第一章:人間界とたい焼き(2)
「卒業生代表、愛念」
数十億年の歴史を誇る封魔界学校は数多くある魔界学校の中でも特に厳しく、入学試験も相当のものである。その試験を潜り抜けたとしても、三百年の厳しいカリキュラムが待っている。ここを卒業した者はそれ相応の地位と職業が与えられることになっているが、無事卒業できる者は毎年ほんの一握りで、今年もアラティを含め、卒業したのはたったの十三人だった。
アラティは入学してから卒業までずっと主席を保ち続けた魔界学校史始まって依頼の秀才だった。初めのうちは魔王の娘ということもあって先生方が贔屓をしているのではないかと疑っていたクラスメートたちも、時間が経つうちアラティの残虐非道な悪魔ぶりに誰一人陰口を叩くものなどいなくなっていった。
魔界学校を主席で卒業した証として壇上にあがったアラティが学長から憧れの大鍬を受け取ると会場からどよめきがおきる。
「あいつは一体どんな職業がもらえるんだろう?」
「馬鹿ね。魔王の娘が主席で卒業するんだから次期魔王の座に決まってるじゃない」
そんな会話が会場のあちこちで囁かれる中、職務次官のオリシスが手の中の巻物を厳かに開くと物々しい口調でこう読み上げた。
「本年、主席及第した愛念には職務に就く前条件として課題の達成を求めるものとする」
「なんじゃと?」
「前条件?課題?そんなもの他の卒業生にはなかったのに、なんでアラティだけ課されるんだ?」
オリシスの言葉に壇上のアラティを始め、会場の皆が驚きざわついた。途方もないほど長い魔界の歴史を振り返ってみても、主席及第の卒業生にこのような措置をとった例はなかったからだ。
しばらく皆の動揺が収まるのを待ってから、オリシスは言葉を続ける。
「その課題とは即刻地上の人間界に降り、人間一人とその者の魂を譲り受ける旨の契約を結ぶこと。また、その課題遂行における期間は人間界における三月の間とする」
「妾を職に就けぬつもりか」
文書を読み終わり、くるくると巻物をもとに戻したオリシスをアラティは冷ややかな瞳で睨みながらそう尋ねた。
「何をおっしゃいますか。先に申しました通り、これは愛念殿が適職…つまり次期王座にお就きになられるのにふさわしいかどうかを試す、所謂最終試験であります」
普通の人間ならばあっという間に体の心まで凍ってしまっただろう、その冷ややかな視線にややたじろぎながらもオリシスは最初から用意していた答えを口にした。
「妾がふさわしくない、とでも言いたげじゃな」
「とんでもない。誰もそのようなことは申しておりません。ただ、かつて女性の魔王が君臨した事例はなく、全てにおいて慎重を期さねばならない状況。後で道を誤ったなどということのなきよう、万全には万全を期しておく必要があるとの判断から今回このような課題を設けることになったのです。だいたいこれは職務審議会で話し合われ満場一致で決定したことですし、仮にも魔界全土をしょって立とうというお方がこのような課題のひとつも満足に達成できないということであれば…」
「もうよい。わかった。このような戯言で妾の力が試されるとは腹立たしいことこの上ないが…仕方がない。受けてたとうではないか」
延々と続きそうなオリシスの説明をアラティは面倒くさそうに遮ると大鍬を右手にひらりと壇上から飛び降りると旅の支度をしに王宮へと足早に戻っていった。