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第一章:人間界とたい焼き(3)

翌日―。


魔界を出る支度を整えたアラティは一人、魔界の入り口まで歩いてきたところでがっしりとした手にその華奢な肩を掴まれた。


「ちっ…父上?」


突然の父王の登場にアラティは素っ頓狂な声を上げた。


父王は天上界との大事な会議のため昨日の卒業式には出席していない。しかも魔界に帰ってきたのは今朝になってからだったから昨日のアラティの卒業式での一件は知らないはずだった。


しばらくの間とは言え、姉妹の仲でも一番かわいがられていたアラティが王宮からいなくなり、しかもその理由が部下たちの陰謀のせいと知れば父王はどんなことをするかわからない。気性の激しい父王のこと、この魔界全てを焼き尽くしてしまう可能性だってある。そう考えたアラティは、まだ事の次第が父王に伝わっていない間に出発しようと考えていたのだった。


アラティの五倍ほどの身の丈を持つ魔王マーラはアラティの掌ほどもある大きな目で愛娘の顔をしばらくまじまじと見つめた後、ふぅっと小さなため息をつく。その風に飛ばされないよう、アラティは咄嗟に地に突き刺した大鍬を両手でしっかりと握り締めた。


「今から人間界に降りるのか」


父王のため息に乱された髪を掻きあげる娘にマーラは落ち着いた声でそう尋ねた。


「なぜ余がそんなことを知っているのかと言う顔だな。…ゲーデが教えてくれたのだ。お前が大臣たちの陰謀で無謀な課題に取り組むことになったとな」


疲れた顔で話すマーラの後ろから薄藍色の冷ややかな瞳を持つ少年が現れた。魔界ではめずらしい流れるような金の髪を持つ少年はまるで天使か神かと見間違うほど整った美しい顔立ちをしている。実際、魔界には少年に想いを寄せる親衛隊がいくつもあって、ちょっとした魔界のスターよりずっと人気を集めている死神だった。


アラティとは幼少の頃からの知り合いで、腐れ縁と言っても過言ではない。アラティより五十ばかり年上で今は武官長を務めている。女悪魔たちに人気のある半面、無口で無愛想、どんなことにも無関心で鉄仮面という異名すら持つゲーデ自らわざわざ出向いて遠出をしている魔王に今回の件を伝えに行ったと聞いたアラティはとても驚いた。


「たいしたことじゃない」


ぶっきらぼうにそう言ったゲーデはぷいとそっぽを向く。その色白の頬がうっすら赤く染まっていることにアラティは気づかなかった。


「だが、お前に与えられた課題は少々やっかいだな」


そう言うと、父王はまたため息をついた。側を流れていた火の川が王の息に煽られて、更に激しく燃え上がった。


「何を大げさな。父上の娘にして首席総代の妾があの程度の課題に臆するとでもお思いか?」


心配性の父王に少しばかりむっとしたアラティにマーラはあわてて言葉を紡いだ。


「そうではない。お前が優秀なのは父が一番良く知っている。課題が単に『人間の魂を奪い取ること』であれば問題はない。お前なら三日、いや一日も経たぬうちに課題を達成するだろう。だが…」


そこまで言って父王はとつぜん歯切れも悪くうつむいた。怪訝に思って見上げるアラティに父王はいつまでたっても続きを言葉にしようとはしなかった。しばらくして、見かねたゲーデが父王に代わって口を開いた。


「だが、今回の課題はヒトとその者の魂について契約を結びしこと。それには人間との『交渉能力』が必要となる。お前にそれができるのか?」


「奪う前に「交渉」という儀式をすれば良いだけであろう?そんなこと…」


「いや。お前が思うほど、これは容易いことではない。ヒトと言う生き物は、得てして用心深い生き物だ。そんなやつらが悪魔と簡単に言葉を交わすと思うか?」


「ならば悪魔とわからなければ良いであろう?妾とて尻尾ぐらい隠す術は知っておるわ」


アラティはそう言うが早いかなにやらもごもごとくぐもった声で呪文のようなものを唱えると、ミニスカートの下から覗いていた細長い尻尾がみるみるうちにちいさくなる。小さな胸をえっへんとそらしたアラティにゲーデは小さなため息をついた。


「確かに、今のお前の姿ならヒトとしてやつらに近づけるかもしれん。だが肝心な契約はどうする?魂をくれと言われてはいそうですかと簡単に引き受けるやつがそう簡単に見つかると思っているのか?」


「そんなもの、なにかうまい餌でも見せてやるまでじゃ。獲物が欲しがっているものか、あるいは願いを叶えてやると言えばイチコロじゃろうて」


「たったの三月でか。ヒトの国の時間など我等魔族にしてみれば一瞬も同然。そのような泡沫のような時間でいったい何ができる?」


「ではどうせよと言うのじゃ」


次々と繰り出される問いにだんだんうまく答えられなくなってきたアラティは次のゲーデの言葉に絶句した。


「課題を取り下げてくれるよう願い出ろ」


「なんじゃと?」


「課題を受けるのをやめろと言っているんだ」


いつになく強気なゲーデの態度にアラティはむっとした。いつもなら自分の能力を全面的に信頼し、無条件で支えてくれるはずのゲーデが、今自分の力に疑問を持っていることが許せなかった。


「断る」


「アラティ!」


「妾は魔界の王マーラの娘じゃ。取り下げを願い出てるなど、その誇りに泥を塗るようなことなどできぬ」


「しかし、もしできなければどうする?課題を達成できなければ、どんなことが待ち受けているかわからないんだぞ」


「良くて魔界追放…もしくは妾自信の命といったところじゃろう」


しれっとして答えるアラティにいつも冷静なゲーデの顔がひどく歪んでいたような気がする。記憶の中にいるゲーデの顔をよく見ようとしたアラティの目の前にトロルがにやけた顔を突き出した。

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