7.ハム領主
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! これ見て見て見て!」
「砂場いこー、ねぇ、砂場いこーよー!」
「ままごとしよ、おにーちゃんペット役だよ!」
何故だろうか、俺はたくさんの子供に絡まれまくっている。
「ふふっ、カナメさんあっという間に人気ものですね。」
俺が子供達に揉みくちゃにされるのを見てエリーは笑っている。
俺たちは今、エリーが育ったライト孤児院に来ていた。
なんでかって? 勘違いしたんだよ。エリーが「いっしょに来る?」みたいなこと言ったから俺はてっきりムフフでウフフな展開を期待してたんだよ。
エリーとしては「いっしょに孤児院来る?」って意味で言ってたらしい。俺が勘違いしてたってことに気づいたのは孤児院に到着してからだ。
昨日の夜に出発してついたのは今日の朝。移動中はエリーの背中の上だったから眠れてない。俺はめちゃくちゃ眠い。
「兄ちゃん、兄ちゃん、あそぼー!」
「犬やって犬!」
「泥団子つくろー、ねぇ、つくろー!」
「勘弁してくれ……。」
俺は半ば諦めたような声を出す。
すると孤児院の外から一人の老人がやって来た。
「おや、エリーじゃないですか。帰っていたのですか?」
「院長先生! お久しぶりです。元気でしたか?」
どうやらこの孤児院の院長のようだった。白髪でゆっくりとした口調だ。
「私は元気ですよ。あなたは聞くまでもなく元気そうですね。」
院長先生はとても優しい笑顔でエリーを迎える。
「ところで、そちらのお方は? 」
院長先生は俺を見る。
エリーは俺の手を引っ張って俺を連れて来る。
「紹介します、彼は冒険者仲間のカナメさんです。カナメさん、こちらこの孤児院の院長のライト・メイ先生。」
「カナメです、突然お邪魔してすいません。」
「いえいえ、こちらこそせっかく訪ねていらっしゃったのに不在で申し訳ない。エリーがお世話になっております。院長のライト・メイです。」
お互いに自己紹介をし合い、立ち話もなんだから、と中の応接間に移動する。
院長先生はお茶を出し俺たちはソファに座る。
「それで、今日はどのような用件でいらっしゃったのですかな? まさかエリーのホームシックってわけではないでしょう?」
「ええ、もちろん。院長先生、これを見て下さい!」
エリーは8億ペルの小切手を渡す。
「エリー、これは?」
院長先生が質問する。
「私が、カナメさんにも手伝って貰って稼いだお金です。これで孤児院を守って下さい。」
「8億ペルも……。エリーはやはり凄い。そんな大金を稼げる人はそうそういませんからね。」
院長先生はゆっくりと持っていたコーヒーカップをテーブルに置く。
「しかし、これは受け取れません。」
そして小切手を返す。
「どうして……。これで孤児院が救えるのに。」
「エリー、あなたの気持ちはとても嬉しい。しかし、ダメなんです。」
院長先生はゆっくりと話し出す。
「実は、先程領主のところに行って来ました。そして領主に言われたように5億ペルを支払って孤児院を守ろうとしました。しかし……ダメでした。」
院長先生はエリー以外からも沢山の卒業生から寄付を受け取っていたらしい。院長先生自身もある程度の蓄えはあり、それらをかき集めてなんとか5億ペルを用意した。
だが……
「領主は5億を目の前にして平然と値上げしたと言いました。今度は20億ペルだそうです。流石にそんな大金は用意できません。」
院長先生は悔しそうに事情を説明する。
「そんな……、じゃあ孤児院はどうなるんですか。
エリーも落ち込む。
「まぁ、幸い5億ペルは残っていますからね。別の土地に、ここよりは狭くなりますが新しく孤児院を作りますよ。」
院長先生は優しく微笑む。
だが、その裏には悔しさと寂しさがあることはあったばかりの俺でも容易にわかった。
そんな時、
ドンッ!ドンッ!
乱暴に孤児院のドアを叩くものが。
「やぁ、やぁ、貧乏人ども。もう立ち退く準備はできたか?」
「なっ、あなたはハム領主!」
それはこの街の領主だった。2人の部下、身なりを見るに護身兵だろう、を引き連れている。
「どうしてここへ?」
「いやーね、貧乏人のくせに頑張ってお金をかき集めてたみたいじゃん? だから立ち退き勧告くらいは僕が直々にしてあげようと思ってねぇ。」
ハム領主は嫌味な笑みを浮かべる。
「まぁ? 20億ペル用意出来るなら話は別だけどねぇ、無理だろうから早く立ち退けよなぁ〜。」
院長先生は拳を握りしめて下を向く。エリーはもうはっきりと殺気のこもった目で睨みつける。
納得いかない。
異世界だろうがそうじゃ無かろうが、こんなクズがのさばっているなんて納得出来るか。
俺は領主の前に出る。
「おい、ボンレスハム太郎、20億なら俺が用意してやる。明日……」
「じゃあ、25億だ。」
ハム領主は俺の言葉を遮る。
「まったく、君もこの孤児院の出身か? 低俗なことだ。これだから孤児院は嫌いなんだ。捨てられた、欠陥品の寄せ集め、そんなゴミだめが僕の街にあるなんて耐えられない。」
なんだと?
「僕はこの孤児院を潰したいんだよ。君たちが25億を用意するなら次は50億を要求しよう。50億を用意するなら100億を要求しよう。ルールも、正義も領主である僕にあるんだ。」
それはハナから孤児院を残すつもりはないってことか?
「さっさとこの街を出て行け。」
「このクズが!」
俺は怒りに任せてハム領主を見て殴……
「カナメさん‼︎ だめです!」
エリーが叫ぶ。俺は領主の顔面スレスレで拳をを止める。
「殴ったらあなたが犯罪者になります。だめです、これ以上……あなたには迷惑をかけられません。」
俺はエリーを見てハッとした。
彼女の方が、院長先生の方が悔しいし、殴りたいはずだ。でも、必死で堪えていた。
ここで怒りに任せて殴っても何の解決にもならない。この孤児院から犯罪者を出すだけだ。余計に周りを悲しませる。
でも……だからって、クソッ!
俺は言葉にならない感情を抱く。
いくら身体能力があっても、魔法が使えても……
「お前らゴミどもは一生僕に何も出来ない。身の程をわきまえることだねぇ。」
ハム領主はそのまま孤児院を後にする。
「ははっ、見苦しいところをお見せしてしまいましたな。どのみちこんな領主の元では孤児院なんて経営できますまい。土地を移すいい機会になりましたよ。」
一番悔しいはずの院長先生は気丈に振る舞う。でも、その声は震えていた。
「エリー、やっぱり、納得いかない。」
「カナメさん……。」
俺は決めた。あの領主は絶対に許さない。孤児院もなくさせはしない。
「一つ考えがある。俺だけじゃ無理だ。手伝ってくれ、エリー。」
「考え? カナメさん、領主に殴り込みとかだったらやめて下さい。」
エリーはもう一度俺をさとす。
でも、違う。
「あいつはルールも正義も領主である自分にあると言った。だからその言葉通り、あいつのルールで、正義の上でこの孤児院を守る。」
俺はもう一度エリーを見る。
「俺を信じろ、協力してくれ、エリー。」
エリーは少し考えこんで……
「計画次第です。あなたの考えを聞かせて下さい!」
いい返事だ。
次回、ハム退治。