第二章:園落聖(3)
その一言に少年はきょとん、とした顔をした。唐突に投げかけられた言葉に一体何を言われているのかわからないようである。
「望みじゃ、なにかあるであろ?こうなりたいとか、こうしたいとか、そういったことじゃ」
説明するアラティに少年はああ、そういうことかと納得したようだった。
「そりゃ、ある・・・はずだけど」
なにやら煮え切らない反応にアラティは眉をひそめた。望みがあるかという簡単な問いかけにこれほど曖昧な反応をしたのはこの少年が初めてだったからだ。このまま契約を持ちかけて良いものか。アラティの心に一抹の迷いが生じた時、少年が口を開いた。
「もし、魂を売るっていう契約の話なら、悪いけど引き受けられないよ」
「なっ。なぜお主がそのことを知っているのじゃ」
「あ、やっぱりそうなんだ?確信はなかったんだけどなぁ」
驚きを隠せないアラティに少年はぽりぽりと頭を掻きながら照れくさそうに答えた。
「お主、まさか妾の後を付けておったというのか?」
そう尋ねたアラティの頬を嫌な冷たい汗がながれた。人の良さそうな、ともするとぼーっとしているように見える少年がアラティやトロルに気配を気づかせることもなく後をつけるなど普通ならできるはずもない。それにアラティが肝心な「契約」を持ちかける時は周りに気づかれぬよう会話の対象とアラティ以外の時は止めてあるはずだから、仮に偶然この少年が傍を通りかかっただけだとしてもその内容まで聞き取れることはありえない。それなのに、少年は平然とアラティの目的を言い当ててしまった。返答次第ではどうにかせねばなるまい。
爽やかに笑いながらただのあてずっぽうだと言う少年にアラティは益々警戒の目を向けた。その視線を感じてか、少年は少しあわてたようにこう続けた。
「本当だよ。盗み聞きなんかやってない。ただ、君の纏っている気が普通の人とは違っていたし、それに君の連れてるこのコのような生物はこの世界にはいないから」
なるほど少年の言うとおり、トロルのような動物は人間界にはまずいないだろう。だから別の世界からやって来たという考えに至るのは自然かもしれなかった。だが、もう一つの理由がアラティにはひっかかった。
「妾の纏う気・・・とはどういう意味じゃ?やはりお主・・・」
悪魔の気を見抜いたということは同属の悪魔か若しくは敵対する神属に他ならない。なぜなら普通の人間にそんな芸当ができるはずがないからだ。やはり自分を貶めようとする何者かの手先だったか、と続けようとしたアラティに少年は意外な言葉を口にした。
「ああ、僕、見えるんだ。神道の家系に生まれたからだと思うんだけど」
「神道?」
「ああ。うちは古い神社なんだ。僕の父さんが神主で…今は義叔父さんがやってるんだけどね」
そう言った少年はなぜか寂しそうな笑みを浮かべて俯いた。アラティがどうしたのかたずねようとしたとき、少年は自分が浮かべていた表情に気づいたのか、照れたような笑みを浮かべるとアラティに向き直った。
「だけどさ。そんな契約に乗るような危篤な人はそう簡単には見つからないと思うよ」
「そんなことはないであろ」
「いや、そりゃまあ、誘い方とかいろいろ変えれば話ぐらいは聞いてくれる人も出てくるだろうけどさ。仮にも自分の魂なんだし、よほどのメリットがない限り、そう簡単には・・・いかないよ」