27.賢者ミルク
「えーと、リンナさんに教えてもらった場所は……。」
俺たちは先日リンナさんから紹介してもらった人物、《賢者ミルク》を訪ねようと書いてもらった地図を片手に歩いていた。
リンナさんによるとその《賢者ミルク》とはもとAランクのソロ冒険者だったようで今後が期待されていたのだが、ある時賢者は強力な魔獣に襲われ命を落としかけた。賢者自身死を覚悟した瞬間、たまたま近くを通りかかった別の冒険者パーティーが見事な連携で魔獣を討伐。賢者は一命を取り留めた。
それから賢者はすぐにソロでの冒険者を辞め、パーティー戦の研究に没頭した。様々なパーティーに入っては勝ったら負けたりを繰り返しながら膨大な経験を積み重ねていき、そしていつしか冒険者の間では《賢者ミルク》と呼ばれるようになっていったらしい。
「カナメさん、ここじゃないすか? 《賢者ミルク》さんの家って。」
「えーと、そうだな。ここっぽいな。」
俺は地図を見ながら答える。
首都メルトにある国営魔道書図書館の隣に彼の家はあった。賢者と呼ばれる割にはあまり変わった点はなくこれといった特徴もない、この世界のどこにでもあるような普通の一軒家だ。
俺たちは家の呼び鈴を鳴らす。ちなみにこの家の呼び鈴は魔法を駆使して使った高級品だ。家のどこにいても音が聞こえるようになっている。こういった細かなところでは普通の家との差異を見出せるのかもしれないな。
呼び鈴を鳴らしてしばらくするとゆっくりドアが開いた。
「どちら様でしょうか?」
中から出て来たのは三十か四十くらいの垂れ目の男の人だった。おそらく《賢者ミルク》の家族だろう。
「俺はカナメです、俺たちリンナさんから《賢者ミルク》さんを紹介してもらってここに来たんですが……。」
「ああ、君たちがそうか。話は聞いているよ、中に入りたまえ。」
俺たちは中に案内され、暖炉のある部屋に通される。そこには大きなテーブルと十脚もの
椅子があった。
「奥に行ってくるからここで座って待っていてくれ。」
そう言って男の人は家の奥に入っていく。《賢者ミルクを呼びに行ったのだろう。」
「それにしても暖炉があるなんて凄い家っすねー。」
ダンが物珍しそうに暖炉を見る。
「でも暖炉って必要か? 調整能力で多少の寒さは耐えられるだろ?」
俺も暖炉自体は初めて見たし、珍しいとも思った。だが特に必要性は感じない。
「それはそうですけど、やっぱり調整能力で寒さを忘れるのと火で体をあっためるのは別物じゃないですか。」
「わかります、それ! 私たちドラゴンは基本的に汚れない種族なんですけどお風呂に入るのは気持ちいいですから、そんな感じですよね。」
「それっすよねぇ、必要はなくても安らぎは得られる、みたいな。」
ダンの説明にエリーが同意する。二人の様子を見るに暖炉は必要性ではなく快適さを重視したものだろう。
「てか、エリーのドラゴンは汚れない種族ってどう言う意味だ?」
「言葉のままですよ? ドラゴンは常に自分の肌の表面を魔力が覆っているので汚れはつかないんです。だからお風呂に入らなくても清潔さは保てるんですよ。」
「便利な種族だな、ドラゴンって。」
常々思うがこの世界の神様、まぁあの女神様なんだけどドラゴンを優遇しすぎではないだろうか。
俺がそんなことを思っていると奥から先程の男性が出てきた。
お膳に六つのお茶を乗せて運んできたようだ。
「時間がかかってすまなかったね。今日は使用人が里帰りをしているから僕が淹れたんだよ。味は保証しないがまぁ、のんでくれ。」
それぞれの前にお茶の入ったマグカップを置いていく。
そして、配り終えるとそのままルーナの隣に座った。
俺、エリー、アーサーが並んでる座り、その向かいにダン、ルーナ、そしてお茶を淹れてくれた男の席順となった。
「えーと、賢者ミルクさんはいらっしゃらないのでしょうか?」
エリーが尋ねる。俺たちはこの男の人がてっきり奥に賢者ミルクを呼びに行ったのだと思っていたが彼はお茶を淹れていただけのようだからな。
しかし、
「何を言っているんだい? ミルクとは僕のことだが?」
彼はエリーの質問に不思議そうに答える。
「「ええ?」」
俺もエリーも思わず声が出てしまった。その様子を見た彼は笑い出した。
「あっはっは、君たち、もしかして《賢者ミルク》のことを女だと思っていたろ? たしかにミルクは女の子に多い名前だからね、たまに勘違いする人も多いけど《賢者ミルク》は僕、男だよ。」
意外だな。俺たちは名前からてっきり女の人だとばかり思っていた。
改めて彼の顔を見る。
短く切った黒い髪にうっすらと生えている顎髭。垂れ目のせいでおっとりとした印象を受ける。なんと言うか俺の中にあった白髪で長髪、杖とローブを被った賢者のイメージとはかけ離れている。
どちらかというとちょっとダンディなおじさんって感じだ。
「さて、気をとりなおして自己紹介でもしようか。僕はミルク・ライム。元冒険者だ。今は《賢者ミルク》なんて呼ばれることも多いね。君たちの話はリンナさんから聞いているよ。」
彼が話し出す。
「君がアーサー・メルト君だね。君の噂はずっと前にも聞いたことがある。なんでも王族や貴族の中でもずば抜けた魔法の才能を持っているとか。」
「そんなことはないよ、噂は噂だ。」
アーサーは謙遜する。自信家の筈なのに珍しいな。
「そして、君がルーナかな? 君のお母さんには世話になったからね。よろしく伝えといてくれ。」
「は、はい!伝えます!」
ルーナは若干緊張しているようだ。俺たちとあったばかりの時もこうだった、ルーナは初対面の人と話すのは苦手なんだろうな。
「さて、では本題に入ろうか。君たちはパーティー戦の極意を知りたいんだよね?」
彼は両腕の肘をテーブルにつき、結んだ手の上に顎を乗せながら尋ねる。
「ああ。ミルクさん、俺たちにパーティー戦の極意を教えてくれ。」
「わかった、じゃあまずはパーティー戦の基本から教えていこうか。パーティー戦では基本的に三つの形がある。なんだかわかるかい?」
ダンやエリーが考える。
「三つの形? なんでしょうか……。」
「前衛、中衛、後衛とかっすか?」
「ははっ、それは三つのポジションだね。三つの形っていうのは、一人対パーティ、パーティ対パーティ、多数対パーティのことを言っているんだよ。ちょっと待っててね。」
ミルクさんは立ち上がり後ろの棚にあった箱をテーブルの上持ってくる。蓋をあけるとそこには砂が入っていた。
「これを見てくれ。ソイル・ドール・ソング。」
彼は砂に手をかざし魔法を唱える。するとーーーー!
ポコッ、ポコポコッ
砂が親指くらいのサイズのゴーレムになった。十体ほどのミニゴーレムが出てくる。
「さて、では三つの形について説明していこうか。まず一つ目、一対パーティーの形だ。」
ミニゴーレムのうち、五体が陣形を組み、残りの五体が合体して一体の大きめのゴーレムになる。
「見ての通り、強力な一体の個体とパーティーで戦う形だ。この場合の戦い方は簡単、前衛が後衛を守り、後衛が遠距離から攻撃をし続ける。これはあまり説明はいらないだろう、次だ。」
今度は大きなゴーレムがたくさん分裂して二十体ほどのもの超ミニゴーレムになった。
「これが多数対パーティーの形。これは敵の攻撃が同時に多数から来るため前衛だけで後衛を守るのは難しい。ふつうにやれば後衛を崩されてパーティーは機能しなくなる。」
俺の頭の中にマジックモンキーと戦った時の記憶が蘇る。まさにあの時の、後衛のアーサーたちを狙われて連携が取れなくてなった時のことだ。
「これはパーティーに範囲攻撃のできる魔法を持ったものがいないと対処するのが厳しい。戦術としては敵に囲まれないように立ち回りながら魔法で殲滅していくしかない。」
「もし囲まれたら?」
「逃げの一択だ。一点に火力を集中させ囲いを突破するしかないだろうな。たしか、エリー君はドラゴンなのだろう? ならパーティーメンバー全員を乗せて飛び、上空からのドラゴンブレスで一掃するのもいいだろうね。」
でもそれって……
「それはあまりパーティーでいる意味がない気がするのだが……、全てエリーに任せるというのもどうなんだ?」
アーサーが疑問を呈する。俺も同じ事を考えていた。それならばエリーだけでいいではないか、と。
しかしミルクさんは首を横に振る。
「違うよ。パーティーとは連携を取り強敵を倒すことだけが全てでない。味方同士で足りないものを補うことで様々な状況に対応出来るようにすることがある大事なんだ。常に全員が活躍する必要はない。適材適所というやつだよ。」
常に全員が活躍する必要はない、か。当たり前のようで俺にとっては意外な言葉だった。
「なるほどな、たしかにそうかもしれない。愚かな問いだった。続けてくれ。」
アーサーも納得したようで話を続けるように促す。
「では、最後の形、パーティー対パーティーでの戦いだ。これは本当に難しい、なぜなら敵のパーティー構成によって最善の行動は変わって来るからだ。」
ミルクさんは話しながらもう一度砂に手をかざし、沢山の超ミニゴーレムは合体して、五体の、普通のミニゴーレムに戻った。
「例えば相手の構成が前衛に三人、後衛に二人、こちらは前衛が二人、後衛が三人だった場合どちらが有利だと思う?」
俺は考える。
「この場合だと、敵かな。」
「ほう? それはどうして。」
「敵の前衛の方が一人多いからだ。敵の前衛のうち二人がこちらの前衛を抑える、そうすればその間にフリーの敵の前衛が味方の後衛を襲うことができる。」
俺は俺なりの考察を告げる。
「ほほう、なかなか鋭いね。その通り、一人一人の力に差がない場合は前衛が多い方がが有利なんだよ。」
ミルクさんは俺の言った状況をミニゴーレムで再現してくれた。
しかしーーーー
「でも、パーティー戦の火力である後衛は味方の方が多いんすよ? 敵の前衛を魔法で攻撃すれば敵の前衛の一人くらいは倒せそうだと思うんすけどね。」
ダンはダンなりの考察を落とす。
ミルクさんはそれに答える。
「君の言うことにも一理あるがじゃあ聞いてみようか。エリー君、アーサー君、君たちは味方と近接戦をしている敵に攻撃を当てることはできるか?」
「私のドラゴンブレスは攻撃範囲が広いので無理です……。味方ごと巻き込んじゃいます。」
「僕も難しいだろうね。激しく動く敵はこちらの放った矢が到達するまでじっとはしてくれない。近接戦なら敵の動きを読むこともほとんど不可能だ。」
二人の答えを踏まえてミルクさんは話す。
「基本的に、パーティー対パーティーの戦いで活躍するのは敵を攻撃できる後衛ではなく味方を強化できる後衛だ。支援系魔法や呪術系魔法がそれに当たるだろうね。とにかく、今まで話したのはあくまでパーティー対パーティーの形の一例に過ぎないし、実際はもっと細かな場合分けができる。時間もお茶もまだたっぷりある。君たちの気の済むまで教えてあげよう。」
ミルクさんは自分のマグカップにもう一度お茶を淹れる。
その日は一日中ミルクさんとみんなで話し合った。
気づけばすっかり日も暮れており、夜になっていた。
「すいません、こんなに遅くまでお邪魔しちゃって。」
家の前まで見送ってくれたミルクさんにエリーがお辞儀をする。
「いや、こっちこそ話相手がいて楽しかった、またいつでも来るといい。次は使用人のゼッタもいるだろうから美味しいお菓子とお茶を用意させておくよ。」
ミルクさんに見送られながら俺たちは彼の家を後にした。
「とりあえず、明日からは今日聞いた話の実践練習ですね。」
「そうだな、ウロボロスとの決戦までまだ時間はあるから手頃なクエストでも受けるか。」
「そうですね! 明日から頑張りましょう!」
ダンが元気な声を出す。
それから約二週間、俺たちは十個以上のクエストをパーティーでこなし、ウロボロスとの決戦前にはある程度の連携が取れるようになっていた。
そして、今日がくる。
ウロボロスとの決戦だ。




