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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act one 第一幕 死ねない世界の少女達
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第一幕 3話* 霧咲黄依について2

 私の母親は先述したように、働きもせず賭け事などにのめり込んでいた。家がどんどんと貧しくなっていった為、母親と私は母親の実家に転がり込む事にしたのだが、母親も私もそこで虐めを受けた。


 そこでも、やはり髪の色がとか、外国人の血が、とか色々な罵声を浴びせられた。私は絶望も悲観もしたけど、ここまで来ると『もう仕方ないな』と思って割り切っていた。父親が亡くなって、悲しいけれど、母親がまだいたから、私にこの血と身体を分けてくれた人がまだいたから乗り越えられるって思っていた。


 母親も父親のことで毎日のように愚痴は言うものの、言った後にいつも泣きながら「ごめんね、ごめんね」って言いながら私を抱きしめてくれた。ずっと最低な親だと思ったし、最悪な環境だと思っていた。でも、抱きしめて貰えた時だけ、心の中が暖かくなって、私はこの人の為ならきっと何でも出来るんだろうなって幼心に思っていた。



 だが、時が経つにつれ、私では無く母親の方に親族の虐めの対象が変わっていった。これは後で知ったのだが、既にこの時には母親は精神薬の過剰な摂取で心を壊していたそうだ。

 そうとも知らなかった、私はいつも通り呂律の回らない愚痴を聞いていたら、急に怒り出した母親に混乱した。そして、「産むんじゃ無かった!」や「貴女のせいで私は人生を台無しにされた!」という言葉が私の身体を突き刺さった時、私の割り切った筈だった心が、涙腺が、堤防が崩壊するかのように決壊した。


 次に母親は泣き喚いた私に包丁を突き立ててきた。私を抱きしめてくれた手で包丁を持っていた。私を優しく見つめてくれた瞳で私に殺意を向けていた。


 もう、私は限界だった。心が裂けそうだった。今でさえ、あの光景を思い出すと母親が考えていた事が分からなくなってくる。地獄だった。もう、尚更死んだ方がマシじゃ無いかと思った。それでも、私はまたその苦しみを身体で受け止めて、母親の暴力に耐えまた笑い合える家族に戻れることを信じた。


 次に私が目を覚ましたのは、病院だった。流石に怪我人ともなると、親族達は自分に火の粉が降りかかってくるのでは無いかと思いここに入れたのだろう。そして、母親が親族達に虐められていた事、その為精神疾患を持っていた事、薬を飲んでいた事、既に母親が廃人になってしまった事を母親の担当医に伝えられた。


 それを聞かされた私は、病院を抜け出した。あの時はもう、自分でも自分が理解出来なかった。気付いた時には私を傷つけたあの包丁を使い、発現した第二の特異能力(エゴ)で親族達を半殺しにしていた。護衛軍の特異能力者(エゴイスト)に止められなければ、私は殺人者になっていた。そして、自分が取り返しのつかない所まで堕ちてしまった事、二度と家族と笑い合えない事を実感してしまった。


 その後、私は母親の実家や父親の実家に引き取られるのを拒否して、護衛軍の直轄学校である『機関』に寮生として通うことにした。理由は私がこの特異能力(エゴ)で人を傷つけた罪を背負う為、そしてこの特異能力(エゴ)が父親と母親の魂その物だと思ったから。


 この(エゴ)で私は人を救いたい。それが生きる希望を失った私の最後の夢だった。


 ◇


 ここは護衛軍本部、つまりは母親が入院している病院。どうにも、清潔過ぎて私には落ち着かなかった。


「母さん、こんばんわ」


 何も返事は返さず、薄っすらと目を開け布団の上で上半身をおこしている長い髪の母親は光の無い瞳で無表情に虚空を見つめていた。


「また、髪黒に染めたんだ。ね、これで母さんも虐められないよ」


 独り言のように呟くのはもう慣れた。でも、声が返ってこないのはいつまで経っても慣れる事は出来なかった。


「そろそろね、出会って二ヶ月くらいになるから私の話、紅葉にしたいんだ」


 それでも、私は母親の顔を見ながら喋り続ける。


「嫌われないかな……あの子私と違って特異能力者(エゴイスト)じゃないし、感情生命体(エスター)を殺す時も泣いてあげられる優しさがあるから」


 母親が私を見て瞼をパチパチとさせている動作は、幼くて純粋な子供みたいだった。それ故に、込み上げてくるものが私の中にあった。


「いいこ、いいこ。なかないで」


 口を開いたのは母親だった。小さい子供が泣いている赤ちゃんをあやすような声だった。母親は幼稚退行してしまっている為、きっと反射的に反応しただけなんだろう。でも、それは私の瞼を決壊させるのには十分過ぎた。


「うん、分かったから。ありがとう……お母さん」

「バイバイ、おねえちゃん」

「バイバイ」


 私は病室を出たその足で、紅葉の元へと向かった。

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