148 『ごめんね』と『ありがとう』
「これで、アリスもリルも大丈夫っすね。ところで師匠聞きたいことが色々あるっす」
「何が知りたいんだ?」
「まずは、どうしてアリスちゃんが助かったのかっすよ」
ギィの中では耐性のないアリスが猛毒である毒鱗粉を受けて生き延びているのが不思議でならなかった。
「それを説明するためには、まず、今の自分の状態から説明がいるだろう。まあ、見ただけで分かると思うが、ドブネズミ戦で自分が進化することが出来たんだ」
「アリスをグリーンマンティスから救った時、一瞬、師匠ってわからなかったっすよ。黒からいきなり白くなってるっすもん。びっくりしたっす。だけど、その色も綺麗っすね」
ギィは少しウットリとしながら、自分の体の色をみていた。
「うん、それでな。ここからがすごんいんだ。実は自分の持っている耐性をギィやアリスにも同じ効果を与えることが出来ることになったんだ」
ギィは今の説明を理解できているのかどうかわからないような表情をして、固まっていた。
「ちょっと待ってくださいよ。師匠の持つ耐性を私も持てるって事っすか?」
「おう、わかってるじゃないか!」
「なんですかそれ!師匠神っすか!」
ギィは目を丸くして驚いていた。
「いやいや、違うよ。自分の能力の一つだよ」
「それにしても、すごい能力っすね。そしたら、アリスちゃんは毒耐性が出来たって事っすか?」
「そうだ、アリスだけじゃなくて、リルもな。といっても、一時的な毒耐性だがな。そうだ、ギィお前も麻痺耐性をつけといたからな」
「えぇぇぇぇぇぇ私に麻痺耐性がついたっすかぁぁぁぁ」
「驚きすぎだろう」
「そんな、驚かずにいられますか。耐性の有る無しは生き死にに関係するっすよ。いや、マジ、師匠神っすね」
ギィは何か神を信仰している信者のように自分を見上げて崇めていた。
「いやいやギィ、今ままでの呼び方でいいからな」
「はいぃぃぃ神様」
「だから、やめろって、その神様っていうの」
「そうっすか。神様の弟子となるとすごいなぁって思ったっすけどねぇ。そう、質問の続きっすけどね、アリスを助けたときのグリーンマンティスがいなくなっていたっすけど、どうしたっすか?」
ギィはアリスに止めを刺そうとしたグリーンマンティスの姿を見ることが出来ずに目をつむっていた。しかし、目を開けると、グリーンマンティスの姿はなく、そこに師匠がいたのだ。
「ああ、食ったぞ!」
「やっぱり、そうかと思ったっす。そしたら、リルを助けた時に出した液体は新しく獲得したスキルっすか?」
「おっ、よくわかったな。そうだ、グリーンマンティスを食った時に、『粘着固定』と『固定解除』っていうスキルを獲得したんだ。それと、もう一つ『生贄』っていう魔法もな」
「なんすかその『生贄』って、なんか響きが残酷なんすけど」
「響きの割に結構使える魔法だぞ。使い方によるがな。状態異常を受けても、最低限の体力で生き延びられるっていうスキルなんだ」
「ふ~ん」
ギィは『そのスキルはいつ使うんだ!?』という顔をしていた。
「リルやアリスが生き延びたのはこの魔法のおかげなんだぞ」
「マジっすか!?それ、すごいっすね」
「今の所使いどころは難しいが、状態異常で瀕死になっても自分が側にいれば助けられるかもしれないということだ。まあ、状態異常の解除は出来ないんだがな」
「やっぱり、神っすね」
「あと、もうひとつ聞きたいことがあったっす。自分達がどうしてここにいるってわかったっすか!」
「お前たちが帰ってこないから中央広場まで散歩していたんだよ。隠れ洞窟の入り口に向かって大騒ぎしているキルアント達がいてな、その中にアリスの姿も見えたんだ。何かあったのかなと思って、自分も追いかけて隠れ洞窟の外に出たら、キルアントの女の子が泣きながら立っていたんだよな。どうしたのかなって思って、その子に話を聞いたんだよ。ギィとアリスが大洞窟の方に向かったと言ったから追いかけてきたんだ。そしたら、アリスがなんだかカマキリみたいなやつに殺されそうになってるからなそりゃびっくりしたよ」
「きっと師匠はサリールに会ったっすね」
「あの子はサリールっていうのか?後で、礼を言っておかないといけないな」
「このリスのお姉さんっすよ。生きているってわかったらきっと喜ぶっすね。早く喜ぶ顔が見たいっすよ。サリールも師匠を神って思うっすかね。はははっ」
「だから、ギィ。それはやめてくれって。恥ずかしいからな。頼むよ、本当!」
この後、アリスとリルを背中に乗せてゆっくりと隠れ洞窟に向かった。背中の上では『神様、神様』とずっと騒いでいたが、聞こえないふりをしていた。
ありんこ洞窟の入り口では、サリールと呼ばれたレッドキルアントがたたずんでいた。しかし、きっと寝不足なんだろうと思えるくらいフラフラしていた。
「サリールちゃん。ただいま」
ギィが自分の背中から降りて、サリールの所に走って行った。背中に乗っていると、正面からはまったく見えなかったため、背中から降りたギィの姿をみると、サリールの強く緊張していた表情から力が一気に抜けたようにゆるみぱぁっと笑顔が広がった。
「ギィちゃん、無事だったんだね。よかった。それで・・・あの・・・アリスちゃんとリルは・・・・」
「安心してサリールちゃん。アリスちゃんもリルも無事だよ」
「無事・・・・・」
ギィから無事という言葉を聞いたサリールは、体中の力が抜けて、崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんだ。そして、ぽろぽろと大粒の涙を流しながら『無事でよかった』と何度も何度もつぶやいていた。
「サリールちゃん、こっちのおいでよ。アリスちゃんもリルも眠っているけど元気な姿が見れるよ」
ギィはサリールに師匠の背中に上るように声をかけた。
「ギィちゃんありがとう」
サリールはゆっくりと背中に上り、リルの無事な姿を見て声も出さずに見つめていた。しかし、体が小刻みに震えていた。
「ありがとう。リル、無事だったんだね。生きて・・・生きて帰ってこれたんだね。よかった・・・本当によかった」
サリールはリルに覆いかぶさるようにして、何度も何度も『無事でよかった』とつぶやいていた。
「うーーん、重いよ、サリールお姉ちゃん。何泣いてるんだよ!?あれ、でも、なんで私生きているの!?たしか、ポイズンバタフライに突っ込んだ後、意識がもうろうとして・・・・」
リルは状況がわからずにぽかんとしていた。
「もう、何ばかなこと言ってんのよ、リル。あなた、ギィちゃんやアリスちゃんにどれだけ迷惑をかけたかわかっているの?それに、私やお母さんがどれだけ心配したと思っているのよ。母さんなんて・・・母さんなんて・・・リル、帰ったら母さんにちゃんとお詫びをしなさいよ」
リルがあまりにも拍子抜けたことを言っていたので、サリールは少しいら立ちを見せた。しかし、それよりも、リルを探すためにギィやアリスを危険にさらすよりも、リルの命をあきらめないといけなかったお母さんの気持ちを側で見ていたサリールは強く感じていたので、その事をリルにも理解してほしかった。
「はい・・・本当にごめんなさい」
リルは目覚めた直後で、状況を理解できていなかったが、自分が死にかけたことで、まわりにとても迷惑や心配をかけたことはすぐに理解できたのでとにかく謝ることにした。
サリールはリルを叱りながらも、元気にしているリルをみて穏やかな表情をしていた。しかし、その側でギィの表情は硬いままだった。それは、アリスがまだ目覚めていなかったからだ。
サリールは自分の嬉しさのあまり周りが見えていなかったが、その側でギィの表情が硬いままなのに気が付いた。
「ギィちゃん、ごめんなさい。アリスちゃん・・・・」
「サリールちゃん、心配かけちゃってごめんね。アリスちゃんは師匠が大丈夫だっていったから、たぶん大丈夫だと思う。そうっすよね、師匠?」
「あ、ああ!おそらく大丈夫だろう。ただ、毒鱗粉をかなり強めに受けているから体内で解毒するのに時間がかかっているんだと思うぞ」
ギィから急に話をふられて、とっさに思いつく理由を話しておいた。しかし、実際、目覚めるのに時間がかかっている理由はわからなかった。それゆえ、自分自身も早くアリスに目覚めてほしいと思っていた。
「ね!師匠がこう言っているから大丈夫だよ」
「でも・・・自分だけ喜んじゃって、早くアリスちゃんも目覚めてほしいね」
「うん、そうだね」
ギィとサリールとリルが話をしている間、自分は移動を続けていた。話が終わるころにはサリールの家に到着していた。しかし、進化して体が大きくなった自分はサリールの家に入ることはできなかったので、家の外で待つことにした。
最初に、ギィがアリスをサリールの家の中に運んだ。アリスの姿を見たサリールのお母さんはとても心配していたが、ギィが眠っているだけだと説明すると心配ながらも納得していた。
次に、サリールとリルがいっしょに入ってきた。
「お母さん、心配かけて、ごめんなさい」
お母さんはリルの顔を見ると、しばらく信じられないといった顔をしていた。
「お母さん、心配かけて、本当にごめんなさい」
リルはお母さんが何の返事もしてくれないのでどうしたのかなと思い、もう一度謝ってみた。すると、お母さんは急に近づいてきて、リルのことを力一杯抱きしめていた。
「リル、ごめんね、ごめんね。でも、生きて戻ってきてくれて本当にありがとうね・・・・ありがとうね」
お母さんはくりかえし、『ごめんね』と『ありがとう』をリルに伝えていた。
「だけど、なんでイエローサンライズの種なんか取りに行こうと思ったんだい?」
「途中で、なくしちゃったんだけど・・・お姉ちゃんの誕生日プレゼントとしてあげたかったんだ。イエローサンライズの種は何かあった時のお守りとして使えるってお友達のお兄ちゃんが教えてくれたんだ。だから、それを取りに行こうと思って・・・ごめんなさい」
「リル、そのなくした種ってこれの事?」
ギィは首にかけているスカーフからキラキラ輝く種を取りだしてリルに渡した。
「ギィお姉ちゃんどうしてイエローサンライズの種をもっていたの?」
「水辺で拾ったんだ。綺麗だったから取っておいたんだよ」
「せっかく、ギィお姉ちゃんが拾ったのにもらっていいの?」
「いいんだよ、それはリルが命を懸けて頑張って拾った種だろ。それに、サリールちゃんへのお誕生日プレゼントでしょ」
「うん、ありがとう。ギィお姉ちゃん」
リルは大きく頭を下げてギィにお礼を言っていた。
その日は、アリスが目を覚まさないからということで、ギィはサリールちゃんの家で休むことになった。自分は家の中に入ることも出来ないので、仕方がないから南の居住区のいつもの場所に戻って休むことにした。
次の朝、ギィと一緒に少し気恥ずかしそうなアリスの姿が目の前に現れた。
「師匠!師匠のおかげで生き延びることが出来ましたの。しかも、弱点に対する耐性まで出来たことは本当にうれしく思いますわ。お礼を言っておきますの」