40.妖精と転生者
「心を覗いた際に見えてしまったのだが……貴殿は転生者なのか?」
突然の問いかけに思わず動揺してしまう。まさか転生ってワードが出てくるとは思わなかった。
まぁ……隠してもしょうがないか。隠す必要も特にないしな。
「そうだ、俺は転生者だ。」
「ふぅむ、やはりか……、確証があったわけではないが貴殿の心の構造はこの世界の住人のそれとは異なっておったからな。」
「心の構造? 」
聞きなれない言葉だ。この世界と元の世界で何か差異でもあるのか?
「貴殿の考え方や発想のことだ。」
意味を理解できない様子の俺を見て妖精王が口を開いた。
「何かあれば魔法に頼る思考回路が強過ぎるな。この世界の住人にしては魔法を万能と捉えすぎだ。」
思わずドキッとしてしまう。
たしかに俺は危機的な状況ではいつも魔法を使う。
エリーと初めて会った際、ドラゴンブレスを防ぐために魔法を使った。
ビルドジャガーと戦った時も、ツーラン領のを守った時も、ウロボロスと戦った時も魔法に頼っていた部分は大きい。
魔法という概念を持たない世界から来た俺にとって魔法というのは便利すぎるものなのだ。
「カナメ殿、一つ忠告して置くが魔法とは奇跡でも万能でもない。限界はある。あまり魔法の力を過信しすぎぬ事だ。っとそんなことを言いたいのではなかったな。」
妖精王はそれた話を元に戻すように軽く咳をしてじっと俺を見据える。
「貴殿は『林堂 零』という男を知っているか?」
「林堂 零? 聞いたことないな。俺の知り合いにはそんな奴はいないぞ。」
「そうか……。いや、知らぬならいいのだ。」
そういうと妖精王は少し残念そうな顔をした。
妖精王は話しを続ける。
「カナメ殿、我が貴殿に与えた傷はまだ癒えぬだろう。クリシュナなら二、三日もあれば完全に治せるだろうからしばらくここに泊まるといい。もちろん地下牢ではなく客人用の部屋を用意する。」
こんな提案をしてくるなんて俺を傷つけた事を気にしているのか?
「いや、大丈夫だ。いちおう動ける程度には回復したしあとは冒険者ギルドで回復魔法使える人に頼んで治してもらうよ。」
有難い提案だが断らせてもらう。連絡もなしにこの里に何日も滞在すればギルドに心配もかけるだろうし、また空き巣に入られないとも限らない。せっかく新しく家具を揃えたのに一週間もしないうちに盗まれるなど笑い話にもならない。
「貴殿の傷に回復魔法は効かぬぞ。」
「へ?」
妖精王は自慢げに語りだす。
「カナメ殿を切った刀は『聖剣リムソード』と呼ばれる少し特別なものでな。魔法からの干渉を受けぬのじゃ。」
つまり……それって……
「聖剣によってつけられた傷は回復魔法による干渉が効かぬ。」
やっぱりそうか!
「悪いことは言わん、クリシュナは非魔法医学に長けておる、ここに滞在し治してもらえ。」
厄介な剣だな聖剣って奴も、なんだよ魔法が効かないとか!
「しばらくお世話になります……ハァ。」
俺は深々とため息をついた。
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「いったぁぁぁぁぁ!」
激痛、激痛に次ぐ激痛! 激しい激痛が激しく俺を襲う。
ここは妖精の里、唯一の診療所だ。
妖精王との話が終わった俺はクリシュナによる治療を受けているのだが……
「なぁ、頼むからもうちょっと優しくしてくれ! 死ぬほど痛い!」
「この程度の痛みで死ぬわけないでしょ、次いくわよ。」
「ぎゃあぁあぁぁああ!」
クリシュナの治療法はかなり斬新だ。『ヒールヒル』と呼ばれるヒルのような生物を傷口にくっつけるのだ。
なんでもこの『ヒールヒル』の粘液には殺菌、消毒さらには傷の治りも早くなる成分が含まれているらしいが……どういうわけか痛覚をオフにしていると効果がなくなるらしいのだ。
別に傷口にヒルをくっつけるのは痛くも痒くもないがヒルを剥がす時が本当に痛い、ガムテープですね毛を引っこ抜く時の十倍は痛い。
「最後の一匹、いくわよ!」
「まぐわぁぁぁぁぁぁあ!」
クリシュナは『ヒールヒル』を俺の傷口から引き剥がす。
「さて、とりあえずこれでしばらくは放置よ。あとで薬草茶を飲んで貰うからそれまでは何も食べないでね。」
そう言いながらクリシュナはひっぺがしたヒルを壺の中に片付ける。あの壺の中に沢山ヒルがいるって考えると気持ちが悪い、クリシュナは表情一つ変えずに淡々とヒルを掴んでいたがよく考えると凄いな。
「ねぇ、妖精王様から聞いたのだけれどあなたって転生者なのよね。」
治療の後始末を済ませ、一息ついたクリシュナが口を開く。
「ああ、そうだけど……。妖精王も似たような質問をしてきたけど転生者ってそんなに珍しいのか?」
「珍しいなんてもんじゃないわよ。あなた以外に存在が確認されてる転生者なんて一人しかいないわ。」
「一人⁈ そんなに少ないのか!」
転生者なんてこのファンタジー世界じゃ腐る程いると思っていた、たった一人しかいないとは驚きだ。
「その転生者について詳しく教えてくれないか?」
俺は少し前、女神様が俺の家を訪ねてきたことを思い出す。
あの時、女神様は「魔王軍に一人、転生者がいる。その転生者は別の神によって転生させられたもので魔王軍を使ってこの世界を破滅に導こうとしているかもしれない」そういった旨のことを話していた。
俺以外の転生者が一人しかいないとなればそいつが魔王軍の転生者で間違いないだろう。後々魔王軍とは戦うことになるのだ。転生者について知っておいて損はない。
クリシュナはゆっくりと話しだす。
「その転生者の名前は『林堂 零』、将棋やリバーシみたいなボードゲームから寿司やラーメンみたいな料理も、彼は元の世界の知識を使って様々なものを生み出したそうよ。」
この世界にラーメンがあったのはその転生者のせい、いやおかげだったのか。そこは感謝だな。
「彼がどこにいるかは不明だけど、ある意味伝説のような存在ね、妖精以外の種族にとっては。」
「なんだか含みを持たせた言い方だな。その転生者と妖精の間に何かあったのか?」
クリシュナの吐き捨てるような話し方に違和感を覚える。
「12年前の話よ。林堂 零は一度この妖精の里にきたことがあるのよ。」
クリシュナはポツリと呟く。
「12年前まで私たち妖精は外界との繋がりがなかったの。神樹周辺のの三層の認識阻害結界、神樹の根元から発生する方向感覚を狂わせる魔法の霧、この二つのお陰で他の種族が里に来ることは出来なかったから。でもどういう方法を使ったのか『林堂 零』はこの里に辿り着いた。そして言葉巧みに私たちを外界に引きずり出した。」
「引きずりだす?」
「外界の魅力的な部分だけを伝えて交流しないか?って言ってきたのよ。ずっと森の中で暮らしてきた妖精にとって外界の話は刺激的なものだった。留学って形で何人かが外界と交流し始め、里に帰り外の世界がいかに魅力的かを伝える。その繰り返しで300人近くが外の世界に住み始めたの。」
ここだけを聞くと妖精にとっても里の外との交流は悪い話では無いように思えた。だが……ここからクリシュナの話は急展開を迎える。
「その後……外に出ていった妖精は全員奴隷になったわ。」
「なっ⁈ 奴隷?」
「全ては『林堂 零』の罠だったのよ。妖精は外の世界では珍しいようで高値で売られたそうよ。」
「売られた妖精達はどうなったんだ?」
「わからない。それを調べるために外界に行った仲間も帰ってこないの。おそらくは……。」
もう捕まって奴隷になっている、か。
「それから妖精王様の決断で妖精の里は再び外界との繋がりを絶ったの。妖精は外界と交流するにはあまりにも無知だったのよ。」
クリシュナは悔しそうに、寂しそうに話を終えた。その後、俺に飲ませる薬草を取って来ると言って診療所を後にする。
俺は安静にするように言われているため診療所のかベッドに横になって静かに目を閉じ、考える。
『林堂 零』こいつはおそらく俺と同じ世界の、おそらく日本の出身だ。将棋、リバーシ、寿司にラーメン、名前もふまえると日本人じゃない確率の方が低いだろう。
俺の中に沸々と怒りのような感情が生まれる。
この世界の社会構造は奴隷がいることが前提で成り立っているため奴隷制度そのものを否定する気はない。だが、奴隷でない者を騙し、無理矢理奴隷にするのは元の世界だろうが異世界だろうが許される行為ではない。
『林堂 零』が魔王軍にいるのは好都合かも知れない。なんの遠慮もなくぶん殴れる。
ピコン!
突如、俺の脳内に音が鳴り響く。
ーディセンダートのアップグレードが完了しました!ー
✴︎
ノーマ森林、妖精の里の周辺。妖精を探しさまよう魔王・ヘルブラットとドラゴンのグライドは未だ妖精の里を見つけられずにいた。
「なぁ魔王よ。もう丸々1日は歩いているが全く妖精の里は見つからぬ。流石に諦めたらどうだ?」
「うるせー。俺の辞書に諦めるとか、断念って言葉は無いんだよ。」
「そんな欠陥辞書など捨ててしまえ。なぜお主はそうも妖精に拘るのだ?」
流石に付き合いきれないと言わんばかりにグライドが苦言を呈する。
「感だよ、妖精の里には何かある。俺の感がそう言ってんだよ。」
ヘルブラットはまだまだ諦める気は無さそうだ。
そんな二人の前に……
「魔王・ヘルブラットとそのお仲間のグライドさん。」
何者かが現れた。
「誰だてめえは。ここまで接近を気づかせないなんてただ者じゃねぇな。」
ヘルブラット、グライドは警戒する。
しかし二人の前に現れた男は敵ではないようだ。
「まぁまぁ落ち着きなはれや、僕は林堂 零っちゅーもんや。もしよければ妖精の住処まで案内しよか?」