スキャーリィ編 40話 婢僕1
現在、私ーー霧咲黄依は『恐怖』に対して、だいたい100メートル以上の位置から特異能力ーー『僻遠斬撃』を使用しての遠距離攻撃を繰り出して、奴の再生を食い止めようとしていた。
「霧咲……体力的には大丈夫か?」
「……えっ! あっ、ハイっ白夜くん!とりあえずはあと2、30発は打てるわよ」
「……そうか、無理だけはするなよ」
彼は何か、虚な目で何かを避けるようにする為にそれを言っているように感じた。私が彼に避けられているのだろうか……ならこんな所に来ない筈なのだが。
そもそも何故彼がこんな所に居るかというと、先程あの爆弾女の移動手段として白夜くんの特異能力が抜擢されており、爆発から離れる際に離脱先に私の事を選んだから白夜くんは私の近くにいたのだった。
でも、私にとってそれは恥ずかしいような、嬉しいようなそんな気持ちだった。
そう、私は少なからず白夜くんに対して異性としての好意を寄せていたのだ。
少なからず、顔立ちだとか、何もかもニヒリズム的に見てしまい憎まれ口のようでただ否定的でもないような言葉を叩かざる終えないような彼の姿も好きになる要因の一つであったが、やはり一番大きな理由は両親がもう居ないという家庭環境や、両親に対しての想いにシンパシーや尊敬の念を抱いたから。
死んだ筈の両親を死喰いの樹に吊るさない為に彼が特異能力者までになってそれを止めた、という彼の心情は私にも充分に理解できた。
しかし、果たしてこれが恋心と同じになりやるのかは分からない。というか、恋というものに理由なんて有るのかもよく分からない。
だから、私は今の今まで彼に対して好意的な行動はしていない。
「暫くここで休むぞ、霧咲」
「あっあの……! 白夜くんっ……!」
「どうした、邪魔だったか?」
「そうじゃなくて……」
彼の前ではどうしても自分が分からなくなってしまう。自分に似ている人だというのに、それが確認できるから好きになったというのに、これではもう本末転倒である。
人に恋してしまうという事はそういう事なのだろう。
「筒美のことか?」
「……えぇ」
突然のことで、そうは思って無かったのにとっさに相槌を打ってしまった。
だがしかし、では私のパートナー筒美紅葉についてはどうだろうか。
私は特異能力を使い『恐怖』に攻撃をしながら、頭をそちらの思考に向ける。
彼女には建前上、互いを人として壊れそうな時の予防線として付き合っている事になる。
勿論、建前があるのなら本音だって有った。これは彼女だって気付いていた事だろう。
私が私の母親にしているように、私は紅葉に『依存』していた。絶対に『依存』しても良い対処として見ていた。それが心地良く甘んじて受け入れてくれたから、私は彼女と何度も何度も身を重ねたのだろう。
だが、今の彼女はもう私が『依存』なんてして良いほど余裕なんて無い。
「俺は……そのうち心を壊してしまうんじゃ無いかって心配している」
彼は、遠くの方で空へ跳ぼうとしていた紅葉を見ながら呟く。
「そうよね……紅葉はそんなに心が強い子って訳じゃないのにね」
「いや、違う。俺が心配しているのは霧咲の事だ」
「私……?」
「霧咲ーーーーーーーだろ?」
彼がその虚な目をこちらに向けて何かを喋ろうとするが、踏陰一佐の作戦の開始の伝言に遮られ何も聞こえなかった。
「ごめんなさい……何言ったのか聞こえなかった……」
「……そうか、それならいいんだ、今言った事は忘れてくれ。それに、作戦開始だ」
「……そう……だね」
私は周りを見渡した。
勿論それは何となくした行動だったのでは有るのだが、その光景を見た瞬間、嫌な予感がよぎり酷く顔を歪めてしまった。
「……ッ⁉︎」
それは所要が『恐怖』からもぎり取った触手の模様から、人型で顔だけがハッキリと恐怖の表情にみえる肉の塊……おそらく奴の婢僕が這い出てきた光景だった。
いや、それだけでは幾ら私でも顔を歪める程、後悔に満ちた表情はしない。
「……やっぱりか……嫌な予感つうものは良く当たるんだな。なぁ……霧咲、お前は絶対に手を出すなよ……」
「……はぁ……ハァ……こんなの……こんなのって……」
此方にその婢僕は歩いてくる。
近づく度に吐きそうになる。
その婢僕が漂わせている雰囲気はよく知った少女にとてもよく似ていた。
機関生の時代から、お互いを高めあって、数少ない私の友人だった少女。
想いを寄せた人の為に、自らの命を差し出した少女。
誰よりも痛い事が嫌いだったのに、心が折れ無かった少女。
「あなた……衿華……なの……?」




