スキャーリィ編 41話 婢僕2
「アッ……ウゥゥゥ」
彼女の口から響くのは人間ものとは思えない呻き声。私は思わず口を手で覆ってしまい、膝をつく。
「霧咲ッ! ここから離れろッ! お前はこれ以上見ちゃいけないッ!」
婢僕は見たところ、戦闘能力も殆どなくましてや走ることすらできない、人間よりもか弱いような状態だった。
私はもう一度立ち、婢僕へと歩いて行く。
「私が殺さなきゃ……約束したんだから……感情生命体になったら衿華を殺すって」
「霧咲ッ! やめろッ! そんな事したらお前が……お前の気持ちはどうなるんだよッ⁉︎」
白夜くんは鞄を離して、私の腕を掴んだ。
「止めないで……これは約束なの……私がどうなったって知った事じゃない。私と紅葉と衿華で決めた大事な約束なの、そうしなきゃあの子は救われない……救えないッ!」
それでも白夜くんは手を離そうとしない。
「うるせぇよ……そんな光景誰も見たかねぇよ……お前は黙って作戦に加われ……コイツは俺が殺す」
「話聴いて無かったのッ⁉︎ 私がそうしなきゃいけないのッ!」
責任感、こうなってしまった事への罪滅ぼし。私の動かしている気持ちはそれだけであった。
「でも、それお前の気持ちじゃないだろ……? 本当にこんな事したい訳ないだろッ⁉︎ 誰も救われる訳無いだろうが……蕗だって、筒美だって、お前だって!」
図星だった。どうしようもないほど正論だった。だから私は駄々をこねるしか無かった。
「そんなの分かってるわよッ!」
「馬鹿野郎ッ! 責任感なんかで友達を殺そうとするんじゃねぇ! お前には今やらなきゃいけないの事があるだろうがッ! こういう、辛い仕事は俺みたいな屑男に背負わせろよッ!」
「……」
私は手を無理矢理ほどき、『恐怖』の方へ向かおうとする。
「あんまり、自分を卑下しないで……白夜くん」
「あぁ……それで良い、早く行け」
そのまま私は所要の有る場所へ移動した。
◇
俺ーー操白夜は目の前に立つ蕗衿華らしき婢僕を殺す為に鞄を開き、父の死体人形を出した。
「『死体人形』ーーおはよう父さん、せめて痛みは一瞬で済ませてやろうな」
一瞬でその婢僕の首を切った。頭部は軽く宙を飛び、確実にコイツは死に至っているだろう。しばらくすれば死喰い樹の腕がやってきて回収するだろう。
最後に彼女に対して少しだけ語りかける。
「すまんな、蕗。こんな形になってしまうなんて……だけど霧咲がもしお前を殺してしまったら、本当に心が壊れてしまうんだ。だから、俺が……」
それに気付いたのはその瞬間だった。
首に走った痛みと共に、恐ろしい事に気付いた。
氷上に転がった顔は蕗衿華のものなんかではなく、いや蕗衿華に似てはいるのだが、決して本人では無い。
「なんだ……? 触られた感触は無かったが……これは『痛覚支配』か……? だがコイツの顔は蕗衿華本人のものとは違う……」
蕗衿華では無いのに、蕗衿華の特異能力を使ったという事実がそこにはあった。
そもそも、特異能力者が婢僕になる事例なんて有ったのだろうか? いや、特異能力者は婢僕ではなく、確実に感情生命体になる筈だ。
それなのにたった今、俺が見たのは本人のものではない特異能力を使う婢僕。
「ぉか……ぁざんの……なまぇ……?」
その婢僕は首を取られても、なお呻き声を上げていた。
「……今、なんつった?」
さらに嫌な予感がする。俺の耳がおかしくなければコイツは『お母さん』と言った。
「ぉとぅ……ざん」
婢僕は『恐怖』の方を見ながら呻き声を上げる。
「おい……変な冗談はやめろ」
婢僕は感情生命体に喰われた人間の成れの果てだと言われていた。そして、その感情生命体の性質を受け継いで、婢僕として感情生命体に従事する生物だ。
だが、現状目の前の婢僕に見られる生態は特異能力者であれば耐えられる程の『衝動』と蕗衿華の特異能力をかなり弱くしたもの。
「……お前の母親は誰だ」
俺は飛ばした婢僕の頭を片手で掴み、そいつに質問した。
「ぉかぁ……ざん……は……ぇりか……」
今度ははっきりと分かった。
コイツは今『えりか』と言った。
つまり、婢僕の正体は喰われた人間の成れの果てなんかでは無く、喰われた人間を媒介として生まれた……
「人間と感情生命体の子供……」
その事実を理解した瞬間、俺の足は踏陰蘇芳の方へと向かった。




