第一幕 2話* 霧咲黄依について1
明るい部屋、辺りを見渡すと昔のあの貧相だった部屋との違いを思い出す。鏡を覗くと女の子にしては短めの髪の根元の方が金色になっているのが分かった。
「黒色に染めないと……」
私ーー霧咲黄依は独り言のように呟きながら、相棒である筒美紅葉の事を考えていた。
『紅葉にはもう打ち明けても良いのだろうか?』という悩みに対して、『いや、彼女に変な気を使わせたくない。』という意志がふつふつと湧き上がってくるのが分かる。
もう一度、生えてきてしまった金色の髪を見ると溜息が溢れた。
私は紅葉に受け入れてもらえるだろうか。そんな疑問がよぎってしまうと、自分をまるで幼い頃からの親友の衿華みたいだなと感じてしまった。
いや、違うか。私は衿華じゃ無いし、衿華も私じゃ無い。
髪を染めるための薬を棚から出してお風呂場へと向かい、服を脱ぐ。
「ハァ……」
自分が今している事についての意義を考えてしまうとどうしようもない溜息が出てしまった。
「どうして、私を産んだの」
呟くように出てしまった言葉は疑問系では無く、もはや自虐めいたものだった。それだけ、両親が私を産んだ意味が分からなかった。
そして思い出す、私が特異能力者になった日のこと。
父親は外国人だった。そして、その血は私にも流れている。
ついでに加えるとこの世界にはもう日本人以外の人種が殆どいない。日本及びその周辺国以外が消えたこの世界で外国人である父親の祖父が生き残れたのは、死喰いの樹発生時にたまたま日本に居たからであった。
でも、二百年前にいた支配者が徹底的に外国人の虐殺をしたせいなのか、この世界には昔からの悪しき風習がある。私達外国人の血の入っているものはその風習によって差別された。
もちろん、父親も例外では無かったがそれでも彼は普通に生きていればまだ命はあっただろう。そう、そんな状況下に追い打ちをかけたのが日本人である私の母親とその間に生まれた私の存在だった。
まず、何故この状況で結婚なんて事になったかは母親から何度も恨み事を言うように毎日聴かされた話だが、主観的なものも多かった為簡単に要約すると『興味本位で近づいた男が外国人で子供が出来ちゃった』という事だった。
日本人を孕ませてしまったという事で父親には世間の風当たりも悪く、やっとの事で手に入れた職を失い、物心ついた時から酒に呑まれていた。
母親は外国人に股を開いた尻軽女として、家から追い出されて仕方なく父親に付いていったが、自分から働こうともせず、生活補助金として支給された給付金すら賭け事に使っていた。
私は幼心に、こんな無茶苦茶な家族でも『一緒に入れたら幸せだ』と思っていたが、そんな甘い考えは一瞬にして奪われた。
あの日、母親は家にはいなくて、父親はお酒を飲みすぎて完全に自我と理性を失っていた。私にとっては良くある事だったから、父親にいつも通り寝込みを襲われても、もう抵抗もせずにあの時は受け入れていた。父親を苦しませているものがこれで少しでも無くなるなら、とも思っていた。
しかし、気を抜いてしまったのだろう。事が済んだ後片付けもせずに、その前に父親の腕の中で眠ってしまったのだ。
そして、起きた時にはもう全部遅かった。
今まで父親は酒に酔って、ずっと私を犯していた事は知らなかったのだろう。
罪悪感に苛まれた父親は首を吊っていた。
踏み台が蹴飛ばされており、足が数センチ浮いていた。昨日まで私を歓喜の表情で汚していた顔は目や舌が飛び出しそうになっており、涙や唾液が床まで垂れてきているのが細やかながら分かった。
あと、はっきり覚えているのは父親のあの痩せ細った身体が所々腫れていたり、うっ血しているため局所的に肌が暗い青色になっていた事。鼻が曲がってしまいそうな異常な匂い。
そして、目の前のあまりの光景に発狂しながら、生存本能が働いて身体が火照り私の股間が濡れていた事。あまりの絶望と生存本能からくる疑似的な興奮状態の温度差で頭が裂けそうだった。でも、心臓だけは冷静で、早く父親を助けなくちゃと思った。
だから、私は興奮を我慢して家を出て走った。周りの大人の人に助けを求めても私が金髪だったから誰も助けてくれなかった。だけど、何度も何度も転ぶうちに気付かない間に足が速くなった。その時は気が付かなかったけどこれが一つ目の特異能力の『速度累加』だった。
結局、警察に駆け込んだ時ようやく私は大人に助けを求める事が出来たけど、戻ってきた時父親の身体は死喰い樹の腕によって既に回収されていた。
この事はもちろん自殺として扱われたが、私が父親と肉体関係を持っていた事は警察に言わなかった。それは、私の中にまだ父親に対する親子愛の様な物があったから。
そして、ここから私の地獄の日々が始まるのだった。