142 イエローサンライズの花の種
「アリスさ・・」
「サリール!」
アリスは、サリールが『アリス様』と言いかけたため、素早く制止した。
「アリスち・・・ちゃん」
「ええ、それでお願いね。サリール」
「ふふふっ」「はははっ」
アリスとサリールは二人して笑いあっていた。それを見たギィはうろうろするのをやめてほっとしていた。
「ふぅぅ、ひやひやしたっすね」
「ギィちゃん、おろおろしている姿も悪くはありませんでしたわ」
「も~う、アリスちゃんたら・・・」
アリスの軽口にギィもサリールも一緒に笑いあっていた。
「私のしっている名前と違うアリスっていう名前はなかなか馴染めないけど、これからはアリスちゃんって呼ばせてもらうわね」
「サリール、これからもよろしくね」
「うん、アリスちゃん」
サリールはほんの少し目頭を熱くさせほほ笑んでいた。
「友情っすね。これぞ、ザ!友情。アオハルと書いて青春だなぁ~」
「ギィちゃん、何おやじ臭い事いっているんですの」
「ギィちゃんって面白いですね、ふふっ」
この後も色んな話をしていたが、サリールが周囲を気にしていた。
「サリール、妹のリルさん来ないね」
「うん、ちょっと心配になってきたから、母さんの所に戻ってみる。入れ違いになっているかもしれないから・・・」
「うん、気をつけてね」
「ありがとうね、アリスちゃん」
サリールが一度自宅に戻ろうとしたときに、南の居住区からこちらに向かってきているキルアントがいるのに気が付いた。
「あれ、なんで!?なんで母さんが走ってきてるの!?」
サリールは何か嫌な予感がした。母さんが近づいてくる姿を見ながら、鼓動が大きくなるのを感じていた。
「母さん、どうしたの?リルは?」
「はっ、はっ、はっ、ごめんなさい。はーーふぅーー」
サリールの母さんはあまりにも慌ててきたのだろう、ゆっくりと息が切れていたので、ゆっくりと深呼吸をして落ち着かせていた。
「サリール、リルが・・リルがいないのよ。家にリルの友達が申し訳なさそうにやってきて、リルがイエローサンライズの種を取りに行くって言ったきりもどってきてないんだって。あそこ周辺はもう毒エリアなのに、サリールどうしたらいい!」
サリールを前にして、サリールの母親は泣き崩れてしまっていた。
~~~ リル ~~~ (リルがいなくなる数時間前)
「うわぁ~、いっぱいあるよ。イエローサンライズの花がいっぱい咲いているよ。これだけあれば、きっと種もできているに違いないよ」
リルはイエローサンライズの種を探すために、こっそりと隠れ洞窟から抜け出していた。
イエローサンライズは年中咲いている巨大花だった。しかし、ある一定の期間花を広げると、その中で種を作る花が現れる。しかし、キルアント族の中で出回ることはほとんどなかった。
それは、イエローサンライズの種がキルアント族の手に入る方法は、普通、回収部隊が花を収穫したときに、まれに種付きの花だった場合があり、そして、そこから回収部隊が手に入れた時のみ市場に高値で売りに出されるのだ。
しかし、1年にこの時期だけイエローサンライズが種を地面に落とすことがあった。あまり、一般には知られていないことだったが、リルはどこかで聞いてしまったようだった。
そして、なぜ一般に知られていないのかといった理由は明らかだった。イエローサンライズがある場所は同時にポイズンバタフライの生息地だった。毒耐性のないキルアント族がそのエリアに踏み入れることは命がけとなるのだ。
しかし、リルはそんなことを知らずに、自分でもイエローサンライズの種を手に入れることが出来るという誘惑に駆られてやってきていた。
「種はどこら辺にあるんだろう。とりあえず群生地の周辺を探してみるか」
しばらく、探していたが、種らしきものはどこにもなかった。
イエローサンライズの種が高値で取引されているのは、自分の身を守るお守りとしての役割で重宝されていた。噂では、それ以外の効果もあるということだったが、それは、ほとんど知られていないものだった。
「やっぱり、入り口付近では見つからないのかもしれない、危険だけど少し奥に進んでみるしかないかな」
リルは少しだけ、少しだけと自分に言い訳をするように奥へ奥へと進んでいった。気が付いたら、入り口が全く見えないくらいに入り込んでいたが、リルはそのことに全く気が付いていなかった。
「ないなぁ、本当にこの時期に種が落ちてるのかなぁ。せっかく、ここまで来たのに、もうあきらめるしかないのかなぁ」
もう探すのをあきらめようとして、来た道を戻ろうと顔を上げたとき、イエローサンライズの花から虹色に輝く種がくるくると回りながら落ちてきた。
「あれだ!あれが、イエローサンライズの種だ!やった、見つけたよ。お姉ちゃん!」
リルは走って、落ちてくる種を空中で拾い上げた。
手の中に納まっているイエローサンライズの種はキラキラと輝いていた。
そして、元来た道を戻ろうとしたが、自分がどちらから来たのかわからなくなっていた。
入ってくるときは、歓迎しているようなイエローサンライズだったが、頭上から見下ろしているようなイエローサンライズは意地悪な顔をしているようにも思えた。
「どうしよう。お姉ちゃん。帰り道が分からないよぉ」
リルの顔は涙でいっぱいになり、不安に駆られて足がすくんでしまっていたが、とにかく、どちらかに進まないといけないと思い歩いてきたと思える方向へ進んでみた。
手にはしっかりとイエローサンライズの種を握りしめていた。
入り口から種のあった場所まではそれほど遠くなかった気がしたが、帰り道は遠く感じた。それは、行きがけは気が付かなかったが、今いる場所からは、遠くにポイズンバタフライの姿が見えたからだ。きっと、体が委縮していて、一歩一歩の歩みが小さくなったんだろう。
「もう、入り口についていいはずなのにどうしてかな!?入り口が全く見えないよ。道、間違えちゃったのかな。怖いよ。お姉ちゃん」
涙で前が見えなくなっていたが、前が見えないと危ないと思ったので、涙をぬぐってしっかりと周りを見直すことにした。
「あっ、入り口が見えた。あそこまで行けば帰れるよ」
リルははやる気持ちを抑えながら、静かにかけて行った。頭上ではまだ遠くだったが、ポイズンバタフライが群れを成して飛んでいた。
入り口と思しき場所に到着して、リルは道を間違えたことに気が付いた。そこには、見たこともないくらい大きな大洞窟が広がっていたのだ。
リルはその場で力が抜けてしまい、しゃがみこんでいた。
「どうしよう。道を間違えちゃった。疲れて足も痛いし、お腹すいたよぉ」
ここにきて、リルは自分のしでかしたことの大きさに言われのない不安を感じていた。隠れ洞窟の外にでても、ちょっと歩けばすぐに帰ってこれると気軽に考えていた。その気軽さが、気が付くと、こんな危険な状況を作ってしまっていた。
「お姉ちゃん、お母さん、リルはどうしたらいいの?もしかしたら、ここで死んじゃうかもしれないよ。助けて、お姉ちゃん」
お姉ちゃんに聞こえるはずもないのに、リルは大好きなお姉ちゃんに助けを求めていた。
うずくまったまま、どうしたらいいか迷っている所に突然激しい破裂音がした。
音のする方に顔を向けると、そこには1匹のスライムがいた。破裂音はスライムの水弾丸の音だった。
「リルでもスライムの1匹位ならやっつけられるよ」
スライムはリルに向かって、水弾丸の次弾を発射しようとしていた。リルは正面にいるスライムの水弾丸の軌道を読み取り、発射された水弾丸をサイドステップでかわした。
リルはスライムをかわした後、一気に間合いを詰めて、力いっぱい噛み付きを行った。
リルの直撃をくらったスライムはあっけなく倒された。
しかし、これが悲劇の始まりだった。
リスとスライムの戦闘の音を聞いて、ポイズンバタフライ達が集まってきたのだった。
「ポイズンバタフライ達がこっちに向ってきている。私なんて毒鱗粉ですぐに死んじゃう。いやだ、死にたくない。この種をお姉ちゃんに渡すんだ」
リルは種をお姉ちゃんに渡すという目的をなんとかしてでも達成させるため、どうにかしてこの場をしのがないといけない。幸い、ポイズンバタフライ達の移動スピードはとてもゆっくりなので、どこか隠れるところがあれば逃げ切れるかも。
そう感じて、正面を見たが、正面にあるのは大洞窟だけだ。見晴らしがよすぎてすぐに捕まってしまう。どこか隠れるところはないかと右や左を見てみると、左側にキラキラと光るものが見えた。
「あれは、水辺!あそこなら隠れられるかもしれない」
ポイズンバタフライは正面と後ろから挟み込むように向かってきていた。今できるのは、ポイズンバタフライのいない左側の水辺しかなかった。
リルは全速力で水辺に向かって走りだした。そして、まばらに生えているイエローサンライズをこえてもうそこに水辺が見えたと思ったら、真正面にポイズンバタフライが低空飛行をしていた。
リルは毒鱗粉を吸ったら、死んじゃうと思い息を止めて、ポイズンバタフライに突っ込んでいた。
周囲に毒鱗粉をまき散らしながら、追突されたポイズンバタフライとキルアントのリルはもつれるように転がっていった。
リルは転がりながらも、息を止め続けて、そのまま泉の中に突っ込んでいた。
追突してポイズンバタフライはゆっくりと立ち上がって、何事もなかったかのように飛び去って行った。リルは水の中で息を止めながら、ギリギリまで様子を見ていた。
集まっていたポイズンバタフライ達も目的の獲物がいなくなってしまった以上仕方がないといった感じでもともとの場所にゆっくりと戻って行った。
リルはもう息が続かないというところまで、我慢した後、ゆっくりと顔を出した。そして、その場で築かれないようにゆっくりと深呼吸をした。
「ふぅぅ、危なかった」
そう思ったが、次の瞬間目の前がぼんやりとしてきた。最初にポイズンバタフライとぶつかったときに毒鱗粉を吸い込んでいたのだった。耐性のないキルアント族にとって、少量の毒鱗粉であっても、危険だったのだ。
「ごめんなさい。お姉ちゃん」
意識が薄れていく中で、サリールに謝りながらも、イエローサンライズの種はしっかりと握っていた。