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第3話 金の青年と銀の精霊

 ダヴィットからは一切の連絡がない。同じ屋敷内にいるというのに、全く顔を合わせることもないことで私は酷く落胆していた。


 ダヴィットが王女の言葉に従うのは仕方ないことだろうと自分を納得させて、いつか連絡があるだろうと、その時を待つことにした。……待つことには慣れている。


 暗くなる思考を忘れる為、私は二人の息子である五歳のメレフの教育係として、真摯に向き合うことに心血を注いだ。

 金髪に青い瞳のメレフは昔のダヴィットに良く似ている。一緒に学んだ思い出が浮かんできて、懐かしさが胸を締め付けても、微笑みながら指導を続けることしかできない。


 元々いた教育係は老齢の女性で、その知識も偏っていた。私は彼女の不足を補い、新しい科目も教えることになった。

 文字の学習については、トランクに詰め込んできた子供向けの本が役立った。この屋敷では本を読むという習慣がないらしく、図書室にも本は殆ど無い。

「僕も本が読めるようになりたい」

 その一言から、メレフは熱心に字を学び始めた。


 ダヴィットも王女もメレフに無関心。時折、メレフが酷く我儘で乱暴に振る舞うのは、誰かに関心を持ってもらいたいという気持ちがあるのだろう。


 仕事を始めて一カ月後、王女はきらびやかなドレスを翻し、一人で観劇に出かけて行った。私が来る以前は、頻繁に一人で外出していたらしい。また始まったのかと皆は内心呆れていると、仲良くなった下女に聞いた。



 深夜にダヴィットから呼び出しを受け、私は侍女によって主寝室の扉の前へと案内された。王女は今夜、観劇で朝帰りと聞いている。


 迷いに迷って、肌の露出の少ない服をきっちりと着こんだ。寝室に呼ばれる意味を理解できない訳ではない。けれども、安易に抱かれに来たと思われたくはない。


 王女が私を雇ったりと様々なことがあったけれど、結局、彼は私を妾にする為に公爵家に呼んだのだろう。溜息を吐きながらも、少しの期待があることを私は認めなければならない。


 ……幼い頃から、いつか彼が王女を諦め、私のことを見てくれることを夢見ていた。自分の生活を切り詰め働き続けて仕送りを続ける間、王都の学校を卒業して町へ戻って来てくれる日を指折り数えていた。


 まさか卒業の日に王女に見初められるとは予想もしていなかった。夢は夢だったと、苦笑しながら私の元へ帰ってきてくれると信じていた。


 公爵になったダヴィットは私を選ぶことはできない。それはわかっている。身分も容姿も王女に敵わないということもわかっている。


 妾になりたいとは思わないけれど、彼が私を心から愛してくれるのなら、それでいいとも思う。もう二十四歳を過ぎ、この国での女の適齢期は終わりを迎えようとしている。私がダヴィットに捨てられたということは町で知られているから、私を妻にしようと思う者もいないだろう。



 案内してくれた侍女は、扉を叩かず、自分で扉を開けるようにと告げて下がって行く。扉を叩かないという非礼が許されるのかと迷っても他の者に知られたくないのかもしれない。


 そっと扉を開くと、煌々と明るい部屋の中、大きなベッドの上では全裸の男女が絡み合っていた。金髪と長い銀髪。ダヴィットと王女。


「あら。なあに?」

 ダヴィットは私を一瞥して目を逸らし、王女は蔑むような目を向けた。 

「……呼び出しを頂きました」

 きりきりと痛む胸を隠しながら、頭を下げて控える。男女の閨での営みは知識としては知っている。その生々しさと、その片割れがダヴィットであることに吐き気を催すような衝撃を覚えた。


「そうだったかしら? ダヴィット、貴方が?」

「……いいや」

 王女の前ではその言葉しかないとわかっていても悔しい。間違いでも何でも、庇う言葉が欲しかった。


「それでは、失礼致します」

 さらに深く頭を下げた途端に王女が笑い出した。

「何かを期待して夜着で来るかと思ったのに、残念だわ」

 その言葉で、私は王女に呼び出されたのだと知った。ちゃんと服を着ていてよかった。


 部屋へ戻る為に廊下を歩きながら、私は自己嫌悪に陥っていた。ダヴィットが私を愛してくれるかもしれないなんて幻想を一瞬でも持つべきではなかった。


 ダヴィットは、子供の頃とは違う男性の背中になっていた。

 王女の華奢な体は、銀の長い髪と相まって精霊のようだった。

 ……美しい精霊に平凡な女が勝てる訳がない。


 部屋に戻った私は、悔しさに涙を流すしかなかった。

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