9 毒蝶々
「ああ、素敵な夢だったなぁ」
幸せな高校生活の一コマを思い出してジーンと心地よい雰囲気に浸っていた。
それにしても、あれは本当に夢なんだろうか?
もしかして、元居た世界に何かのつながりが残っていて、実際に起きていることだったりして。
・・・蛇に噛まれなかったら、現実だったかもしれないなぁ。
いやぁ~最近は妄想も増えているからなぁ〜。
それでも夢の中の紗耶香さんとの会話を夢から覚めた後もしばらく思い出していた。
それは普通の高校生だったら、あたりまえの日常だったのかもしれない。
夢の中での出来事だったとしても、高校生の有栖根郁呂でいられたのは心地よいひと時だったのだ。
そういえばとスライムとの戦いで俺の心を救ってくれた紗耶香さんの言葉思い出した。
弱気になっている俺を夢の中の紗耶香さんが応援してくれた。
勝手な思い込みかもしれないけど、今の俺がこの世界で生きていく支えとしては丁度良かった。
「俺は今一人じゃない!遠くの世界で応援してくれる紗耶香さんがいるんだ!!」
たった一人でこの洞窟に連れてこられ、いつ死んでもおかしくない状況ばかりだ。
俺の心はいつも折れる寸前・・・。
こんな・・・こんな人間でもなく・・・仲間もなく・・・周りは敵だらけで・・・。
しかし、紗耶香さんがいる・・・。
一人ではないと思える気持ちだけが今の支えになっている。
だから、今は蛇としてだけど・・・生きていける。
「とにかく!今は何としてでも生き抜くんだ!現状をしっかり認識しなおせ!しっかりしろ!俺!!」
気持ちを、切り替えるために、ほっぺたをたたいて気合を・・・。
あっ、手なかった・・・蛇だから。
とにかく、気持ちを新たにして水辺に行くためにも今後の方針を考えておくことにした。
昨日、新しい魔法である『水弾丸』の訓練や物理攻撃パターンの訓練を一応終わらせた。
ゆっくり休んで疲労回復も行った。
そして、水辺はすぐ側にある。
出発の準備は整った。
「よし、後は緑エノキをもって水辺に行くだけだな!」
夢の中で高校生に戻っていたからかもしれない。
気軽にピクニックに行くような感覚になっていた。
そのため、大事なことを忘れていた。
「あっ!モンスターの事も考えておかないといけなかった。すっかり忘れちゃっていた。危ない、危ない」
水辺は、さらに大きな洞窟につながっていた。
大きな洞窟には、必ずスライム以外の敵モンスターがいるに違いない。
しかも、この洞窟のスライムはゲームの中と違い想像以上に強かった。
俺が弱すぎるのかもしれないけれども・・・。
だから、この先スライム以外のモンスターはさらに強いに決まっている。
今は遠距離魔法攻撃である『水弾丸』があるから、直接攻撃しかなかった前回よりも安全は高まった。
しかし、どの程度の威力があるかは実践でないとわからない。
だから初回と同じように慎重に進むことにした。
1つ目・・・2つ目・・・3つ目の曲がり角までは敵モンスターはいなかった。
前回は、次の角にスライムがいたんだったな。
前回の戦闘を思い出して、少し緊張した。
ゆっくりと角の先を見ると同じようなところにスライムが1匹いた。
こちらには気づいていない。
さっそく水弾丸を試してみることにした。
水弾丸!
ビュシューーーーン!
パシュッ!
「あっ!1発で倒せた。水弾丸つえぇぇええ~」
1撃で、スライムを倒すことができたことに驚いた。
気分を良くして、俄然やる気が出てきた。
4つ目の角をさらっと曲がり、いよいよ大洞窟の入り口までやってきた。
外は危険だからゆっくりと確認するんだ。
でも、この先はもう外になっているのかな。
鼻先を外にだして周囲を見回した。
うわぁ~この洞窟でけぇな。
右を見ても左を見ても外にはつながっていないし、外につながっている雰囲気も全くなかった。
顔を上に向けると、ヒカリゴケで柔らかく照らしている天井がその色からは想像できないような威圧感を出していた。
大洞窟の左側には住処の洞窟と同じくらいの広さの入り口があった。
その洞窟の入り口の先には水辺があり、何ともなく穏やかで静かだった。
ここからはモンスターの姿が見えなかった。
こんな世界で音がしないのはなぜか少し不気味な気がした。
右を向くと巨大な大洞窟がそのまま奥まで続いていて、先は薄暗くなっていてよく見えなかった。
ヒカリゴケの光が下の方まで届いていなかったのだ。
住処の洞口の入り口からは、はっきりと見えないけれど、少し進んだところに大型の蛇の死骸が見えた。
尻尾がちぎれて、胴体に噛みちぎられた歯形がついていた。
もしかして、あれは俺の親の死骸なのかな。
親といっても、蛇を肉親とは思えずその場では何とも思わなかった。
ただ・・・あの巨大モンスターと戦ったのかな。
俺たちの為に・・・・。
大洞窟は危険かもと、死骸を見て思ったことを含めて、小さな洞窟と大きな洞窟どちらに進んだ方がいいのかを考えた。
やっぱり大きな洞窟は危険な感じがするからやめとこう。
どうせ水辺に行かないといけないから、小さな洞窟だな。
水辺の方に行くと決めた時、ふと、周辺に咲いている黄色い花に目が向いた。
こんな洞窟の中でとても綺麗だな。
花びらが5枚か・・・日本にある花に似ているけど、名前は何だろう。
理科の授業で習った花びらやがくなどがはっきりと見えたので、日本を思い出しながら見ていた。
あれ、ここから水辺までは少なく見ても50m位はあるよね。
なのに、こんなに近くに見えるって事は・・・この花はどんなけデカいんだ!?
もしかして今の俺よりもデカいってこと!
そんな花に群がるモンスターがいたら・・・俺なんかたんなる餌だよねぇ~!
本この迷宮難易度高くねぇ。
あっ、俺が弱いのか・・・。
餌になるのは嫌だから、今の俺でも余裕で倒せるスライムがいる洞窟にしよう。
まあ、大きな洞窟には大きなモンスターがいるに決まってるから、左の洞窟一択だな。
それにスライム以外のモンスターがいるかもしれないから要注意だな。
水辺にはモンスターがいるのは相場だと思っていたのに、今回は見当たらなかった。
どこかに行っているのかな!?
まあ、いいや。
周囲にはモンスターがいなかったので、一応注意を払いながら左の洞窟の手前まで進んで、洞窟の先をチラッと見てみた。
おっここにもモンスターはいないのか。
今までモンスターがいなかったから気がゆるんでいたのかもしれなかった。
水辺のモンスターに気を取られたのか、もしくは、黄色い花の大きさに気を取られていたのか分からないが、不用意に洞窟の中に入って行ってしまっていた。
あっ、やべ!
スライムが2匹いた!
スライムを見た時には水弾丸をとばす態勢に入っていた!
洞窟の内側にへばりつくようにスライムが2匹待機していた。
洞窟の入り口は気をつけないといけないって分かっていたのに・・・。
ビシュッ!ビシューーーン!
うわぁ、飛んできたぁぁ。
2匹のスライムから発射してきた水弾丸が目前に迫ってきた。
頭を隠さないと!
頭を後ろに下げて体を前に出した。
防御態勢だ!
水弾丸は容赦なく2発とも直撃した。
「痛ってぇ!!」
腹部に強烈な激痛が走った。
逃げないと、次も食らってしまう!
洞窟の内がわで隠れているなんて、やっぱモンスターはいやらしい狩りの仕方をするんだよな。
そう思いながらも、スライムを見ると、すでに次の水弾丸を発射する態勢だった。
仕方ない威力は下がるが速射で威嚇する!
無詠唱で水弾丸を2発速射した。
パシュゥッ。
おっ、1匹当たった。
速射でも倒せるじゃん。水弾丸つぇぇ!
って、今はそんなこと考えている場合じゃないっ。
でも、もう一発は外れたっ。
スライムは避けながら水弾丸を発射するような感じがした。
避けないとっ、でも、間に合うかっ!
いや、だめだ、防御態勢だ。
もう1匹のスライムから飛んでくると思って、頭を下げて水弾丸に備えた。
あれ、飛んで・・来ない!?
水弾丸が飛んでこないので、スライムの動きを確認すると、ぴょんぴょん飛びながら迫ってきていた。
なんだ水弾丸じゃなくて直接攻撃なのか!?
それならっ、まだ間に合う!
ゆっくりと難なく回避して噛み付いた。
パシュゥッ。
2匹目のスライムは意外にたやすく倒すことが出来た。
スライムの水弾丸はやっぱり強いな。
2発の水弾丸を体で受け止めていたので、結構なダメージだった。
ーーーーーーーーーー
【HP 】 15/45
ーーーーーーーーーー
ステータスのHPを確認すると半分以下になっていた。
一旦住処の洞窟に戻って緑エノキで回復しないとやばいな。
HPの低さに不安になったので、その場から移動しようとした。
その時、ふっと何か寒気がした。
何かいるっ!!
どこだっ!!
慌てて周囲を見た。
しかし、スライムの死骸以外に他には何も見えなかった。
おかしい、何かいる気がするんだが・・・。
そうか上だっ!
自分の勘を信じて上を向いたら、少し上空だったが、蝶々のようなモンスターがヒラヒラと飛んでいた。
しかも視線が俺の方を見ていたので、間違いなく狙っていると感じた。
蝶々のモンスターに気を取られていると、少し先からスライムが1匹近づいて来ているのも見えた。
「なんだよぉっ!種族違うのに、なんで一緒に攻撃してきてるんだょぉぉおお・・・・」
なんだ俺一人敵なのかよぉ。
MPを確認するとすぐに撃てる水弾丸は1発あった。
スライムの攻撃範囲はまだ少し距離がある。
スライムと蝶々のどちらを先に倒すか優先順位を考えた。
蝶々のモンスターの方がスライムより少しゆっくり来ているように見えた。
先にスライムを倒せば、待っている時間でMPを貯められるかもしれない。
スライムが射程ギリギリまで来るのを待った。
ビュシューーーーン!
パシュゥッ!
スライムを先に倒した。
体感的にはMPが溜まったはずだ。
蝶々のモンスターはすぐそこまで来ていた。
水弾丸だ!
あれっ、出ない。
MP=2だった。
くそっ!まだ撃てない!
なんだ、蝶々の動きが早くなった!?
いや、早くなっている。
このまま待っていたらやばくねぇ。
蝶々のようなモンスターの能力がわからないから後手に回るのは危険だ。
この距離ならジャンプで届くかも・・・。
ええい、ままよ。
MPの回復を待つよりも、ジャンプ&噛みつき攻撃で先制攻撃をすることにした。
蝶々と同じようにヒラヒラしていたが、ゆっくりだから簡単に当たると思っていた。
噛み付きだ!
あれっ。
蝶々のモンスターに当たる瞬間、ふわりと軽くかわされてしまった。
ヒラヒラしているくせに避けるのか!
避けられたが、結果、蝶々から距離をとることができた。
MPを確認する時間もあり、ここからなら水弾丸で攻撃できる。
蝶々が近づいてくるのを待った。
もう、少しというところで、突然、強烈な頭痛とめまいがした。
なんだ!?何が起こってる!?
もしかして状態異常!?
・・・毒なのか?
そう言えばジャンプ&噛みつきで、すれ違った時にきらきらとした鱗粉のようなものを吸い込んだ気がした。
あのきらきらした鱗粉のようなものは毒だったのか!
やばい、そうするとあれは毒蝶々なのか!
毒蝶々は上空から毒入り鱗粉をまき散らして敵を毒で弱らせる。
しかも、上空を移動してヒラヒラと素早く回避するので攻撃も当てにくい。
俺にとって相性の悪い相手だった。
毒蝶々と近距離戦は危険だな。
まだ、きらきらしたものをまき散らしているよ。
頭痛とめまいで考えられない。
どうしよう!?
とにかく距離をとって隠れるか!
周囲に隠れられるところは・・・・あの岩場の陰だ。
すかさずジャンプで距離とって隠れた。
毒蝶々は素早い動きに合わせられないみたいだ。
俺の場所を見失って、見当違いの場所を探していた。
今のうちにと岩場の陰で頭痛とめまいが収まるのを待った。
やばいな、毒が回っているのか。
だんだんひどくなっている気がする。
毒蝶々は・・・まだ、俺を探しているか?
このまま時間をかけると、俺の方がさらに不利になる。
それゆえ、岩陰がら毒蝶々に近づいた。
隠れてから、しばらくたった今なら2発の水弾丸を撃てるのでもうろうとするが何とかなるだろう。
見つかって、あの毒鱗粉をまき散らされるといけないからと、水弾丸を発射した。
ビュシューーーーン!
ビュシューーーーン!
1発目は外れたか。
いや・・・少しかすったのか?
直撃させることが出来なかったが、かすったことで少しダメージを与えることが出来ていた。
毒蝶々は飛んでくる攻撃を避けようとして横にヒラヒラしていた。
運よく2発目は毒蝶々がよけた方向に水弾丸がヒットした。
おっ当たった。
ラッキー!
【レベルが1上がり3になりました】
【巻き付きがランク3になりました】
【ジャンプがランク2になりました】
【毒耐性(微)を獲得しました】
あっ、レベルが上がった。
それに、毒耐性(微)が付いたのか。
良かった。
レベルが上がって毒耐性がついたことで少しだけ頭痛とめまいが和らいだ。
耐性すげぇなぁ。
しかし、頭痛とめまいはまだ続いている。
それに、レベルアップ後は30分で睡魔もくるので、一度、住処の洞窟に戻ることにした。
ステータスのHPを確認をしたがHP=5/65となっていた。
死にかけだった。
やべぇ、ゲームなら赤点滅だな。
腹部の痛み、頭痛、めまいと満身創痍だな。
それでもやっとのことで住処に戻ってきた。
いそいで緑エノキを食べた。
30分もたっていなかったが、疲労も強かったのだろう。
すぐに深い眠りについた。
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