第三章:円樂寺(3)
「あの、聖・・・」
「ん?」
「ちょっと、聞いてもよいか?」
「ん〜、ちょっとまって、あと一問で終わるから・・・ん・・・よし。終わった。何?聞きたいことって?」
「その、お前の家のことじゃ。社の奥にある大きな屋敷・・・あれはお主の家ではないのか?」
「うん。違うよ」
「違うってことはなかろう?叔父というのはお主と血が繋がっているのではないのか?いくら後継者じゃないと言っても、なぜお前が本宅に入れない道理がある?」
しれっとして言う聖にアラティは何か嫌な予感がしてなおも食いついた。アラティのつっこみに聖は困ったように鼻の頭を掻く。
「あはは・・・参ったなぁ。あんまり楽しい話じゃないんだけど、言わないといけないよね?」
なんとか誤魔化したい聖だったがアラティは当然という風に大きくうなずくとちゃぶ台の前に正座をして聞く体制をとる。そんなアラティの態度に観念したのか、聖は一瞬陰りのある笑みを漏らすとぽつりぽつりと、しかししっかりした口調で話し始めた。
今から十七年前、円樂寺へと続く階段に一人の赤ん坊が捨てられていた。最初に見つけたのは当然その神社を守る神主夫妻だった。赤ん坊の服には封筒がピンで留めてあり、その子の名だけが記されていた。しばらく二人は紙に書かれた苗字などを頼りに本当の親を探そうとしたが結局は見つからなかったという。神主夫妻は神に仕える仕事をしているだけあって、心の温かい優しい夫婦だった。自分たちに子供がいないことも手伝ってか、二人は赤ん坊を里子に迎えることにした。二人は聖を本当の子供のようにかわいがり、聖は何不自由ない生活を送っていた。
ところが聖が園落の両親に引き取られてから五年後に園落の両親が不慮の事故で他界してしまう。その後幼い少年の後見人として、また神主のいなくなった神社の後継者として園落家の親戚がやってきたが、これがとんでもない一家だった。後見人としての世間体もある為、聖を完全に追い出すことはできなかったが、代わりにその当時物置として使われていたこの離れに聖は無理やり追いやられてしまう。それ以降、本宅へは親戚から呼ばれない限り、一切立ち入ることを禁じられていたのだった。
「なんと、悪魔にも匹敵する悪党ではないか!ううむ。ぜひ妾の臣下に・・・」
「おっ、お嬢様・・・」
聖の義叔父夫婦の冷酷ぶりに感心しているアラティにトロルが思わず突っ込みを入れる。
「いやいや、そうではない・・・。お主はなぜそんな輩の言いなりになっているのじゃ!」
トロルの声にはっとしたアラティは、顔を真っ赤にしながらまるで誤魔化すようにわめきたてた。悪魔にはなんてことのないはずなのに聖のことを思うとなぜかアラティは腹立たしいような、やるせないような気持ちになってしかたがないのだった。
「あはは。いいよ。トロル。不甲斐ないと言われれば、それまでなのは自分でもわかっているから」
そう穏やかな顔で言う聖にアラティはますます腹がたった。
「何があはは、じゃ。不甲斐ないとわかっていて何もせず、ただ親の財産が他人にとられるのを指を咥えて見ているだけなんて」
「いや、義父さんたちにとっては他人じゃないし・・・むしろそれを言うなら僕のほうが・・・」
「そういう意味ではなーーーい!!!」
大激怒するアラティにおろおろしながらも聖は心が温かくなるのを感じていた。もう何年もこんなに自分のことを心配してくれる人と出会ったことがないのだから無理もない。
「やっぱり君は優しいんだね」
「なっ!まだ言うか!妾は決して優しいわけでは・・・」
聖の言葉に噛み付かん勢いで叫んだアラティの手を聖はそっと握り締める。怒りで紅潮していたアラティの顔が驚きの表情に変わった。
「あのね、アラティ。君が心配してくれるのはとっても嬉しいんだ。でも、あと数年すれば、僕だって独り立ちできる年になる。義叔父さんたちが僕を身内と思ってくれないことは悲しいけれど、その分、本宅から干渉されることもないのは都合がいいってこともあるんだよ」
「都合・・・だと?」
「そう。だって考えてもごらんよ。義叔父さんたちがもしも同じ屋根の下に暮らしていたら僕だって勝手に君やトロルを家に入れることはできなかったかもしれない」
「そっ・・・それはそうかもしれんが・・・」
「実際、僕は今まで自由気ままに暮らしてきて困ったことはそんなにないし、それにここは結構快適なんだ。アラティもしばらくいればきっとそう思うはずさ。だから、もう機嫌を直して…ね?」
「聖・・・」
穏やかな聖の声に煮えたぎっていたはずのアラティの心が凪いでいく。しばらく聖に手を握られたままだったアラティは、聖の大きな眼鏡に呆けた自分の顔を見てうまく説き伏せられてしまった自分にふと気がついた。
またアラティの頬が紅潮していく。
「ぶ・・・無礼もの!!!何、人の手を気安く握っているのじゃーーー!!!」
そう叫んだ次の瞬間、アラティの右拳が聖の左頬に炸裂しているのだった。