は自分の胸に手を当てながら、そこにお姉ちゃんがいることを確かめる。すると、私に抱きついたまま離れない彼女もそこに胸を寄せ、私の瞳を見つめながら言う。
「そこにもう一人の私がいるんだよね?」
ドクドクと音を立てる私の心臓。懐かしさと暖かさに包まれるが、彼女の胸に鼓動は微塵も感じられなかった。
「心臓がないの……?」
「うん、そうだよ。つい二週間前、沙羅様に生きかえらしてもらったんだ」
そうか……お姉ちゃんは贄の権能で一度だけ死から救って貰えたんだ。
「だから、私はあなたが知ってる『筒美葉書』だよ」
彼女は私の頭を優しく手で撫でた。
「今は信じられないかもしれないけどね?」
「……大丈夫、私がお姉ちゃんを間違えるわけないから」
すると彼女はようやく私に微笑みかけてくれた。
「大変だったね」
「うん……」
この三年間今まで生きてきた中でずっと辛かった。瑠璃くんに会うまでは毎日のように死にたい気持ちでいっぱいになっていた。
「辛かったよね?」
「うん……」
敵を倒す力をつけるために、友達に嘘をついて肉体関係を持った。その結果、友達を失い、表情を失った。
「ありがとう……何があっても生きていてくれて」
「違うの……私はただ……こうやっていつかお姉ちゃんに感謝されたかっただけなの」
「それでも……ありがとう」
葉書お姉ちゃんは私の頬に手を当てる。やはり私の顔に起こったことが気になるのだろうか。
「懐かしいわね……まだ不器用だった頃の紅葉ちゃんみたい」
「うん……それを思い出してずっと嫌だったの」
「大丈夫。あの頃とは状況が全然違うもの。紅葉ちゃんはちゃんと前に進んでる」
するとお姉ちゃんは私の匂いをクンクンと嗅ぎ、気づかぬうちに鞄から煙草を抜き取っていた。
「あっ……」
「……これ切手兄さんの影響かしら? あぁ……えっと今は色絵青磁って名乗ってるんだっけ?」
「ちっちがうよ! 青磁先生は関係ない! 私が自分の意思で吸ってるの!」
彼女は煙草の箱と私を交互にじとぉ〜っとした目で見つめてくる。
「ストレス?」
「女の子に手を出すよりはいいんじゃないかなって……」
「やっぱりこうなったのは私のせいだな……」
彼女はそう呟くと、私を強く抱きしめる。
「えっ? ……えっ?」
「力抜いて」
彼女の顔が私の顔に近づくと私は咄嗟に腕を解き離れる。
「ちょっと……! こんなところで……」
「何言ってるの。昔、樹海の中でもシたじゃない」
「いや、だからもう女の子とは……」
「じゃあ、煙草は吸っていいんだ?」
すぐさま、お姉ちゃんに質問をされ少し困ってしまった。
「……もぅ、お姉ちゃんのいじわる。せめてお家に帰ってからにシよ?」
「それで、いいんだよ、紅葉ちゃん」
彼女は私の手を取る。私も気を取り直して彼女の手を握り返す。
「先に判ちゃんと朱くんのお墓参りだね」
「そういえばさ、お姉ちゃんが死喰いの樹にいる時、二人には会ったの?」
「……見かけなかったわね。沙羅様にも確認は取っていないし、あそこにいるとは思うのだけど……」
「そうなんだ……二人もお姉ちゃんみたいにもう一度会えればよかったのだけど」
「そうね……」
するとお姉ちゃんは、ぼーっと死喰いの樹の方を見つめた。
「どうかした?」
「いや、何か重要なことを忘れているような……」
そんな彼女の言葉を聞いたので、切り出しづらかった話をする。
「そうそう、忘れてた訳じゃないんだけど、最近ね私の友達が死んじゃってさ」
「衿華ちゃんのこと?」
「うん、そうだけどあの子の名前、このお墓に掘っていい?」
「いいわよ」
当然のように返答が返ってくるが、お姉ちゃんから衿華ちゃんという単語が出たこと気付き驚く。
「……ところで、なんでお姉ちゃん衿華ちゃんのこと知ってるの?」
「えっとね、話せば長くなるから、それはお家についてからゆっくり話しましょうか」
「わかったよ」
とりあえず、指先に力を入れて、その十字架に書かれている名前に並び、衿華ちゃんの名前を彫った。
「これでよし」
「自分のお墓を見るなんて、何か新鮮な気分よね」
「あはは、そうかもしれない」
私がそこでお祈りをすると、彼女も真似をしてお祈りをした。
その後、お墓の手入れをしたりし、ここですることは無くなった。
「さて、お家に帰りましょうか」
「そうだね」
私たち二人は手を繋ぎ、帰路についたのだった。




