28.ウロボロス戦開始
ここはラグナン領にあるギルド支部、精鋭の冒険者達は全員このラグナン支部に集められていた。
ギルドが掴んだ情報では今日はここ、ラグナン領でウロボロスの幹部会議があるらしく冒険者達はそこに奇襲を仕掛ける予定なのだ。
作戦の指揮をとるのは《爆炎》こと、スカー・フレイムと《土軍》ことリンナ・ウォール。
ちなみに作戦を考えたのはギルドのグランド・マスター、フェルナンドだが彼は既に現役は引退しており、戦力にはならないためギルド本部で待機している。
「スカーさん、リンナさん、ラグナン商館にウロボロス所属ギルド幹部と思われる三名が入っていく姿が確認されました。」
スカー、リンナの元に報告が入る。ウロボロスの幹部会議が行われるラグナン商館の周りには何人かの冒険者が常に待機しておりなにか異変があればすぐに報告が入るようになっているのだ。
「そうか、これで今商館の中にいる幹部は十人だな。残り二人の幹部が到着次第作戦を開始する。」
「了解です。」
スカーは報告を受けもう一度頭の中で作戦の確認をする。現状では敵幹部の十人は既に集まっており、特にこちらの動きを感づかれた様子もない。
「このまま何事もなければいいんですけどね。リンナさんはどう思いますか?」
スカーは隣にいるリンナに意見を求める。それは彼の中に微かに、しかし確実に存在する不安、胸騒ぎの裏返しでもあった。
しかしリンナはそれを見越していた。
「心配しなくても大丈夫よ、スカーくん。こんな大規模な作戦の指揮をとるからって緊張してちゃダメ、いつもみたいになにも考えないでぶっ放しちゃえばいいのよ。」
元気づけるように声をかける。
「いちおうぶっ放すときは考えてやってるんですけどね……。すいません、少し弱気になってました。そうすね、たとえ敵が中で待ち伏せしてたとしても最悪商館ごとぶっ壊せばなんとかなりますよね。」
冗談交じりに言葉を返す。
スカーが不安になるのも無理はない。そもそも冒険者達は複数パーティーで動くことはほとんどない。それはパーティーによって報酬の配分方法が違ったり、倒した魔獣から取れる素材が一つしかない時、どちらのパーティーがそれを所有するのかなど争いの種になりかねない問題が多々あるためである。
彼はSランクの冒険者の中でも実績、実力共に抜きん出ていたが、それでもこれほど大規模な作戦の指揮を取るのは初めてであり、敵は闇ギルド、《ウロボロス》。一筋縄ではいかない事は分かっていた。
同じくSランクで経験だけで言えばスカーよりも上のリンナも不安がないと言えば嘘になる。しかしそれでも彼女はそれを表に出さないようにしていた。指揮を取るものが動じれば冒険者全体に隙が生じる。彼女はそれを感覚的に理解していた。
「報告です! 最後の幹部二人がラグナン商館に入っていくのが確認されました。これでウロボロスの幹部は全員集合しています。」
二人のいる部屋に再び報告が入る。
「これで幹部は揃ったか、了解だ。リンナさん、行きましょう。」
「そうね、いきましょうか。」
二人は椅子から立ち上がり部屋をでてギルドホールに待機させている冒険者の元へと向かった。
ギルドホールに入ってきたスカーとリンナの二人に冒険者の視線が集まる。
二人はギルドホールにある小さな壇上に上がる。
そしてスカーが冒険者達に向けて話し出す。
「みんな聞いてくれ、たった今報告でウロボロスの幹部の姿が全員分確認された。これから俺たちはラグナン商館へ奇襲を仕掛ける。事前に知らせた通り、商館への奇襲班の指揮は俺が、商館から逃げだす奴を逃さないようにする包囲班の指揮はリンナさんがとる。敵は犯罪者の集まり、どんな手段を使ってくるかわからない。敵を捉える事が理想だが無理ならば迷わず殺せ。躊躇ったら死ぬのはこちらだと思え。」
スカーは何度も修羅場をくぐり抜けてきただけあって淡々と話しているだけでも彼の言葉には重みがあった。
普段ならちゃかしの一つでも入れているはずの冒険者達は緊張しているようだった。それもそうだろう、精鋭として集められた彼らでさえこれほどの規模の作戦は初めてなのだ。
「じゃあ、俺はこの辺で。リンナさん、なにか言いたい事はありますか?」
ひとまず言うべき事は言ったスカーはリンナに他に何かないか尋ねる。
リンナは困ったように首を傾げながら……
「うーん、必要なことはスカー君が言っちゃったからなー。とりあえずみんな、無理はし過ぎないでね。あと、いざとなったらスカーくんが商館ごと吹き飛ばして敵を倒してくれるらしいから巻き込まれないように注意すること!」
「な⁈ リ、リンナさん⁈」
可愛らしく人差し指を立てながら話すリンナ。
まさかこんなことを言われるとは思っておらず思わず動揺するスカー。
「かっかっか、おい見ろよ。あの《爆炎》が動揺してるぜ。」
「あっはっは、こりゃあ傑作だ。」
冒険者達から笑いが起こる。リンナの狙い通り、いい意味で冒険者達の緊張はほぐれたようだ。
「ご、ごほん。とにかく、これから作戦を実行する!」
気恥ずかしさを誤魔化すようにまとめに入るスカー。
「手加減は無用、この国に蔓延る害虫どもをーーーー!」
一度、言葉を止め大きく息を吸い、そして叫ぶ。
「全力で叩き潰せ!!!」
「「「おおおおおおおお!」」」
士気は十分、下手な緊張もなく、作戦前のコンディションとしては最高だと言えた。
精鋭冒険者の一団はギルド、ラグナン支部を出発した。
✴︎
「なにが注意すること! よ。 恥ずかしいよお母さん……。」
ルーナが両手で顔を押さえながら呟く。
「ま、まあ。みんなの緊張もほぐれたんだしいいんじゃないか?」
「よくないです!」
ルーナは母親が冒険者の間でアイドルのように扱われているのが恥ずかしいようだ。
俺たちはギルドを出発してラグナン商館へと向かって歩いていた。
今からウロボロスの幹部が集まっている場所に奇襲を仕掛けるのだ。
攻撃を仕掛けるにあたってフェルナンドさんが立てた作戦はいたってシンプル。火力の高いメンバーで構成された奇襲班がラグナン商館に乗り込み攻撃を仕掛ける。その間、防御力の高いメンバーで構成された包囲班はラグナン商館を包囲、一人も敵を逃さないようにすると言ったものだった。
俺達のパーティーは包囲班に選ばれた。どうやらドラゴンのエリーや腹に剣が刺さっても平気だった俺の耐久力が評価されたようだ。
ちなみにレイ・リーのいるパーティー、指揮を執るリンナさんのパーティー、それに俺たちも合わせて三パーティーが包囲班として選ばれている。
残りの精鋭パーティー八つは全てスカー率いる奇襲班だ。
「おい、ルーナ。もうそろそろ商館に着くぞ。集中しろよ。」
ダンがルーナに注意する。ダンは俺たちには敬語を使うがずっと前から一緒に居ただけあってルーナにはタメ口だ。
「うう、わかったよ。ごめん、集中するよ。」
ルーナは気を引き締める。
ラグナン商館とは大理石でできた巨大な建物であり、その中には地方からきた商人のための宿泊施設や飲食店、商談をかわすための会議室など様々な商売に関係する施設をまとめたものだ。日本では商館とは外国人商人の居住を義務付けたり、海外との交易の拠点とされていたため同じ言葉でも意味は違うようだ。
ラグナン商館には隣接する建物はなく、普段はその周囲に屋台が立ち並び何台もの馬車と大勢の人が行き交いする、言うなればラグナン商館を起点に広がる、街の中央広場となっている。
今回はここが戦場になるという事でギルドが
街の警備兵とも協力して近隣の住民、普段訪れる商人に事情を説明、ウロボロスに気取られないように住人は外出でもするかのように避難させ、普段訪れる商人は怪しまれないようにいつも通りに出店させラグナン商館に幹部が集結した瞬間から即座に店仕舞いをさせその場から避難させた。
そして、最後の商人が広場から出て行ったと同時に俺たち、精鋭冒険者達が誰も居なくなった広場に集結する。
包囲班に選ばれた三つのパーティー、総勢十四名が一箇所に集まり、リンナさんから指示を受ける。
「カナメくん、レイ・リーくん、私たちのパーティーは商館の表口を抑えるわ、二人のパーティーには裏口を抑えてもらえるかしら?」
「僕は別にそれでもええんやけど表口と裏口抑えるだけでええんか? 窓から外に逃げる奴もおると思うで。」
レイ・リーが意見する。
「大丈夫よ。二つの出口以外は私のゴーレムが包囲するわ。窓からなら一度に大勢は逃げ出せないからゴーレムでも十分対処できると思うの。」
「なるほどなぁ、ほな、了解です。俺たちは裏口を抑えに行きます。」
「リンナさん、もしそっちに敵が集中したら知らせてくださいね。すぐ応援に行くので。」
そう言って俺とレイ・リーのパーティーは裏口に向けて歩き出す。
その間、俺はレイ・リーに話しかける。
「それにしても、レイ・リーが包囲班だなんて以外だよな。動きも鋭いし絶対奇襲班にいるかと思ってたよ。」
「僕の場合はパーティーメンバーが全員耐久力が高いからなぁ。僕の仲間、全員ごっついやろ。」
言われてみればそうだな。レイ・リーはどちらかといえば細身のため他のガタイのいいメンバーの中では若干、いや大分浮いている。
「とりあえず、僕らの仕事はここから一人も敵を逃さんことやな。」
話しているうちに商館の裏口に到着する、すると……
「あの……カナメさん。」
俺とレイ・リーの話が終わるタイミングを見計らっていたのかエリーが俺に声をかけてきた。
「どうした、エリー?」
「大したことじゃ無いんですけど……、今日はパーティーのみんなで勝ちましょうね!」
胸の前で小さなガッツポーズを作りながら、パーティーという言葉を強調するエリー。
俺も気持ちは同じだ。エリーに返事をする。
「ああ、今度こそ俺たちで勝とう。」
俺の言葉を聞いて微かに嬉しそうにするエリー。考えてみればエリーはドラゴンであったため俺を除いた他の誰かとまともな連携が取れたことがほとんど無いのだろう。
賢者ミルク、彼から連携の基本を教わりそれからこの日まで何度もこのパーティーはクエストをこなしてきた。しかしクエストとは言っても連絡を取る練習が出来るよう難易度の低いものを中心にとっていた。つまり、今回のウロボロス戦は俺たちにとってはパーティーとしてまとまってから初めて受ける高難易度クエストとなるのだ。
エリーとの話も終わり俺たちが裏口から多少離れて待機する。
しばらくするとーーーー!
ズッドッッッーーン!
商館の内部から大きな爆発音が鳴り、何箇所かの壁にヒビが入り黒い煙が立ち上る。
どうやら奇襲班の攻撃が始まったようだ。
「どうやら始まったようだな。みんな、覚悟はいいな? 」
ダン、ルーナ、アーサー、エリー全員しっかりと頷いた。これなら大丈夫だ。
「それじゃあ……戦闘開始だ!」
こうしてウロボロスとの決戦の火蓋は切って降ろされた。
やっとウロボロス戦に入ることが出来ました。今回のウロボロス編はちょっと導入が長すぎな気がしましたがこれから加速していくので是非次回もお楽しみに。




