29.逆転
スカー・フレイム、Sランクの冒険者にして《爆炎》の二つ名を持つもの。
今、彼の前には三十八名の冒険者達が揃っていた。
「全員、覚悟はいいな。俺たち奇襲班は今から包囲班の準備が完了すると同時にラグナン商館に突撃する。」
スカーは改めて奇襲班の面々に中に入ってからの大まかな流れを説明する。
ウロボロスの中にはあらかじめギルドが送り込んでいたスパイが何人かおり、そこから既にウロボロスは商館を貸し切っていることも、幹部がどの部屋で会議をしているのかも掴んでいた。
ウロボロスに雇われている護衛を倒しながらその部屋にたどり着き、スカーがその部屋の中に建物が倒壊しない程度の攻撃を撃ち込み部屋の中にいる幹部全員を倒す。これが奇襲班の作戦だった。
「スカーくん。始めるわよ、ソイル・ドール・ソング」
リンナが地面に手を当て二メートル程のゴーレムを五十体ほど生み出し商館を囲んでいく。これでラグナン商館の包囲は完成だ。
「それじゃあリンナさん、いってきます。」
「逃げた敵は任せてね。」
「はい。」
リンナがラグナン商館を包囲したことを確認すると奇襲班は スカーを先頭にラグナン商館の正面の大きな門の前まで歩き出す。
そしてーーーー!
「突撃ぃ!」
「「「ウォォォォォォォォォォォオ!」」」
スカーの号令と共に彼を含め三十九名、八パーティーが一斉にラグナン商館に突撃する。
商館の大きなドアを蹴破り、武器を手に中に侵入する集団。中に待機していた護衛は驚きながらも必死に立ち向かう。
「な、なんだテメェラ!殺されたいのか?」
「うるせえ、雑魚はすっこんでろ!」
「ふぐっ⁈」
しかし一瞬で倒されてしまい気絶する。
商館の中にはチンピラのような格好をした奴らが所々に待機していた。ウロボロスに所属するギルドの下っ端なのだろう。彼等は必死に突然なだれ込んできた侵入者を止めようとするがそれも無理な話であった。
奇襲班の冒険者達は一人一人が精鋭として集められた冒険者なのだ。質でも数でも負けているウロボロスの下っ端に彼等を食い止める手段などない。
スカー率いる奇襲班は突撃を開始してから一度も立ち止まることもなく敵幹部の集まる部屋まで駆け抜ける。
突入からものの数分でウロボロスの幹部が会議をしている部屋に辿り着いた。
「案外あっさりたどり着けたな。」
スカーのパーティーメンバーがスカーに話しかける。
「ああ、予想よりもウロボロスの警備が手薄だったからな。」
スカーは返事をしながら
ドンッ!
大理石でできた部屋のドアを蹴破る。
「さて、ここが幹部どもが会議をしているのか部屋だな。」
部屋の中を見渡すスカー。
この部屋はラグナン商館でも最も大きい円形の部屋であり、冒険者ギルド本部のギルドホール程の広さと、3階建ての建物ですら入りそうな高い天井、さらにその壁にも細かな彫刻が施されており所々に宝石も埋め込まれている、贅沢を極めたような作りになっていた。
部屋の中央の円卓には報告にあった通り十二人の幹部が座っており、部屋の端にも何人かの姿が確認できる。おそらく幹部直属の護衛兵だろう。先程までのチンピラとは雰囲気が違う。
「貴様、何者だ? 護衛は何をやっている!」
ウロボロスの幹部の一人が机を叩き憤る。
「全員、即刻このバカを捉えろ!」
もう一人、別の幹部の命令で部屋の中にいた護衛が三人ほど一斉にスカーに襲いかかろうとする、しかしーーーー!
「フレイム・フロント・ボム」
「なっ⁈」
ズッッドン!!
スカーの手から放たれた魔法が部屋の中央で爆発を起こす。
部屋の壁と天井にはヒビが入り、スカーに襲いかかろうとしたものも吹き飛ばされつい先程までの円卓に座り踏ん反り返っていた幹部のほとんども火傷を負いながら気絶していた。
「流石だぜ、スカー。ウロボロスとは言っても案外大した事なかったな。お前の攻撃一発で幹部も護衛もノックアウトだぜ。」
「簡単すぎてつまらねぇくらいだ。あっはっは。」
煙が充満する部屋の中では物音一つしない。
奇襲班のメンバーのほとんどは勝ちを確信していた。
しかしーーーー!
「やれやれ、君達が来ることはわかっていたがまさかこんな野蛮なやり方で来るとは考えていなかったよ。」
部屋の奥から低い、脳に絡みつくような声が聞こえてくる。
ゆっくりと煙が収まりスカーが部屋を覗くと中には三人の幹部とその護衛、合わせて六人が何事もなかったかのようにヒビの入った円卓に座り続けていた。
「な⁈ 今の不意打ちを食らって生きているのか?」
「そんなことありえるのか? スカーの攻撃だぞ!」
何人かの冒険者から驚きの声が上がる。
だがスカーに動揺の色は見られない。フェルナンドから貰っていた敵の要注意リストにはSランククラスのものも多数いた。
先程スカーの放った魔法は不意打ちとは言え建物を壊さないように手加減をしており、もし本当に敵がSランククラスの実力を有しているならこの程度では倒せないだろうと予想していたのだ。
スカーはまだ多少煙の残る部屋の中を見渡す。
一番右に座る漆黒の鎧を身につけその横に大剣を携える者、その二つ隣の席に座る白衣を着た男、その左に座る銀髪で整った顔立ちの若い男。
スカーは要注意リストに載っていた幹部の中でも特に危険とされる三人の特徴を思い出す。
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◯マキナス・マグネット
違法武器ギルド、ギルドマスター。
◯シュガー・ウール
暗殺専門ギルド、三人の幹部の一人。銀髪の美少年。残り二人の幹部、タックス、リリアンヌと遜色ない戦闘能力を持つ。
◯クロード・ラストフェンサー
裏傭兵ギルド、ギルドマスター。大剣使い、常に黒い鎧を着ている。
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情報からするに、今円卓に座っている三人はこの三人で間違い無いだろう、スカーはそう確信する。
そして次に幹部の後ろに立つ三人を見る。
暗殺ギルドの幹部、シュガーと思われる男の後ろにいるオールバックの黒髪、長身で筋骨隆々の男。スカーは三人のうち二人はタックスとリリアンヌだと予想する。
もう一人、おそらく違法武器ギルドのギルドマスター、マキナスと思われる男の後ろに立つピンクの髪にピンクのメイド服を着た女の子。彼女の情報はないが、先程の攻撃を耐えていることからも只者ではないのは明らかだ。
スカー即座に奇襲班の冒険者に指示を出す。
「全員聞け、敵は一人一人がSランククラスの実力を有している可能性が高い! 敵一人に対してもパーティーで当たれ! 数の有利を活かして全力で取り押さえろ!」
「おおおおおお!」
スカーの指示を聞いた冒険者達が部屋の中になだれ込む。
この時、スカーは警戒はしていたが心配はしていなかった。それもそうだろう、敵は六名、いくら一人一人がSランク並でもこちらは三十九名の精鋭だ。スカー以外のSランク冒険者だって八名もいる。どう考えても勝ちは確定しているようなもの。
敵にとっては絶望的な状況のはずなのだ。
しかしーーーー!
「さて、概ね予想通りだね。シュガー、クロード、ポニータ、計画を始めるよ。」
「いいわよ、マキナス!」
「了解しました。マキナス殿。」
「やろうか、マキナス。」
敵に焦る様子は見られない。
その姿を見て一瞬でスカーの頭の中に警戒警報が鳴り響く。彼は経験上わかっていた、絶望的な状況でも余裕のある者は必ずなにか形成を大きく変える手段を持っていると。
「全員、警戒を怠るな! 敵は奥の手を持っている可能性がーーーー!」
スカーは全員に注意を促そうとする。しかしーーーー
「それじゃあいくよ、ワー・チン・カレル・マッド!」
敵幹部、マキナスが叫ぶ。するとーーーー
「な、なんだこれは⁈」
「光が俺たちを包み込んでいく?」
奇襲班を大きな光のベールが包み込んでゆく。
「スカーさん、何ですかこれは⁈」」
「わからん!とりあえずこの光から脱出しろ!」
「無理です⁈ 体が……。」
シュンッ!
「消えた⁈ なんだこの魔法は!
次々と冒険者が消えてゆく。
「くそっ!」
スカーは力を振り絞って近くにいた自分の仲間を蹴って光のベールから追い出す。
「ガザリ!リンナさんにこの魔法のことを伝えろ!」
「でもスカーさんが!」
「いいからさっさといけ、このままじゃ包囲班もこの魔法で全滅……。」
シュンッ!
光のベールがスカーの体を侵食していく。自分の体がどんどん小さく、無理矢理凝縮され細い管の中を通過しているような感覚に襲われる。
スカーは死を覚悟した。
しかしーーーーしばらくすると今度は細い管を通過し終わり、どんどん体が元の大きさに戻っていくような感覚になる。
完全に体の感覚が戻り目を開けるとそこには先程消えていったはずの仲間達がいた。
「どういうことだ? 生きているのか?俺は。」
辺りを見渡す。そこには一度見たことのある景色が広がっていた。
「ここはたしか、ツーラン領の……魔獣が大量発生した場所だ。」
そこはスカーがリンナやカナメ、エリーとともに五千もの魔獣と戦ったツーラン領北部の山脈のふもとであった。
ラグナン商館からツーラン領までは最低でも二日はかかる距離だ。流石にスカーも理解が追いつかない。
だが彼の置かれている状況を目の前にすればどうやってここまで一瞬で連れてこられたかなど些細な問題でしかなかった。
「どうやら、俺たちは嵌められたみたいだな。」
スカーがポツリと呟く。
冒険者達が光のベールに包まれながら連れてこられた場所には大量のウロボロス構成員が武器を片手に待機しており、冒険者達を完全に包囲していた。
スカーはラグナン商館の警備が手薄だったのは敵の戦力をここに集中させるためだったのだと理解する。
「さて、精鋭冒険者の諸君。どうだね? チェックメイトをした瞬間に盤をひっくり返され顔面を殴られたような気分だろう?」
スカーの後ろから低い声がする。
敵の幹部、マキナスだ。その横にはピンク髪の女と漆黒の鎧を纏った幹部クロードの姿も確認できる。
スカーは後ろを振り向き話しかける。
「お前がマキナスだな? どうやって俺たちをここまで移動させた?」
「もしかして……君、《爆炎》のスカー・フレイムかね?」
「質問に答えろ。」
「バカかね? 今から死ぬものに説明するわけ無いだろう? 私は非効率という言葉がこの世で二番めに嫌いなんだよ。」
「ちっ、完全に舐められてるな。」
スカーはマキナスとの短いやり取りで情報を集めることは難しいと判断する。
「さて、いくら君たちが精鋭とは言ってもウロボロスの総戦力を一度に相手取るのはキツイだろう? どこまで粘るかじっくりと見させて貰う……」
「バカが。」
スカーはマキナスの言葉を遮り魔力を掌に集中させる。
「いくら戦力を集めたところで纏まってるなら何の意味もない、一度に焼き払ってやる!」
スカーの魔法はは冒険者の中でも屈指の威力と攻撃範囲を誇る。雑魚が何人集まろうと密集していては彼にとっては何の意味も無かった、がーーーー!
「フレイム・マザー・……」
「あなたの相手は私よっ!」
マキナスと一緒にいたピンクの髪の女がスカーの詠唱に割って入り、スカーは魔法の発動を邪魔される。
そして……
「ウォォォォォォォォォォォ!」
スカーが魔法を発動仕損なったと同時に冒険者達を囲んでいたウロボロスの構成員も一斉に冒険者に襲いかかる。
こうしてスカー率いる精鋭冒険者とウロボロス構成員の戦いは幕を開けた。
✴︎
光のベールが消えた後、シュガーがポツリと呟く。
「さて、マキナスもクロードも転送魔法を使って予定の場所まで行ったみたいだね。」
光のベールが奇襲をかけた冒険者達を転送した後、ラグナン商館の会議室に残っていたのは暗殺ギルドの三人の幹部タックス、リリアンヌ、そしてシュガー・ウールの三人だった。
「さて、それじゃあ僕たちも外で待ってる奴らのところに行こうか。僕は正面のリンナ・ウォールと戦う。タックスとリリアンヌは裏口で待ってる二つのパーティーを任せるよ。」
「わかったわ、シュガーちゃん。裏口にはカナメちゃんがいるんでしょ? 今度こそしっかりと殺してあげなくちゃねぇ。」
「ああ、俺たち暗殺ギルドの面子を二度も汚したあの野郎は絶対に許さねえ。全員、出てこい!」
タックスの怒りのこもった号令とともにどこに隠れていたのか十五人ほどの暗殺ギルドのメンバーが現れる。
「じゃあ、五人、僕について来て。残りはタックスととリリアンヌを手伝ってあげて。」
「「「「了解。」」」」
シュガーはメンバーを5名指名し正面玄関に向けて歩き出した。
部屋から出て行くシュガーに続くようにタックス、リリアンヌの二人も部屋を出る。十名の部下とともに今度こそカナメを殺すべくカナメの待つラグナン商館の裏口を目指して歩き出した。
カナメが全く出てないのはこの話が初めてかもしれませんね。次回はちゃんと登場するのでお楽しみに!




