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第1話 お伽話のその後に

「やっぱりエミーリヤがいてくれないと僕はダメなんだ」

 雨の中、立派で豪華な服を着た幼馴染が項垂れている。馬で駆けて来たのだろうか、金色の髪も服もずぶ濡れで水が滴っている。捨てられた子犬のような青い瞳が私を見つめていた。


七年ぶりに見る彼は、大人の男に成長していた。最後に会ったのは十七歳。二十四歳の彼との違和感は、目を見た途端に霧散した。


「今更、遅いわ。……どういうつもりなの?」

「今まで僕が悪かった。僕を本当に愛してくれているのは君だけだと気が付いたんだ」

 彼の言葉を聞いて、私は胸が張り裂けそうだった。これは私がずっと欲しかった言葉。


「……貴方は王女と結婚した。爵位を授かったからには貴族の義務が発生するでしょう。もう平民には戻れないと覚悟していた筈よ」

 本当はその胸に飛び込んで抱きしめられたい。愛していると伝えたい。

 けれども幼馴染のダヴィットは、今ではパストゥホフ公爵。王女と結婚して、今では息子が一人いる。


 濡れた手が、昔のように私の草色の髪を撫でようとするので避けた。上級貴族になった彼と平民の私では身分が違い過ぎる。ダヴィットの青い瞳には、草色の髪、碧色の瞳の地味な女が映り込んでいる。それだけなのに胸が高鳴る。今、彼の瞳には私しか見えていない。


 昔、私とダヴィットが五歳の時、王族のパレードを見て、ダヴィットは銀髪に青い瞳の第三王女スヴェトラーナに恋をした。平民に手が届くわけがないとわかっていたのに、私はその日から懸命にダヴィットを応援し続けた。


 王女に近づく為、王都の学校へ行きたいというダヴィットと共に町長や神殿の神官から読み書きを学び、本を読みあさり、彼が王都の学校へ行けるようにと様々な人々に頭を下げて回った。学校へ行くことを反対する彼の両親の説得も私が行った。


 集まったお金は、ダヴィット一人分の学費にしかならず、私は王都へと彼を送り出して、町に残って必死に働いて生活費の仕送りを続けた。彼は努力をして六年間常に首席であり続け、平民で初めて首席で卒業するという偉業を成し遂げた。


 王都の学校の卒業式には、首席で卒業する者に証書を渡す役として、スヴェトラーナ王女が出席していた。そこで、彼は王女に見初められたらしい。

 その時、ダヴィットは十八歳、王女は二十歳。彼は卒業論文が王に認められて爵位を受け、半年後には王女と盛大な結婚式を挙げた。


 平民と王女の結婚。それは国中でお伽話のように語られている。ダヴィットの優秀さと努力が称賛されるけれど、支え続けた者がいたことは一部の町でしか知られていない。


 あれから六年経った今では、私は長年尽くした幼馴染に捨てられた可哀想な女として、町の外れで独り気ままに暮らしている。


 町へ買い物に出た時に人々から受ける視線は気分が悪くなるものでも、それさえ我慢すれば王家からの慰謝料という名の手切れ金は使いたい放題。


「王女は僕のことを見向きもしないんだ。息子を生んだから義務は果たしたと言って、遊び歩いている。……こんな筈じゃなかった。……僕は君が必要なんだ」

 ダヴィットは何故か妻ではなく、王女と呼んだ。王女は公爵夫人となったはずなのに、その真意はわからない。

 あれだけ憧れていた王女との恋の魔法は解けてしまったのだろうか。私が必要だと心の底から思ってくれるのだろうか。期待は私の胸を高鳴らせる。


「……息子の教育係として、公爵家に来てくれないだろうか」

 ダヴィットの言葉に、私は静かに絶望した。私を愛しているという訳ではなく、寂しいから昔馴染みがいて欲しいというだけなのか。


「無理よ。帰って」

 閉めようとした扉に、乱暴に靴先がねじ込まれる。驚いた。こんなに乱暴な人だっただろうか。


「……今の僕は公爵だ。君を不敬罪に問うことができる」

 濡れた金髪の下、青い瞳は暗い光を帯びている。縋るような眼差しが、私の心を締めつける。

「平民を脅すの?」

 静かに問うとダヴィットは視線を逸らした。爵位を受けても、彼は昔と変わらない。自分の都合の悪いことがあると目を逸らしてしまう。いつも問題があると私が片付けてきた。


「わかりました。教育係として伺います」

 もう手助けしてはいけないと思いながらも、私は彼に微笑むことしかできなかった。

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