贄誘拐編 1話 懲戒処分1
太平洋に出現した巨大感情生命体『恐怖』を駆除した合同任務から数週間後、私ーー筒美紅葉は祖父の家のある死喰いの樹の麓……つまりは『自殺志願者の楽園』に向かっている途中だった。
私が実家に帰るのは護衛軍に入って以来初めてだった。
最初、実家に帰る時は任務の無い休みの時にしようと思っていたのだが、なんのからくりか、私には任務があった筈なのに何故かこの片田舎の電車に揺られていた。
……そう、私は懲戒処分を食らってしまったのだ。
理由は簡単。
先の合同任務で、私と青磁先生が裏で樹教に関する情報共有をし、青磁先生が樹教の潜入調査をしていた事を秘密にしていた事が露見し、挙句の果てには私がDRAGを使用して特異能力者として覚醒するなど散々軍の規律違反を破ったからである。
「やってしまったぁぁぁ……」
私は電車内で溜息を吐くが、周りの視線が集まってしまったのを見て、知らぬ存ぜぬというこの無表情な顔を周りに見せつけた。
しかし、気に食わないのは青磁先生の方だ。
DRAGの横流しという重大な罪を犯したのにあっちは何も罰を受けなかっただけでなく、偶々病院ですれ違った時……
「あれぇぇえ? 懲戒処ぶぅぅん……? ザマァァァア!」
と、したり顔で煽られた事である。正しく、人間の屑と呼ぶにふさわしい顔をしていた事を思い出すと、怒りが湧いてくる。
更にその時隣にいた時の黄依ちゃんにさえ、苦笑いされた後、鼻で笑われた事を思い出した。
全く虚しい限りだった。
ところで、私に懲戒処分の通知を出した天照大将補佐……もとい、てるてるさんは『一応建前上はこういう理由』と言っていた。
というのも、今回の私の懲戒処分は護衛軍上層部からの命令では無く、護衛軍の母体組織でもある政府側からの命令だそうだ。なんで政府が一末端軍人である私に一々介入してきたのかは分からないが、そういう事なら黙って従う他無いのであった。
その為、てるてるさんからは
「いい機会なんじゃない? 合同任務で少し精神的にも辛い思いをしたんだし、実家で療養ってのも」
と提案されたのだった。
私もちょくちょく葉書お姉ちゃんのお墓参りをしていなかったからお手入れに帰りたいと思っていたし、丁度良いから今実家に帰っている状況であった。
終点の降車駅に間もなく到着するという放送が電車内に響きわたると私は窓の外を眺めた。
「いやぁ……ここから見る死喰いの樹は相変わらずデカいなぁ……」
窓一面に死喰いの樹の下部分が映る。樹の表面の皮が古びた、取れかけている。
こうして、下半分だけ見ると、ものすっごくでっかい大樹に見えてしまうが、あれが生死の概念をねじ曲げていると思うと自然と生命の進化は恐ろしいと感じてしまっていた。
「私アレの上の方に行ったんだなぁ……」
『恐怖』との戦いで、死喰いの樹の上部へ足を踏み入れた事を思い出し、窓を覗きこみながら上の方を見ると、人の死体が包まれている葉っぱが見えた為、咄嗟に電車内に視線を戻した。
そんな事をしている間に電車が止まり駅に人が降りて行く。
誰も彼も、奇を衒っているかのような雰囲気を醸し出す人ばかりだったのを見て思わず呟いてしまう。
「人の気も知らないで『こういう場所』におもしろ半分で顔を出すなよバーカ……」
そう、此処は『自殺志願者の楽園』という名前の通り、いかにも自殺者の多そうな樹海であった。だから、此処で降りる人は、『こういう場所』の雰囲気を興味半分で見に来ている人が大半だった。
勿論『こういう事』が多発した為、此処は禁足地だし、許可の無い人間以外入る事はできない。そもそも、祖父がいなきゃ感情生命体の温床になっているくらい危険な場所だ。
後者は知らないとしても、前者のここが禁足地という事位ちゃんと理解しておいて欲しいものでも有る。
駅に降りるとすぐに、先程電車内で見かけた男共に絡まれる。
「ねぇねぇ、君さぁ〜ここに何しに来たの?」
「君可愛いねー」
「もしかして何かのモデルさん笑笑」
無視して通り過ぎると、彼等は躍起になって私の後を追いかけてくる。
「自殺しに来たの〜?」
「ここ立ち入り禁止だよー?」
「自殺なんかより俺達と良い事しようよ笑笑」
彼等の言葉を聞き、思わず呆れて足を止めてしまった。『そういう目的』で来る奴も居るのか。
つくつぐ人間っていう生き物は自分の欲を叶えたいが為に生きようとするという事が身にしみて分かってしまう。
「もしかして脈アリ〜⁉︎」
「馬鹿野郎、俺が声かけようって言ったじゃんー。この子メンヘラぽいからチョロいって」
「メンヘラって、初対面の子にそれはかわいそうだって笑笑」
私は彼等の方に振り、一人ずつ顔を見る。
大体同い年位だろうか。この近くの大学にでも通っているのだろうか。髪を染めたり、流行りの服を着たり。
こういう、しょうもない人間も欲を叶える為なら髪やら服やらお洒落して頑張っているんだなって思ってしまった。
溜息をついた後、私は鞄の中を漁り中にあった護衛軍の身分証を手に取った。




