贄誘拐編 7話 とある古き学校にて1
暗く薄暗い樹海の中、私は目を瞑り、平衡感覚を頼らず只ひたすら歩み続け数時間経った時だった。
何か懐かしい匂いがし、気がつくと少しだけ明るく間の開けた広い場所に出たのだった。
「帰ってきた……」
広さを例えるなら、そこは大型の遊園地が3つ建っても余るであろう大きさの土地だった。
『自殺志願者の楽園』の北東部……旧栃木県と群馬県との間に位置し、通常の樹海とは異なり、曲がりくねる樹々や平衡感覚を狂わせるような磁場は無く、明るい日の光が差し込んでおり、その地域の全ての木は春になれば美しく咲く桜の木が植えられていた。
そこには、築およそ100年以上の建物が並んでいるのが見え、特に山の上に建てられたボロボロで大きな木造の建築物が特徴的だった。
昔その建物が気になって、葉書お姉ちゃんや判ちゃん、朱くんと一緒に本を読んで調べたり、直接近くまで行って調べた記憶がある。
結局、そこは私を含めたその4人で最もらしい建物の名前を探している最中、横槍を入れた青磁先生に全員が納得いくような答えを先に言われ、この世界の大いなる謎の片鱗に触れワクワクしたのと同時に、彼なんかからネタバレを食らったという残念な気持ちになり皆んなで彼をバッシングしたことを思い出す。
「……懐かしいな」
青磁先生曰く、その建物は歴史的な記録には残っているが誰かの手によって意図的に殆どの詳細な情報は消され、この世のどこかに存在すると言われこの世界に何故死喰いの樹が生えたのか……その謎の全ての鍵を握るとされた『始まりの学校』に酷似しているらしい。
校門のような門があったこと……
桜の木と楓の木、更に百合の花が彫られた紋章らしきものが描かれた鉄の板があったこと……
荒廃した建物の目の前にはその学校の象徴たる一際大きく美しい桜の木があったこと……
それらの特徴が合致したことから、青磁先生はそうじゃないかと横槍を入れたのだった。
建物の存在意義は歴史書等に様々に語られているが、一番可能性が高いとされている説は当時世界を征服した王であった『雁来紅』を篭絡し暗殺を目論んだ一派が日本中からそれを成し遂げるだけの才のある美女や美少女を集め育てるために作った学校だったというものらしい。
他にも、『雁来紅』が自らの好みに合う女性を集め、育て、結婚し子を作るため学校だったという説や『雁来紅』が自らの子供を英才教育をするために作られた学校という説などもあった。
様々な説はあるが、それが何故死喰いの樹発生の原因に繋がるのか、200年以上たった今になっては誰も知ることではなかったが、私の見ているそこはそういう雰囲気はあってもおかしくはない場所であった。
「先にお参りをして行こうかな?」
そう、今私が呟いた通りそこには私の作った彼女達の『お墓』があるはずだ。彼女達というのはあの病気によってこの世から去った判ちゃんや朱くん、そして葉書お姉ちゃんのことだ。
ついでに『お墓』というのは死喰いの樹が生える前の時代にあった、死者を弔うために作られたそこに亡骸があるよということを示すためのオブジェである。勿論、今となっては告別式同様廃れてしまった文化ではある。
こんな廃れた文化をわざわざ拾い上げお墓を作ったのは、彼女達が死んでしまい私が落ち込んだ時、病室でたまたま読んだ本に、昔の人はお墓を作る事によって死んでしまった人が生きていた事を忘れないようにしていたと書いてあったからであった。
この言葉で少しだけ前向きになれた私は、皆との思い出であったその『始まりの学校』の桜の木の根本に、木で作った十字架を建てたのであった。
その時調べたのだが、桜の木の下には死体が埋まっているらしい。丁度、いいと思ってそこに十字架を建てたのであった。
そんな事を思い出していると、ふと衿華ちゃんの事を思い出した。
「そういえば、衿華ちゃんのお墓作って無かったね……ここのに名前を書いておけばいいかな」
懲戒処分の一件でゴタゴタしてしまったのもあるが、忘れないうちにやっておこうと記憶に留めておく。
そして、昔を思い出すように周りの桜並木を見渡すと、すっかり桜の花弁は全て散ってしまった後であった。
「もうあと一、二ヶ月で夏かなぁ……」
背伸びをしながら、桜並木に沿って歩いて行き、山を登る。
石でできた門を潜ると、大きいが廃れてしまった建物が見える。
懐かしい雰囲気だ。何故か私もここに来るととても安心できる。
ここの敷地内にある桜の木もどうやら、花が散り、新緑の葉に染まっていた。
懐かしさに浸っていると、ふと温かい風が吹く。
そして、その動く木陰の中に人影が見えたのだった。
「……?」
普通こんな所に人がいる筈無いのだがと思い、慎重に桜のきに近づく。もしかしたら、先程関所のおばさんが言っていた侵入者かも知れない。そう思いながら、拳に力を入れる。
「そこに居るのは誰ですか?」
此方からは見えない死角になっている木の反対側の根元にその『誰か』の気配と私が作った十字架の墓を感知した。
そして、今度は私が動く前に『彼女』が姿を死角から表したのだった。
「え……?」
不意に現れる、懐かしく温かい私の大好きな香り。
「やっぱりここに来た……逢えて嬉しいよ」
私の鼓膜を震わす優しい女性の声。
「あっ……貴女は……」
私のこの心臓を高鳴らせる事が出来るのは世界でたった一人だろう。
あぁ……この人は……この人は……
今、私は幻覚でも見ているのだろうか?
それとも、奇跡を見ているのだろうか?
その巫女服と長い髪先をリボンで結えた少女を私が見間違える筈は無かった。
この人は私の人生にとって一番大事だった人。
一番影響を与えた人。
私に呪いをかけた人。
「葉書……お姉ちゃん……?」
私が震えた唇でそういうと、彼女は私を抱きしめ悲しそうに語りかける。
「三年ぶりだね、紅葉ちゃん。私の事ちゃんと覚えててくれたんだ」




