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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act three 第三幕 死にたい少女の死ねない理由
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贄誘拐編 5話 世間話2

 煙草を吸い続けて二本目が終わる頃だった。


「すいません、こんな事に付き合わせちゃって」

「大丈夫、大丈夫! 私も新鮮な気分で楽しいから」


 吸い殻を灰皿に入れる。するとふと彼女が思い出すように呟く。


「……最近ね、樹教のせいも有るかもしれないんだけど、この関所に来る人が多くてね」

「それは大変ですね」

「ここに何か隠してるんじゃないかとか、死喰い(タナトス)の樹を調査させろだとか、沙羅しゃら様に会わせろだとかそういう奴らが多い事多い事」

「でも実際、護衛軍が隠してるようなもんですよ……沙羅様の力……贄の本当の意味を知れば隠さなきゃいけない事くらいすぐに分かるじゃないですか」


 世間一般には、樹の贄は現世に選ばれた人間を一日だけ復活させる巫女なような存在だ。


 しかし、実際には彼女はそれ以外にも、自死欲タナトスという感情生命体エスターを樹の形に留めておく、封印の鍵のような役割がある。


 だから、次の贄へと受け継がれる前にその命が消えて無くなってしまえば、死骸である樹の形から本来の感情生命体エスターの姿を取り戻し、世界を滅ぼすと言われている。


 護衛軍の本来の存在意義はまさに『贄の命を守る』事。それ故に祖父ししょうはこの軍を作る際『護衛軍』と名付けたのだろう。


「……そうね。いっその事公開してしまえばいいのに」

「駄目ですよ。絶対パニックになるので」


 全人類の命が人一人の命によって支えられている現実を知れば一体どうなることか……


「沙羅様がそれを避ける為にどんな思いで、誰も到達出来ない死喰い(タナトス)の樹の上層部で一人、暮らしていらっしゃるか……」

「そうよねぇ……」


 年端もいかない少女達にこの世界は守られすぎている……


 だから近頃、所謂人権派と称して贄という役割を廃止するべきだという『ほむら』という非公式の武装組織まで出てきている始末である。


「ふぅ……考え出したらキリがない事ですよ。全く、酷い話」


 もう一度煙草に火をつけ、煙を吐き出しながら私は上……つまりは死喰い(タナトス)の樹の最上部を眺める。


 立ち入っただけで、自殺願望に捉われる環境に少女一人でか……


「私がちゃんとしていれば……」

「……ちゃんとって……何かできたの? 紅葉ちゃん」

「……さぁ? ……もう昔の話ですよ……ふ〜」


 私は引き続き煙草を吸いながら視線を彼女に向けて誤魔化した。


 顔を凝視された、彼女は少し驚いたのか私に呆れながら質問する。


「何かやな事でもあったの? 随分と垢抜けちゃったみたいだけど」

「……普通の事ですよ。人間誰だって辛い思いして生きてるんです。なら、もう今を徹底的に歪ませて、無理矢理にでも楽しむしか無い……そう思っただけです」


 そろそろ三番目の煙草が無くなる頃だった。吸い殻を灰皿に投げ入れる。


「そろそろ、お仕事戻った方がいいんじゃないですか?」

「そうね、付き合ってもらって悪かったわね」

「いえいえ、愚痴を溢すみたいになったのは私の方ですし。また時間がある時にこういう話しましょう?」


 私のその時の表情があまりにも虚無だったからなのか、彼女は私に対して首を傾げながら半笑いで私に質問した。


「……もしかして紅葉もみじちゃん、男でも知ったの?」


 思わぬ所から、変化球が飛んできて思わず吹き出してしまう。それでも、顔は笑っていないのだろうけど。


「ははっ違いますよ〜変な想像やめて下さいよ〜」

「ふーん。まぁ、恋の一つでも知れば、きっと世界が変わって見えるけどね」

「それくらい、分かってますよ」


 瑠璃くんの顔が頭にチラついた。彼は男でも、女でも無い。あえていうなら人間でも無い。彼の考えていることは私にさえ分からない。だからこそ、こんな私でも全てを理解して愛してくれるかも知れない。


 もし、彼が私の事を好きでいるなら、喫煙なんてしなかっただろうなと考える。もし彼が私とそういう関係になったら、今の状況にはなってなかっただろうなと考える。


 少なくとも、自分の願いを叶える為に、友人の特異能力エゴを持つなんて提案、拒否する理性くらい持っていたかもしれない。


 勿論これは全部、全部私自身を騙すための欺瞞だ。一切瑠璃くんが悪い訳ないじゃないか。


「私も汚れましたね……」

「まだ18歳でしょ? 何言ってんのよ」

「そうですね。私もまだまだ経験不足です。では、実家に帰るとしますね」


 私は手を振りながら、ベランダの扉を開ける。


「変わったわね。色々と」


 彼女の声がうっすらと聞こえる中、私は溜息をついた。


「歳上の女の人には本音で話してしまう癖がまだ抜けてなあなぁ……」


 ふと、葉書はがきお姉ちゃんの顔が脳裏に過ぎる。


「今の私を見たらどう言うんだろうな……」


 私はそのまま、関所の裏口から樹海方面へ出て、実家の方は向かった。

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