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第三章:円樂寺(えんらくじ)(1)



聖の家は大きな門構えのあるかなり古い神社だった。


石でできた三十段ほどの階段を上り、頭上高くに聳え立つ鳥居をくぐると目の前に大きな社が現れた。石畳の両脇には物々しい造りの狛犬が鎮座していた。聖はアラティたちに少し待つように言うと小走り賽銭箱のある社に向かった。社の屋根に下げられた鈴を軽くならすと手を合わせる。なにやらもごもご言っているようだったがアラティたちがいる場所からはよく聞き取れなかった。暇をもてあましたアラティが広い庭の奥に目をやると、年代を感じさせる古めかしいが大きな屋敷が見えた。まるで昔の富豪のような家に神社がそんなに儲かる職業なのだろうかと首をひねっていると、いつの間にか戻ってきた聖が二人をこっちだと促した。


「何をしていたのじゃ?」


そう訊ねるアラティに聖は神様に友達が来たことを告げただけだと答えた。


「友?まさかそれは妾たちのことではあるまいな?」


「もちろんだよ。それとも他に誰かいたっけ?」


「わっ・・・妾はお主の友などでは・・・ってお主、どこへ行く?」


さっき見かけた大きな屋敷の傍を通り抜け、少し離れた先にある小さな小屋へと向かう聖にアラティは不思議に思って訊ねた。どう見ても大きなほうが本宅で、あの小屋は良くて離れか物置ではないか。けれども聖はアラティの思惑とは反対に頭を振って見せた。


「あっちは本宅。言っただろう?今は叔父さんが神主をやってるって。本宅へは入れないんだ。僕は円樂寺の後継者じゃないからね。ほら、こっちだよ」


聖は不可解な言葉を残すと一人でさっさと小屋の中へ入ってしまった。急ぎ聖の後を追うとなるほど小さく質素ながらも居心地のよさそうな檜造りの部屋が二人を待っていた。先に部屋にあがっていた聖を真似て玄関で靴を脱ぐと素足に檜でできた床がひんやりと心地よかった。


「ほら、あっちが洗面所だから、二人とも手を洗ってきてよ。僕はお風呂の用意をしてくるからさ」


そういうと聖はさっさと部屋の奥へと行ってしまった。仕方がないのでアラティはトロルをつれて言われたとおりに手を洗いに行く。風呂も入れるということだったので二人は手と顔だけさっと洗うことにした。二人が入り口近くの居間に戻ってくるとさっき聖が消えたほうと反対側の部屋からなにやらカタカタと小刻みなリズムを刻むのが聞こえる。そっと覗いて見ると粗末な台所でなにやら夕飯の用意をしている聖が目に入った。


「なんじゃ、お主。風呂の用意をするのではなかったのか?」


そうアラティが声をかけると聖は右手に包丁を左手ににんじんを持った格好でこっちを振り向いた。


「ああ、もう用意はしたよ。だけど風呂は焚けるまでしばらくかかるから、先にご飯にしようと思って。君、好き嫌いとかない?」


「好き嫌いも何も、妾は人間界に降りてまだ間がないのじゃぞ。しかも無銭飲食で働かされていたぐらいなのだからいろいろ食べているわけはなかろう?」


やけに無銭飲食という、普通の人間ならみっともなくて隠したがるようなことをいかにも自慢げに言うアラティに聖が苦笑する。だが肝心のアラティにはどうして聖がそんな顔をするのかわからなくて眉をひそめた。


「ああ、ごめんごめん。そうだったね。すっかり忘れていたよ。けど、じゃあ何?ここに来てから君は何も食べてなかったって言うの?」


「ふむ。ヒトの食するもので口にしたものと言えば、お主からもらったあの『たい焼き』とか言うものだけじゃな」


二人が働かされていたのがたい焼き屋で、そこで働いていた理由が腹をすかしたトロルが勝手にそこの売り物を食い尽くしたのが原因だそうだから、アラティの言うことに間違いはないのだろう。けれど聖がアラティにたい焼きを渡したのは2日も前のことだ。いったい何日前から人間界に来ているのか知らないが、そんなに長い間何も食べずにこの数日をすごしていたというのだろうか。悪魔というのはそんなにタフにできているのだろうか。


それも不思議だったがそれよりさらに聖の興味を惹いたのはアラティの意外な人の良さっぷりだった。彼女の言うことが本当で、屋台を食い尽くしたのがこの得体の知れない毛むくじゃらのぬいぐるみだけというのなら、そのとばっちりを受けて働かされるのは誰にとっても歓迎できるものではないだろう。それなのに文句は言ってもこの小柄な少女は逃げもせずにきちんと店番をしたという。聖はもしかしたらこの小さな魔王候補が実はとんでもなく素直でやさしい心を持っているのではないか、そんな気がしてならなかった。


包丁を手に黙りこくった聖にアラティが怪訝な顔を向ける。


「なんじゃ、何かおかしなことでも言ったか?」


「いや、そうじゃない。けど、僕が渡したたい焼き以外に何も食べていないというのなら、君は存外優しい人なんだなと思ってさ」


にやりと口だけで笑った聖の言葉にアラティが茹蛸のように真っ赤になって抗議した。


「ななな!!!こっ・・・この妾が優しいじゃと!!じょ、冗談ではないぞ」


「あれ?どうして怒るのさ?…アラティ?」


どんどんと足を踏み鳴らしながら台所をあとにしようとするアラティに聖が慌てて声をかける。


「ええい、うるさい!妾は風呂に入ってくる!よいか、風呂の湯ぐらい妾の力であっという間に沸かせるのじゃからな!」


「あ〜あ〜。旦那、ありゃいけませんよ〜」


どこかずれた返答をするアラティの背中を見送る聖に今まで黙っていたトロルが声をかけた。


「僕、何か悪いことでも言ったかな?」


「そりゃ旦那、お嬢様は魔界一恐れられている魔王マーラ様に苦言が言えるほどのお方なんですよ。そんなこの世の最後みたいなアクマに『やさしいね』なんて侮辱意外の何者でもありませんよ」


「そういうもんなのか?」


「そういうもんです。普段のお嬢様なら即刻処刑だったんですけどねぇ」


「げっ。そ、それは怖いね・・・」


「ええ・・・でも今日のお嬢様は違いましたね。旦那の悪運が強いのか、はたまた何ののきまぐれか…」


「しょうがない。お詫びも兼ねて今日は腕によりをかけるかな」


トロルはなにやらまだぶつぶつ言っていたが、聖はさしあて気にもかけずに夕飯の用意をはじめることにした。

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