29 キルアント族 と 暗闇の洞窟
「チエさん、ポイズンバットと戦闘したことはあるんですか?」
「暗闇の洞窟に向かったことはあります。ポイズンバットの攻撃は我々の特殊外殻ではほとんどダメージを受けなかったし、直撃できるほど、低く飛ぶこともできないようでした。しかしながら、あいつらは牙に毒をもっていたのです。そのため、わずかなかすり傷ですら、キルアント族には致命傷でした」
少し遠くを見るように何かを考えていた。
自分は黙ったまま見守った。
きっと何かがあったに違いない。それは、キルアント族に関するものか、もしくは、チエさんに固有の何かかもしれない・・・。だけど、それを自分がどうこう言えるものではないのはわかっている。
チエさんは、何かを飲み込むように目をつむり、一呼吸開けた後に話しだした。
「カルナじい様やハルナばあ様の時代に、暗闇の洞窟へ・・・ポイズンバット討伐の目的での大規模な侵攻を行ったと聞いております。それは大勢の犠牲を出して、何とか暗闇の洞窟を通過することが出来たそうです。・・・それはもう、膨大な量のキルアント達が命を落としたと聞いています。しかし・・・・」
キルアント族、第2近衛のチエはその先を言うのをためらったが、隠しても仕方がないとでも思ったのか、続きを語りだした。
「そこには、ラージバットがいたのです。そして、その攻撃力は圧倒的だったそうです。当時、20以上いた第1近衛で戻ってこれたのが、カルナじい様とハルナばあ様、それに瀕死の重傷を負った戦士でした。しかし、その時受けた傷が大きすぎてそのまま死んでしまったと聞きます。それほどの犠牲を出して以来、暗闇の洞窟に手を出すのは、キルアント族にとっての禁忌とされてきていたのですよ」
ハルナばあさんが、あれほど不快な態度を示した理由が納得できた。第1近衛の触れられたくない過去だったのだろう。
そして、自分もチエさんの話中にあった『ラージバット』という言葉に1つ思い出した事があった。
ラージバット!?
バットはこうもりだから・・・。
「ああ、あのでかこうもりのことかっ」
「おお!師匠様はご存知でしたかっ!」
第2近衛の3匹は話でしか聞いたことのなかったラージバットの事を知っていた自分に対して、尊敬のまなざしで目を輝かせていた。
「でかこうもりとの戦いは本当にぎりぎりだった。あれは幸運に恵まれたことで、勝利できたようなものだったからなぁ・・・」
ラージバットとの激闘を思い出して、思わずつぶやいてしまった。しかし、そのことは、キルアント族の第2近衛の3匹にとっては、何物にも代えがたい言葉となった。
「なんと!師匠様はラージバットに勝利なさったのですか。そんな方が味方に付いてくれるのであれば、今回の侵攻に怖いものはないぞ!!」
「実を言いますと、暗闇の洞窟への侵攻は失敗に終わる。皆そう思っていたのです。ですが、メーベル女王様より『協力せよ』とのお言葉、拒否など絶対にできぬ。どれほどの犠牲を払えば、師匠様が許してくださるのか、我ら3匹はそればかり気にしておりました。面目次第もございません。お許しください」
暗闇の洞窟への侵攻は、自分の想像を絶するほど、キルアント族にとっての恐怖の対象だったようだ。
これまで自分が討伐してきた報いにと、簡単に考えていたことを少し反省し、今回の策を撤回した方がよいのではないかと思い、第2近衛のチエさんに尋ねてみた。
「チエさん、今回の暗闇の洞窟への侵攻作戦は本当に実行に移してもよいのでしょうか?」
「何をおっしゃいますか!師匠様!実行に移してよいに決まっているではありませんか。我らは、幸運に恵まれ、ここまで進化することが出来ました。しかし、これ以上の進化はもう望めないと思っていたのです。ポイズンバットよりもさらに強いラージバットに勝利した師匠様が、先ほどの面会でおっしゃいました。レベルアップで進化できると!レベルアップとはよくわかりませんが、とにかく進化できる可能性がでてきたということが現実味を帯びてきたのです。フフフッ!我らは、いや、私は今回の侵攻が楽しみでなりません!!」
今回の侵攻が成功する可能性が出てきたことを認識した瞬間、第2近衛の3匹の目つきが変わって、力強いものとなっていた。
「わかりました。では、部隊編成に関してですが、お任せしてもらってもよろしいですか。出来る限り、師匠様の要望に応えるようにします。何でもおっしゃってください」
今や、第2近衛の3匹の目は爛々と輝いているように見えた。あまりの変貌に、少し引いてしまうほど・・・・。
「・・・わっ、分かりました。では、まず、ポイズンバットの陣容から説明します。ポイズンバットは、暗闇の洞窟内では天井に3体×10~12列で待機しています。そして、敵が近づいてくると、3体ずつ敵に向かって低空飛行で、ポイズンファングつまり毒牙で攻撃してきます。自分はポイズンバットの動きが、暗闇の洞窟内でもはっきりとわかるので、先ほど皆の前で披露した魔法:水弾丸(改)網を、向かって来た3体のポイズンバットに向かって放ちます。ポイズンバットは見えなくても、自分の水弾丸(改)網は見えると思うので、水弾丸(改)網でとらえて落下した瞬間に、攻撃してください。水弾丸(改)網でポイズンバットを拘束できる時間は長くないので、キルアント族には1撃で倒せるようにしてほしいのです」
ギィとアリスの戦闘の際、アリスが放った最後の噛みつき攻撃ならば、2体もいれば、ポイズンバットを1撃で倒せるだろうと考えていた。
「そのためには、キルアント族は3名~6名で私の指揮のもと、動いてほしいのです。まあ、もしトラブルが起きたときに、自分の声が聞こえないと無駄に被害を増やしてしまう可能性があるので、共有意思のスキルを持っているものに限りたいのですが、チエさんどうでしょうか?」
「共有意思のスキルを持っている攻撃力の高い戦士ですね。わかりました。本日の午後にはそろえてみます。そうと決まれば、アリス様。皆さまが滞在している間の居住区として、南の居住区で過ごされるのがよいかと思われます。いかがでしょうか?」
「そうですね、それがいいと私も思いますわ。師匠とギィちゃんの案内は、私がいたしますけれど。いいかしら、チエさん?」
「そうしていただけると・・・、ご覧の通り、我々第2近衛は数も少ないですので助かります。部隊編成が整いましたら、案内を送りますので、しばらくはゆっくりと過ごされてください。師匠様それにギィ様」
「わかりました」
「わっ、わかったっす」
ギィは急にギィ様と名を言われ少し緊張した感じて返事をしていた。
「師匠!これから南の居住区へ行きますがよろしいですの?」
「ああ、頼む。だが、南の居住区はどんなところなんだ?」
居住区とあるから、生活ができるところだと思うんだが、どんなところなんだろうと疑問に思っていたので、アリスに尋ねてみた。
「南の居住区は、訓練場の更に奥にある居住区ですの。ですが、その前に、この隠れ洞窟全体を説明いたしますわ。まずは、入り口に近いほうから北の食糧庫と一般居住区、その側に訓練場があり、外敵から王宮を守る役目を果たしますの。私の知る限り外敵が入ってきたことはありませんが・・・。王宮のある西の居住区はバレットアント以上のキルアント族とその家族のすむ場所となっていますの。しかし、今はわずかですが・・・・。そして、これから向かう南の居住区は、レッドキルアントとその家族が住むエリアとなっていて、居住区としては、広くなっていますの。師匠が過ごすにはサイズを見てもちょうどいいと思いますわ」
キルアント族は進化によって、ランク分けされているわけだ。
まあ、信用されているとはいえ、自分を王宮の近くに居住させるのは、いささか問題があったのだろう。
そういう意味では、この南の居住区はちょうどよかったのかもしれないな。
そんなことを考えながら、きびきびと歩くアリスの後ろをついていった。
「アリスちゃん、この南の居住区だっけ?。ここはとってもきれいな場所だね。水辺もあって、ゆっくりとくつろげそうだよ」
「ギィちゃんに喜んでもらえるとうれしいわ」
ギィはキョロキョロと周りを見ながら、あれは何、それは何と、色々アリスに質問をしながら、嬉しそうにアリスと会話を楽しんでいた。
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