16.武器を手に入れたい
曇った空。
空に轟く雷鳴。
雷の間を縫うように飛ぶ魔獣。
広がる森。
森を包む血の匂い。
血を欲して徘徊する魔獣。
ここは魔王城。
唯一大陸クロスシードの中央に位置する大陸最大の城だ。
今、そこには四人のの魔王軍幹部が集まり大陸征服の作戦会議をしていた。
「さて、では報告を聞こうかの。マキナス、ポニータ。メルト王国での準備はどうなっている?」
大陸の地図が描かれた正方形のテーブルを囲む四人のののうちの一人、灰色のローブに長い杖を持った老人が話し出す。
彼はロイ・サンザンド。魔法使いにして魔王軍の参謀だ。
「メルト王国でも準備は順調だよ。遺跡の稼働試験も問題ない。いつでも攻め込める。ただ……、メルト王国で転生者を発見した。かなりの手練れだ。私とポニータでは勝てる見込みが薄かったため撤退した。」
ロイは眉をひそめる。
「転生者か……。なるほど、メルト王国におったのか。出来るだけ早めに始末しておきたいのう。」
「しかし、ポニータもマキナスも、2人がかりで逃げてくるなんてダッセェな。俺ならそいつの息の根を止められただろうによ。」
そう声をあげるのはマキナスの向かいの側に座るもう一人の幹部、ビートだ。
ビートの批判にポニータが憤る。
「うるさいわよ、バカ! 仕事はちゃんとこなしてきたから問題ないでしょ?」
「仕事をこなしたのは私なのだがね。ポニータはすぐにサボるからなぁ。」
「マキナスもうるさい!」
ロイはまるで子供の喧嘩のようだとでも言わんばかりに三人を見つめる。そしてーーーー
ゴフンッ。
わざと大きく咳をして話を元に戻す。
「それで、ビート。お前さんの方はどうだ? 魔獣部隊の訓練は順調かね?」
「あ、ああ。今で八割ってところかな。何匹かいきのいい奴がいるからそいつらを躾ければ終わりだ。」
「そうか、ならメルト王国に侵攻するまでには完成するか。よろしい。」
ロイは転生者が見つかったというイレギュラーはあれど概ね自分の計画通りに準備が整っていることを聞き安堵する。
「さて、では魔王様への報告はまとめて儂がやっておく。お前たちは休んでいていいぞ。」
ロイは三人の幹部達を後にして部屋を出る。
そのまま薄暗く、長い廊下の奥に消えていった。
✴︎
俺は武器屋に来ていた。
「武器が欲しい。出来るだけ切れ味のいい剣をくれ。」
「じゃあこれなんてどうだい? 名刀カグート、ウチの店で一番の刀だよ!」
「ちょっと試してもいいですか?」
「試すってどうするつもりだい?」
「こうするんです……よ!」
俺は刀の刃で自分の腹を切ろうとする。別に切腹とかではない。切れ味を試しているのだ。
「はぁ、ダメか……。切れない。」
「あんた……何者だ⁈」
刀は俺の腹を貫くことなく岩のような硬度を誇る腹筋には傷一つつかない。
「店主さん、邪魔したな。もしもっといい刀が手に入ったら教えてくれ。」
俺は店を後にする。
ツーラン領での魔物騒ぎから一週間、評判のいい武器屋を回って自分に合う武器を探していた。なぜならポニータという女と戦った時に、俺は今のままでは魔王をたおせないのでは?と思ったからだ。おそらく魔王の部下であろうあの女にすらあれほど手こずったのだ。
殺す気が無かったとはいえ俺のパンチを二回も耐えられ、そのうえ俺の廃課金ボディにも傷をつけられた。もし剣に毒が塗ってあったりしたらヤバかったかもしれない。
それに、今まで刃物を持ったゴブリンなどのモンスターと戦った時は素手で刃を鷲掴み出来たから問題なく戦えたが、敵が俺を傷つけるだけの刀を持っているとなると手でガードするわけにもいかない。
そういった理由から攻撃力と防御力の両方を強化するために俺は武器を探していた。しかし……。
「これで十五件目か。なかなか見つからないな……。」
全然見つからない。大抵の武器は俺が全力で戦えるだけの強度がない。俺にとってはまるで割り箸のような強度なのだ。流石にその程度の武器なら素手で戦った方が身軽で良い。
俺が次にどこに行こうかと考えているとーーーー。
「おーい、あんた! ちょっと待ってくれ!」
「店主さん、どうしたんですか?」
店主が店の外に出てきて俺を呼び止める。
「あんた、強い武器探しているんだろ? ならここに行ってみたらどうだ?」
店主はその手に持った地図を見せる。
「ここは?」
「ここは古代種族のドワーフの末裔が経営してる店だ。店主の爺さんが頑固者で気に入った者にしか武器を売ってくれないって話だが腕だけは確からしい。ダメ元でも行ってみたらどうだい?」
「ドワーフか……。わかった情報ありがとう。行ってみるよ。」
俺はファンタジーに詳しいわけでは無いがなそれでもドワーフって名前は知っている。確か手先が器用で技術力の高い種族だったはずだ。
それにしてもーーーー。
「なんでこんなに親切に教えてくれるんだ? 店主さん的には客が減るから意味ないんじゃ?」
「ああ、気にしないでくれよ。あんた、ツーラン領を守った冒険者のカナメさんだろ?実は俺の家はツーラン領にあるんだ。大したことじゃないが街を守ってくれたお返しだと思ってくれ。」
店主さんは頭をポリポリとかきながら理由を述べる。
「ツーラン領に……。そうか、じゃあこの情報はありがたくいただくよ。ありがとうな、店主さん。」
なんか、こういうのは新鮮な感じだな。俺は転生する前の世界では人に親切にするのが半分癖になっていた。もちろんボッチにならないための打算的な親切心だったが。俺が周りに優しくするのが癖になっていたように周りの人間も優しくされるのが癖になっていたのか、前の世界では感謝されることもお返しを受けることもほとんどなかった。
この世界は魔法やステータスと言った俺たちの世界にはない概念も沢山あるが単純な生活レベルでは元の世界には遠く及ばない。建築も農業も魔法の影響を受け独自の発展を遂げている。そしてその反動で科学的な思考はほとんどなされてない。まだ原子論すら一般的な知識では無いのだ。そのため一部の強者を除いては社会を形成し助け合わなければ生きて行くのは難しい。そのため家に引きこもっていてもネット通販と金さえあれば生きて行ける世界では希薄になりつつある助け合いの精神がこの世界では強い。
今回のように親切な人も沢山いるのだ。
俺は馬に乗って店主さんがくれた地図に書いてある街のはずれまで向かうことにした。
炎天下の中馬を走らせること一時間、俺は店主から教えてもらったドワーフが経営するという武器屋に到着した。
そこにはちょっとしたマンションくらいの灰色の大きな建物が、ポツンと寂しく立っていた。
看板には〔ドワーフの武器屋〕と書かれている。どうやらここで間違い無いようだ。
店の周りには金属の廃材や動物の骨が沢山散らばっているて不気味な雰囲気を醸し出していた。
俺はとりあえず看板のドアを開けて店に入る。
中にはカウンターがあり中にはひとりのお爺さんがいた。
俺は声をかけてみる。
「ごめん下さーい。ここってドワーフの末裔がやってるっていう武器屋ですか?」
「そうだけど。あんた誰だ?」
「俺はカナメ、冒険者です。ここで一番強い武器が欲しいんですけど、どんな物がありますか?」
「ねえよ。」
「ない?」
「ああ、見ず知らずの奴に売る武器なんてねえよ。俺は自分が気に入った奴にしか武器は売らねえ。」
なるほどな。ここの店主は聞いていた通りに頑固者だ。職人気質とでもいうのだろうか、相手が客だろうがそうでなかろうがかんけいなく、媚びをうったりなどはしないのだろう。
「じゃあどうすれば気に入ってもらえますか?」
俺は引き下がらない。わざわざ炎天下の中ここまで来たんだ。簡単に引きさがれるか!
店主は答える。
「表に出ろ。お前がどのくらいの腕前か見せてみろ。」
「腕前?」
「ああ、こっちはプライド持って武器売ってんだ。雑魚にはこの店の武器は握らせたくねえ。」
店主は俺に刀を渡す。
そのまま俺と店主は外に出る。
「さあ、構えてみろ。お前の腕次第じゃ武器を売ってやる。」
店主は少し離れた場所で腕組みをして俺を見る。
やるしかないか……。
俺は剣術なんてやったことはないがそれでも筋力はある。とりあえず近くの木でも切れば認めて貰えるはずだ。
俺は刀を抜いて木に向かって構える。
「失格だ、帰れ!」
「へ?」
嘘だろ? 刀を構えただけで失格になったぞ。
俺は反論する。
「何がダメなんだよ、 まだ構えただけだぞ!」
「握りだよ。お前剣術やったことねえだろ。剣を両手で握る時は右手が上だ。」
ギクッ!
俺が剣術未経験だってことがあっさりバレてしまった。
「お前に売る武器はない。帰れ。素人め。」
くっそー。 どうやら店主には嫌われてしまったようだ。
ダメだったものはしょうがないと思い俺は剣を店主に返して帰ろうとする。
するとーーーー!
「おじいちゃん! また勝手にお客さんを追い返そうとしたでしょ!いつもダメだって言ってるじゃないの、もう!」
店の奥から若い女性が出て来た。見た目から察するにエリーと同じくらいか少し年上って感じか?
彼女を見た店主はさっきまでの様子とは打って変わってうろたえる。
「アリス! お前なんでここに、奥の工房にいたんじゃなかったのか? 」
「工房にいたわよ、 おじいちゃんが怒鳴る声が大きいからわざわざ出て来たのよ!」
アリスと呼ばれた少女は俺の方を向いて頭を下げる。
「おじいちゃんがすいません! ご迷惑おかけしました。」
「い、いや、別にいいんだけどさ。ところで君は誰?」
「あっ申し遅れました、私はアリスって言います、この店で店主をやってます。よろしくお願いしますね!」
「店主?」
俺の頭の中にハテナマークが浮かぶ。
「店主はあのおじいさんじゃないの?」
「ああ、勘違いする人も多いんですけどね、あちらは私の祖父で店の会計を手伝ってもらってるんです。武器の製造は私がやってるんですよ。」
会計かよ、おい!
あのおじいさん、よく恥ずかしげもなく「俺が気に入った奴にしか武器は売らん!」とか言えたもんだな。
まぁいいか。
俺はアリスに尋ねる。
「じゃあ武器は売って貰えるって事でいいの?」
「はい、店にあるものならもちろんです!」
アリスは笑顔で返事をする。
どうやらドワーフの武器屋で武器を買うことは出来そうだ。
ここまで来たのが無駄にならずに済んでよかった。
俺はそのままアリスとじいさんと一緒に店に戻る。
「さて、じゃあとりあえずこの店で一番の剣を見せてもらってもいい?」
「はい、ちょっと待ってて下さいね、奥から取ってきます。」
そう言っていアリスは奥から一本の剣を取り出してきた。日本刀のような曲刀だ。
俺は鞘から刀を抜く。そこには日本刀のような波紋はないが刀身が漆黒のに染まっており独特な雰囲気を醸し出していた。
「これは私が一年前に打った刀です。名はディセンダート。」
「ディセンダート?」
「はい、子孫って意味です。実は私もおじいちゃんもドワーフの末裔なんです。血はかなり薄いですけどね。それでもドワーフの末裔ってこと誇り思ってに全力で打った刀なんです。」
「なるほどな、いい名前だ。試してもいいか?」
「試す? 別にいいですけど……きゃぁ!」
俺は腹に刀を突き刺そうとする。
アリスは突然の俺の行動にびっくりしたようだ。
しかし……
「怪我……してないんですか?」
「ああ、無傷だな。」
ドワーフの刀でもダメだった。俺の体を傷つけることは出来ない。
期待が大きかった分落胆も大きい。
「驚かせて悪かったな。刀は返すよ。もしもっといい刀を作った時は教えてくれ。」
俺は刀を鞘に収めアリスに返そうとする。
しかし、アリスは目を輝かせて説明しだす。
「この刀を弱いと決めつけるのはまだ早いですよ?これから強くなるんですから。」
「強くなる?」
「はい、この刀は切った敵の魂を吸う刀なんです!」
魂を吸う?




