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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act two 第二幕 恐怖と喪失。そして、憧れ。
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スキャーリィ編 エピローグ 1話 弔い1

恐怖スキャーリィ』との闘いから数日後、護衛軍本部の大部屋で衿華えりかちゃん達の告別式が行われた。


 そもそも、『弔い』だとか『葬式』だとかが死喰い(タナトス)の樹の出現によって意味をなさなくなったせいで、このご時世ではそういう宗教じみた習慣が薄くなっていた。


 そんな中でこれは、私と黄依きいちゃん、それに白夜はくやくんや機関で教師をしている泉沢いずみさわ大将補佐が言い出して行われた事だった。


 人より死に対して近かったのか、葉書はがきお姉ちゃんの私の経験をしたいからなのか、特に私はそういう所に敏感で言い出した事であった。


 黄依ちゃんや白夜くん、泉沢大将補は衿華ちゃんと機関で昔馴染みだったから手伝ってくれたのだろう。実は薔薇ばらちゃんも黄依ちゃんのいない所で手伝ったりしてくれていたのだが、彼女達の関係性はそういう所で実に難儀だと思う限りだった。


 参加者は衿華ちゃんのご両親は勿論の事、天照てんしょうさんをはじめとした先の合同任務に参加した軍人、さらに泉沢大将補や成願じょつがん家保いえやす大将、それに色絵しきえ家である瑠璃るりくんやすいちゃん、青磁せいじ先生まで来てくれたのだった。


 皆が喪服と静寂に包まれた中、告別式は進行していく。


 ある者は泣き、またある者は悔しそうに唇を噛みしめ、私は無表情に現状を眺めていた。


「……」


 少しやるせない気持ちになり、隣に同じく座っている黄依ちゃんを指で突いた。すると、彼女は小さな声でつぶやく。


「どうしたのよ、紅葉もみじ

「私こんな事して良かったのかなぁ」

「知らないわよそんな事」


 彼女はすぐに衿華ちゃんの遺影の方を見た。私もそれにつられて正面を見た。


 衿華ちゃんの遺影は今よりも少し若い機関生時代の頃の写真だった。


 およそ知らない人が見たら、アイドルの写真か何かだと思ってしまいそうになるほど彼女は可愛らしい女の子だった。


 大きな目とそれをより映させる長いまつ毛、サラサラな長い髪を束ねたハーフアップ、小さくてお人形さんのような顔、吹けば飛んでしまいそうな程の華奢な身体。小動物のように守ってあげたくなるような容姿。此方に微笑みかける、ほぐれた笑顔。


 そのどれもが私を守って亡くなってしまったたった一つの命だった。


「ねぇ黄依ちゃん……衿華ちゃんの遺体が死喰い(タナトス)の樹に吊るされていないっていうのは本当なの?」

「……あんだけ派手に爆発させられたら、人なんてタンパク質の塊だから消滅したに決まってるじゃない」

「それなら……まだ幸せな方だったのかなぁ……?」


 そう、死喰い(タナトス)の樹に吊るされる前にこの世から肉体さえ消えれば、永遠に生きていかなきゃいけないなんてそんな呪縛には縛られないで済むのだろう。


「でも、それじゃあ沙羅しゃら様による恩赦で現世に蘇らせて貰った場合、会う事も出来なくなってしまうわよ」


 死喰い(タナトス)の樹の贄ーー漆我しつが沙羅様の権能死して死喰い(タナトス)の樹に吊るされた人間を現世に一時的に戻す力。それが有れば、衿華ちゃんともう一度だけ話す機会が有ったかもしれない。


 そもそも、護衛軍は贄の死を防ぐ為に作られた組織だから、それくらいの我儘、私の権力を使えばできたかもしれない。


「そうだね……でも、ああでもしなきゃ『恐怖スキャーリィ』は殺せなかった。それに、衿華ちゃんに会って何を話せば良いのか、私には分からない」

「……そうよね。私は衿華にアンタを一発殴って貰いたいのだけど、それでもアンタにはアンタの大義が有って、私達の特異能力エゴを得る為に私達と深くまで関わった」


 樹教を倒す為の力を持つこと。それも、彼女達と肉体的な関係に至った原因の一つでも有った。それで自分を満たそうとしていたんだから、自分は最低な女だと思う。


 それは償っても償いきれない罪だし、何も言える事は無かった。


「黄依ちゃん……今でも、怒ってる?」

「……いや別に」


 彼女も自分に湧いている感情の正体を分かっていないのだろう。怒るべきなのか、悲しむべきなのか、理不尽に対して嘆くべきなのか分からないそんな顔押していた。


 私は怒ってくれた方が気持ちが楽になったけど、それはただ私の願望エゴだった。


 これが人間か。これが人生か。これが失うということか。


「……昔さ、感情生命体エスターになったら殺してって頼んだよね?」

「そうね」


 あの時はまだ護衛軍に入って、それ程経験の無い時だった。だから、まだ心の何処かで『死にたい』って思ってた時期でも有った。


「あれさ、あの時はただ私は誰かの手によって殺される事を願っていただけだと思うんだ」

「そうだったんだろうね。それも、後になってから気付いたのだけど」


 彼女が下唇を噛みながら俯く。


「もう一度、聞いて良い?」

「嫌よ……そんな呪いみたいな言葉……」


 彼女は目に涙を浮かべて私に言った。彼女はずっと我慢していたのだろう。私の前で、悲しみで泣かないように。私の事を傷つけないように。私に動揺を与えないように。


 それがようやく今になって溢れ出て来て、必死に出した言葉があまりにも単純で、私も悲しみという感情に包まれてしまった。


「残された側は辛いよ……」


 しかし、もう永久にこの瞳から雫が零れ落ちる事はなかった。

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