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8.星間飛行

✴︎で視点が切り替わります。

ここはツーラン領、領主の邸宅。つまりハム領主の住まいだ。彼は再開発計画のための書類の山と睨めっこしていた。


「ハム領主様、昨日の孤児院の件、よろしいのですか?」


部屋に入ってきた部下が尋ねる。


「何が?」


「いえ、5億ペルと言えばかなりの大金。汚い孤児院一つの為にそのお金をドブに捨てるなんて勿体無いのでは?」


ハム領主はペンを動かす手を止める。


「たしかに5億は僕にとっても大金だ。あの貧乏人がどうやってかき集めたかも気にはなる……けどねぇ、昨日も言ったが僕は単純にあの孤児院が嫌いなんだよ。」


ハム領主、彼は貴族の生まれだ。ハム家の長男として生まれ一流の教育を受け育った。幼い頃の彼は天才ともてはやされ彼もまた自身のことを天才だと信じて疑わなかった。


しかし、彼が思春期に入る頃にゆっくりと歯車は狂い出した。初めて弟に成績で負けたのだ。もっともそれは自身を天才と思いろくに鍛錬もしなかった事が原因なのだが……。とにかく、彼はゆっくりとゆっくりと落ちぶれてゆく。


気づけば誇れるものは生まれだけになっていた。


もしこれが急激な変化だったならば違ったのかもしれない。素早く曲げられた枝なら折れる、しかしジワリジワリと本人すら気づかないペースで曲げられた枝は折れなかった。結果、挫折した経験を持たぬ、ねじ曲がった「貴族」は優れていて、「平民」は卑しい、そんな価値観を持つようになったのだ。


親のコネでこのツーラン領、領主となってもその価値観は変わらない。


再開発もあくまで領主としての実績のためであってツーラン領に住む人間のことなど考慮にすら入れていなかった。


「あの孤児院はハム家次期当主、さらにこのツーラン領主である僕の再開発計画の邪魔をしようとしている。まったく腹立たしいクズどもだ。」


窓の外から街の景色を眺めながら言い放つ。


「ま、誠にその通りでございますね。ところで……一人、ハム領主様に会いたいと言っている商人がございまがいかが致しましょうか?」


部下がここにきたのはその話を伝えるためだった。


「商人? 何しに来たんだ。」


「それが、莫大な金が動くかもしれないからハム領主様に直接でなければ話せないと。」


「ふーん、なら会ってやるか。その商人はどこにいる。」


「今は応接室で待機させております。」


「わかった、すぐ行く。」


彼はやりかけの計画書をしまい応接室へ向かう。


彼の部屋からそう遠くない場所に応接室はあるためすぐに到着する。彼はドアを開け部屋に入る。


中には見たことのないいびつな服装、茶色い肌にヒゲを生やした男がいた。耳が長いため恐らくはダークエルフだろう。


「おまたせしましたな。商人というのは貴方ですかな? どうやら私に直接話したい事があるとか……。」


ハム領主は商人の向かいに座りながら話を始める。


「ええ、私ははるかに遠方のリオン國から参ったものです。」


「リオン國ですと⁈」


予想外の珍客だ。


リオン國とはツーラン領のあるメルト王国とは国境線を持たず、また国交もない、いわば未知の国だ。


「そのリオン國の商人が何のようですかな?そもそもメルト国内に入る許可は貰ってあるのですかな?」


いくら莫大な金の動く話でも不法入国者との取引をしてしまうのはまずい。


「その辺は心配なさらず。私は商人ゆえ顔もも広い。入国許可くらいはすぐに取れます。」


商人もその辺は対応済みのようだ。


「さて、では本題に入りたいのですが……このツーラン領の領地の権利を売っていただけませんか?」


「領地の権利⁈ 」


商人の口から出た言葉は完全にハム領主の予想の外であった。


「私の属する商会は他国で商売を始める時は必ず拠点を作ってからというのが鉄則でして、それでいくつかの街に目をつけているのです。」


「それで領地の権利を売れと、そういう事ですかな? しかし……領主とはあくまで国王からその領地を任されてるに過ぎません。国土を売るというのは流石に……。」


「いや、別に完全に売れという訳ではない。あくまで我々の商会の商売を邪魔しないと言う約束が欲しいのです。」


「約束?」


「はい、表面上は貴方が領主、そして我々の行いには一切手を出さない。どうです? ああ、もちろん税金などは納めますよ。」


商人の口から出た取引は正直金額次第だ。ハム領主はこの仕事にもつきたくてついた訳ではなく、解釈にはよっては関与しなくていいので仕事も無くなる。悪い話ではない。


「いくらで買うおつもりですかな?」


ハム領主は値段交渉に入る。


「100億ペル。」


商人は即答する。


「ひゃ、100億ペル⁈」


正直な話、ハム領主はせいぜい50億ペルほどを期待していたため100億の言う数字に驚愕する。


これだけの金が入り、仕事は無くなる。税金も納めると言っている。悪い話ではない。いや、むしろ一生に一度有るか無いかの大儲けのチャンスだ。


しかし、流石にこれは話がうますぎるのではないか?


ハム領主は少し疑問を抱いた。


しかし、商人はそれも見越したように話を進める。


「ちなみに、これは他、いくつかの領主にも話しております。一番最初に決断していただけた領主としか取引は行いませんので決断は早めにお願い致します。」


そう言って懐からペンと、領地には一切の口出しをしないと書かれた契約書を出す。


ハム領主は迷っていた。これは間違いなく二度と訪れることのない人生の転機、もしくは罠や詐欺だ。


考え、考え、考え抜いた末、彼は契約書にサインした。


自身の信じたい方を信じたのだ。


「では、これで契約は完了ですな。」


商人は満足げだ。


「では、早く100億を、100億を渡してくれ。」


とにかく今は自分の判断の正しさを証明するために実際に金が見たかった。


「では、こちらに。」


商人はハム領主を荷車を止めてある場所まで案内する。


「こちらに、現金で用意させて貰っています。」


荷台の中には沢山の紙幣が溢れていた。


その一枚一枚を丁寧に調べる。もちろん紙くずなどで誤魔化してるわけではない。



人生に勝った。



彼は心の底からそう思った。



領地の権利を売ったため再開発は出来ない。孤児院も潰せない。だがもうそんなことはどうでもよかった。



「はーはっはっは! やっぱり、俺はただしかったんだ! 天才なんだ!はっはっはっは!」



金で溢れた荷台の中で彼は踊り狂った。



✴︎



俺は今、孤児院にいた。


「エリー、院長先生、成功だ。見てくれ! 領主との契約書をゲットした!」


俺は二人に契約書を見せる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◉契約書


下の契約書にサインした者はツーラン領地内への一切の関与を禁じる。



◯ハム・デバム

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これで孤児院は無事だし、再開発も行われない。」



俺たちの計画は大成功だ。



エリーが俺に魔法をかけ見た目を別の種族にする。今回はダークエルフになっていたようだ。


そしてその姿でハム領主に商人として交渉し、この権利を勝ち取る。


普通ならこんな美味い話にはホイホイ乗る奴はいないだろうが破格の大金と、時間制限を設けることで相手を焦らせ冷静な判断が出来ないようにする。


そうなればあとは簡単だ。


人間ってのは信じたい方を信じる生き物だ、必ず契約する。


「俺たちの勝利だな!」


「はい、カナメさん! 本当にありがとうございます!」


エリーも嬉しそうだ。それはそうだろう、ここはエリーの実家のようなものなのだから。


俺たちが勝利を祝う中、院長先生だけは少し浮かない顔をしていた。


「どうしたんですか、院長先生? そんな顔して。」


「いや、孤児院が守られるのはとても嬉しいのですが……、その交渉のために100億もの金を払ったんですよね。カナメさんやエリーにそれほどの負担をかけてしまったと思うと申し訳なくて……。」


なるほど、院長先生には話していなかったな。


「院長先生、本当に100億を払ったわけではありませんよ。」


俺たちは100億ペルもの大金をどうやって用意したか、そのカラクリを話す。


「あれはただの紙くずをエリーの魔法でお金に見せているだけなんです。実際には1ペルの価値もありませんよ。」


エリーの魔法は物の姿を変える事も出来るそうなのだ。


「なんですって? なるほどそういうことでしたか!」


院長先生も納得する。


とにかく、これで孤児院の問題に関しては一件落ちゃ……ドンッ!



誰かが孤児院の扉をけ破る音が……ハム領主だ。


「貴様ら、まだこの街にいたのか! さっさと立ち去れ、このゴミクズどもめ!」


ハム領主は相当頭に血が上っているようだった。


大方、あの100億がただの紙くずって気づいたんだろう。それほど魔法の効果時間は長くないらしいからな。


それで、自分が騙されていたと気付いて腹をたてる。その八つ当たりにここまで来たのだろう。


本当にご苦労なことだ。



「おい、これをみろ!」


俺はハム領主に契約書を突きつける。


「お前は孤児院を追い出す権利は無い。出て行くのはお前だ!」


ハム領主は一瞬驚いたような顔をする、しかしすぐに表情は変わる。どうやら全てに気づいたようだ。


「そういうことか。あの商人も偽物の金も、全てお前らの罠だったってわけか。」


悔しそうにそう呟く。


「ああ、そうだ。そして契約がある限りお前は孤児院に手を出せない。」


これでハム領主は何も出来ない、が領主は納得しない。


「うるさい、うるさい! こんなの無効だ! そもそも100億だってただの紙くずじゃないか、契約を守って無いのはそっちだろう!」


そんな契約は成立しないとでも言いたげだ。


俺はニヤリと微笑む。


「契約書をよく読め。あくまでこの契約書にはツーラン領に関与しないという文言と、お前のサインしか無い。100億を支払っていようがいまいが関係ない。」


そう、関係ないのだ。俺はわざと契約書に100億で権利を売る、と言った文言は入れなかった。


あくまで関与しないという契約書、100億の話はその契約書にサインをさせる為の、いわば口約束のようなものだ。


サインをするとき彼が冷静だったならこの契約書に違和感を感じたかも知れないがそれはもはやどうでもいい話。


現実に彼はサインしたのだから。



「ええい、知ったことか! 私が正しいんだ、愚民の分際で領主に逆らうんじゃない!」



もはや反論ですらない。ただの子供のわがままだ。



俺はトドメの言葉を領主に吐きかける。


「ハム領主、この契約書はとあるS級冒険者が作ったものでね、契約を破ると「死ぬ」っていう呪いをかけているんだよ。」


「な、呪い? 口から出まかせを言うんじゃ……。」


そこまで言いかけてハム領主は固まる。



エリーが魔法を解いてドラゴンの姿になったのだ。



エリーはその鋭い牙を見せつけながら領主を見下ろし言い放つ。



「その契約書の作成者は私だ。これ以上文句をつけるならそれはツーラン領への関与、すなわち契約違反とみなし……」


エリーは領主に顔を近づけて一言。


「殺す。」



これで十分だった。目の前で自分の倍のサイズはあろうドラゴンには脅された領主はもうなにも言えなかった。


そのまま、名ばかりの領主として逃げるように帰っていった。


エリーは人間の姿に戻る。


「さて、これで本当に一件落着ですね!」


「ああ、もう孤児院は大丈夫だ。 院長先生、この契約書は院長先生に預けとくから、また奴らが来たら見せつけてやって下さい。」


俺は院長先生には契約書を渡す。


「本当にありがとうございます。カナメさん、あなたがいなければこの孤児院は残っていませんでした。」


院長先生は俺に深々と頭を下げる。


そして、次にエリーを見て、


「エリー、あなたは本当に立派に育ちました。この孤児院に育てられていたのに、今ではこの孤児院を守ってくれるくらい大きくなって、あなたは本当に自慢の教え子です。」


院長先生はエリーを抱きしめる。



「院長先生……。」


エリーもまた抱きしめ返す。


エリーの表情は久しぶりに母親と出会った娘そのものだった。



俺はその光景を見て、微笑ましいながらも少し苦い気分になった。



その夜、孤児院の子供たちと一緒に晩御飯を食べみんなで騒ぎながら過ごした。


俺とエリーは一晩ここに泊まって明日ワンドックの街に戻る予定だ。



「にいちゃん、にいちゃん、鬼ごっこしよう、鬼ごっこ、お兄ちゃん全員捕まえるまで鬼ね!」


なんだそりゃ、イジメみたいになるぞそのルール。


俺は後一晩だけだからと遊んでやる。


もちろん身体能力レベル的にそんなふざけたルールでも圧勝できる。


5分もしないうちに全員をタッチする、が……。


「タッチ、ハマー捕まえた!」

「残念でしたー! バリアしてましたー!


「タッチ、ジェシカ捕まえた!」

「残念でしたー! ジェシカはタッチされても回復できるんですー!」


なんじゃそりゃ、勝ち目がまったく無いじゃないか。


本当、最強は子供だな。



俺は少し疲れて、子供たちの相手もほどほどに孤児院の裏の原っぱで休憩する。


日本の空と違い星が綺麗だ。見たことない星座だらけだけどな。


俺が原っぱの真ん中で座っていると後ろから近づくものが、エリーだ。


「カナメさん、こんなところにいたんですか。」


エリーは俺の横に座る。


「どうしたんだ、なにかようか?」


「別にそういうわけじやないですけど、ただお礼が言いたくて。」


「お礼?」


「はい、あなたがいなかったら孤児院は無くなっていたかもしれません。私の家を守ってくれてのはカナメさんです。ありがとうございます。」


エリーは俺の目を見つめてお礼を言う。


でも違うんだ。


「やめてくれ、それは結果としてそうなっただけだ。俺はエリーのお金を勝手に使ったことに引け目を感じていたから手伝っていたんだよ。」


そう、あくまで金を返しただけだ。


「でも、クエストをクリアした時点でお金は返せてましたよ? その後も手伝ってくれたのはカナメさんが優しい人だからですよ。」


エリーは笑顔でそう答える。



俺は少し昔ばなしをする事にした。


「俺は生まれはここからかなり遠い場所なんだけどさ、小さい頃からずっと両親は俺に構ってくれなかったんだよね。」


ネグレクトなどではない。食事は作るし、服も買ってくれた。金銭面では不自由な思いをしたことは無いだろう。だが、


「俺は親と遊んだ記憶も、それどころか喋った記憶でさえも数えるほどしか無い。だから人とのコミュニケーションが取れるようになるのも周りより遅くてさ、小さい頃は友達も出来なかった。」


「カナメさん……。」


「それで、ある時友達と仲良くしたいなら優しくしろ、親切にしろ、困っているなら助けろって先生から教わってさ。」


それからは以前よりはマシにはなった。学校でしゃべる友達は出来たし、それなりに楽しかった。まぁ、クラスが変われば話さなくなったものが大半だったが……。


「だから、俺は偽善者なんだよ。今回孤児院を助けたのも、無意識に他人と仲良くしたいって打算が働いてるからなんだよ。」


これが俺の行動原理だ。決して、子供のためでも、正義のためでも無い。そんな崇高な動機は持ち合わせていない。


エリーは俺の話を聞いて、ゆっくりと話し出す。


「カナメさん、少なくとも私はあなたのおかげで救われましたし、院長先生も、まぁ子供たちはまだよくわかってないかもしれないけど、感謝してます。」


エリーは一旦言葉を切り、俺の目を見つめる。


「だから、自分の事を偽善者だなんて言わないで下さい。そんなこと言ったら私たちの感謝の気持ちまで偽物みたいになるじゃないですか。」


「エリー……。」


「さ、少し重い話になりましたね、気分転換でもしましょうか!」



「気分転換?」



エリーはドラゴンの姿に戻って俺を背中に乗せる。




そして、億千の星空に飛び上がる。





「すっげぇぇぇぇえ! めちゃくちゃ綺麗だ!」



そこには、いままで見たことないほど美しい景色が広がっていた。


上下左右、全ての方向が星で埋め尽くされている。


宝石箱を独り占めしていると錯覚する。


まるで宇宙の中を飛んでるような感覚だ。



「エリー、すごいなこれ! すごく綺麗だ!」


「そうでしょ? これ、私のお気に入りの星の見方なんですよ!」



俺を乗せるエリーも楽しそうだ。



「カナメさん、あなたの過去になにがあったかはわたしにはわからないです。けどここなら誰にも聞こえませんから。もし弱音を吐きたくなった時は私になら言ってもいいですからね。」


エリーは俺を気遣ってくれてるようだ。


まったく、優しいのはどっちだ。


エリーの言葉で少し、救われた気がした。



その夜はしばらく星間飛行を楽しんだ。



次から新章予定。

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