35.捜索クエスト
首都メルトからワンドックの街に戻ってきて三日目、俺は昼に目を覚ます。
「うー、まだ頭いてーな。まだお酒が抜けきってないのかな……。」
少しよろけながら冷蔵庫、正式名称は[氷の妖精の契約庫]だったけ? そこから《毎日鳥》の卵と《オーク》の肉を取りだす。
そのままぼーっとしながら[火の妖精の契約炉]を使い簡単な朝ごはんを作る。
この世界の香辛料はかなり珍しいらしく、首都メルトはともかくワンドックの街ではなかなか売りに出ないので使わないことにしている。
かなりの薄味だが舌の感度を上げれば全然問題なく濃い味になる。
「これから抵抗能力も上げてかないとなー。」
俺は自分のステータスを見ながら呟く。
《ウロボロス》クエストや魔王軍対策会議を終えた俺とエリーがこの街に帰ってきたのは三日前の朝方で、まだ日が昇ったばかりの街には誰の姿もなく寝静まっていた。
夜通し空を飛んできた俺とエリーは眠れてない。眠いというお互いの意見を尊重。即、解散、帰宅、睡眠の黄金コンボを叩き込もうとしたのだが……
何日も放置していた家の中には何も無かった。
あれー? おかしいなー、たしかに出かける前はいろいろあったはずなんだけどなー。
そのまま家の中を探索すると裏口の鍵が無理矢理こじ開けられていた。ドアの取っ手に少し埃が付いていることからこのドアが壊されてから一週間そこらくらいは経っているだろう。
「せめてベットだけは残してて欲しかったなぁ……、はぁ。」
眠気は無くなったがその代わりになんとも言えない疲労感が俺を襲う。
俺の家は空き巣に入られていた。
不幸中の幸いか、今までクエストで稼いだお金はギルドに預けてあるのでお金は盗まれて無いだろう。盗まれた家具や服も対して高いものでは無いし《ウロボロス》クエストの報酬もあるため買い直すのは簡単だ。見た目の割に被害額は軽微なものだろう。
だが……そういうことじゃ無いんだよなぁ。
雪山で遭難してるときは宝石が落ちてても意味がなく、安いパンの方が重宝されるのと一緒だ。お金とは使って初めて意味をなすものでありそれが使えない状況じゃただのガラクタ。
今俺に必要なものはふかふかのベッドでありふかふかのまくらなのだ。
この街の家具屋は昼頃になってやっと開店するのでいくら金があっても明日の昼まで俺はベッドはおろか、枕すら手に入れることが出来ない。
「空き巣に入った奴らは絶対許さん。エリーに頼んで末代まで呪って貰やる!」
俺は誓った。誰にって?誰でもねえ、俺の魂にだ!!
とかまぁ冗談は置いといて、俺は結局その日は寝ることが出来なかった。
眠いまま昼を迎えのんびりと店を開け始めた家具屋まで向かう。頭が働かないせいで家具屋のおじさんに勧められるまま値段の高い布団とベッド、その他諸々の家具一式を購入。
他の家具は後日でいいから、そう言って寝具だけを早急に家まで運んでもらう。結局俺の家にベッドが来たのは夕方近くになっていた。
眠気は絶えず押し寄せており俺の我慢も限界だった。
そのままベッドにダイビング! ……する気力すらなくのそのそと新しいベッドに潜り込み目を閉じる。
そのまま俺は深い眠りにーーーー
ドンッドンッ!
『カナメさん、いますか?冒険者ギルドのものですがー。』
俺はまたもや眠ることが出来なかった。正直無視して眠ってやろうか迷ったのだがこのまま家の前で叫ばれるのも厄介だ。
短く要件だけ聞いて追い返す方がいいと思い体を起こしドアを開ける。
そこには久しぶりに会う受付嬢さんがいた。
「あっ、カナメさん! 今からすぐに冒険者ギルドに来てください!」
「なんかあったんですか? 悪いんですけど急用じゃないなら帰って……。」
「急用ですよ! いいから早く行きましょう!」
受付嬢さんは半ば強引に俺を連れ出しギルドまで連れて行く。
何があるのか聞いてもーー
「着いたらわかりますから!」
の一点張りで何も教えてくれない。
ギルドに着くとそこには沢山の冒険者とエリーがいた。
「エリーも呼ばれてたのか?」
「はい、よくわからないんですが急ぎの用事って言われて……」
どうやらエリーも俺と同じようだ。
とりあえず受付嬢さんに言われるままギルドホールの中央のテーブルに二人で座る。
するとーーーー
「せーの!」
「「「特別報酬、おめでとう!!!」」」
俺たちを囲む冒険者達が俺達にお酒をかける。
俺もエリーも知らなかったのだが、どうやらワンドックのギルド支部では特別報酬を貰う冒険者が出た場合は他の冒険者と一緒に一晩中騒いで祝うらしい。
そう、一晩中。
そこから先はよく覚えてない。
気がつくと家のベッドで寝ていた。
目が覚めた時、眠気はないが激しい頭痛と吐き気に襲われる。
調節能力で痛覚をオフにしても意味はない。
俺が特に必要性を感じず放置していたステータス、抵抗能力。
これは人間の免疫力を高めるものでレベルを上げると病気にもかかりづらくなりアルコール耐性もつく。
俺はお酒を飲める年齢ではあるがもともとそこまで好きでもない。
酒に酔うことなどそうそう無いと思い抵抗能力のレベル上げを後回しにしていたのだ。
その日は家具屋さんが運んで来た新しい家具の配置を決め、あとは軽く食事をとってすぐに寝る。
そして今に至るのだ。
俺は朝ご飯をすませてそのまま冒険者ギルドに向かいギルドホールにあるクエスト掲示板を見る。
「うーん、いいクエスト無いなぁ。」
掲示板には沢山のクエストがある。
例えば《呪われし館の破壊》とか、《泉の女神討伐》とか、報酬もそこそこで面白そうなものは沢山あるのだが……
「くっそ! これもAランク以上か!」
未だBランクの俺には簡単な代わりに報酬の少ないクエストしか無い。
しょうがないため俺が受けられる中で最も報酬の高いクエストを選ぶ。
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◉クエスト、迷子の捜索
クリア条件、《ラム》ちゃんの発見、街へ連れてくる。
受注資格、冒険者
報酬、150万ペル
備考、《ラム》ちゃんはノーマ森林で行方不明になっているためノーマ森林のどこかにいると思われる。十三歳、黒く長い髪の女の子。
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普通の冒険者ならなかなか面倒くさいクエストかもしれない、広い森の中から特に手がかりもなく人探しをするなどその大変さに説明は不要だ。
報酬もBランクの冒険者が受けられる中ではなかなか高額であり、おそらくこの報酬は数人の冒険者が協力しクエストを受注すると想定しての報酬設定なのだろう。
現在ソロ冒険者の俺としてはおいしいクエスト、迷うことなく俺はそのクエストを受注した。
受付嬢さんからノーマ森林までの地図を貰いギルドの馬を借りて出発する。
ノーマ森林はワンドックの街から少し遠くにあるがいつものように馬に魔法をかけ加速させれば大したことのない距離だ。
一時間もせずに目的地のノーマ森林に到着、手頃な木に馬を繋ぎ俺は森林の中に入って行く。
「さて、そんじゃ探すとしますか。」
調整能力を使い視覚、聴覚、嗅覚の三つを限界まで強化する。
水の流れる音、漂う獣臭、そして強化しても終わりの見えない深い木々。
ここで迷子になった《ラム》ちゃんとやらを探して俺は奥へと進んで行く。
ノーマ森林は捕食動物も食肉植物もあまりいないため食べられる危険性自体は少ない。食べられる木ノ実なども多くあるらしくサバイバルすることはそこまで難しく無い。
よっぽど運が悪く、怪我でもして無い限り女の子一人でもなんとか生き延びられる程度の環境はあると聞いている。
問題があるとすればこの森林の深さだ。このノーマ森林はメルト国内では最大の森林であり全体を把握するものが存在しないって事だ。
下手に《ラム》ちゃんを探して俺まで道がわからなくなってもしょうがない。目印として俺は適当に木の枝を折りながら奥へ奥へと進んで行く。
しかしーーーー
「なんでまだ十三歳の女の子がこんな場所でで迷ったんだろうなー。」
ここには特にレアな素材も無ければ綺麗な花もない。冒険者の俺としてはクエストでもない限りわざわざここに来る理由は思い浮かばない。
というかクエストを依頼した方も少し変だ。
クエストとはこの国に住む人々からの依頼によって成り立っており、依頼するのは国であったり領主であったり商人であったり、様々なケースがあるのだがーー
報酬を決めるのは依頼主だ。
出来るだけ早くクエストをクリアしてほしい場合は報酬を高くするし、ゆっくりでもいいなら相場程度の報酬しかださない。
そういう意味では急を要する遭難者の捜索をクエストとして依頼すること自体がおかしいのだ。
急ぎのクエストになるためどうしても報酬は高めに設定しなければならない。よっぽど裕福な家庭でもない限りは時間はかかるが街の治安兵などに頼むしかなく、もし報酬を出せるほどの家ならBランクの俺でも受けられるクエストを出すより直接名の通った冒険者に依頼する方がよっぽど効率がいいのだ。
こんな理由から遭難者を探すクエストなんて滅多にない。
少し違和感を感じつつも俺は女の子の捜索を続ける。
しばらく奥に進むとーーーー
「ヒャッハァー、獲物だ獲物だぁ!」
「なかなかいい刀持ってんじゃねえか!」
思わず世紀末かっ!! ってツッコミたくなるような連中が出てきた。おそらくはこの森を拠点にする山賊の類だろう。
山賊のボスらしき人物が俺を脅す。
「よお、にいちゃん。お前も運が悪いなぁ。お前の持ち物も命も全部貰うぞ。」
山賊達は俺を囲み逃がさないようにしている。槍や剣を持ちすぐにでも襲いかかってきそうな雰囲気だ。
「はぁ、面倒くさいなぁ。」
俺は深くため息をつく。
クエストでも無いのにこんな奴らの相手をしなきゃならないなんてホントここ最近ついてないよ。
「全員かかれぇ!」
「「「ヒャッハァァァ!」」」
盗賊達が一斉に襲いかかる。
俺も応戦しようとディセンダートを抜……あれ?
抜けないぞ⁈
まさかの事態に俺は驚く。
そこにーーーー!
「隙ありダッヒャァア!」
無情にも盗賊達の凶刃が振るわれたのであった。




