15.防衛戦集結
俺のつけている「それっぽい鎧」があっさり貫抜かれ、ゆっくりと腹部が赤く染まってゆく。
「くっ……、なんだいまのは……。」
俺は痛覚を無効にしているので痛みは全くない。だが痛みは無くとも腹に剣が刺さったのは事実、絶対絶命か?
女は得意げに微笑む。
「どう? これが殺す攻撃よ。あなたは強いけど実戦に慣れていない、そうでしょ?」
俺の腹からはポタリ、ポタリと血が垂れる。
女はトドメを刺そうと俺の腹から剣を引き抜き……
「あれっ? んん! んん! 剣が……抜けない。」
どうしたんだ?
   
なんか全然抜けてないぞ。女は頑張って剣を抜こうと奮闘している。
「あんた 、どんだけ固い腹筋してんのよ!」
なるほどな。そういうことか!
俺は剣が抜けない理由を理解する。
「形成逆転だな!」
腹に剣が刺さったまま女を殴り飛ばす。
ステータス課金で身体能力を強化したため腹筋も鍛えられていたようだ。
俺は自分の腹筋を触ってみる。うーん、確かに岩みたいに固い。気づかなかったな。 確かにこれなら大抵の攻撃はノーダメージで済むだろう。
むしろこんな腹筋に剣を突き刺すことが出来たあの女のの方がすごい。
あと、腹に刺さった剣はどうしよう……まいっか、放置で。痛くないし、抜くとかえって出血しそうだしな。
俺は腹を刺されてもなんの問題もないくらい強くなっていた自分に自分でもびっくりしながら女の方を向く。
「もう諦めろ。武器があっても俺を倒せないお前が武器なしで勝てるわけないだろ?」
今度こそしっかり捕まえるべくじりじりと詰め寄るが……
「そこまでだ。このドラゴンがどうなってもいいのかね?」
俺の背後から低い声が、振り返るとそこにはーーーー!
「エリー⁈ 」
もう一人の怪しい男、たしかこの女にマキナスと呼ばれていた奴だ。エリーはそいつの足元で倒れていた。
「カナ…メさん……。すいませ……ん。」
エリーは意識はあるようだったがそれもかろうじてだ。
「お前! エリーに何をした! 」
俺は声を荒げる。
「私の邪魔をしようとしたから動けなくしたまでだ。女の命が惜しければ質問に答えろ。お前は何者だ? なぜ人間風情がポニータを圧倒できる程の力を持っている。」
俺は答えるしかない。
「俺は冒険者の財前カナメだ。俺は別の世界から転生して金と引き換えにレベルを上げる能力を得た。だからステータスが高い。」
「転生だと⁈」
「転生者⁈」
俺の説明に男も女も反応する。
「なるほどな。それならポニータ程度では歯が立たなくて当然か。ポニータ、引くぞ、今の私とお前では勝率が低い。」
「わかったわよ。さっさと帰りましょう。」
あっさり引き下がる二人。
転生なんて話、信じては貰えないと思っていたが意外に信じて貰えた。よくよく考えてみれば女神も魔王軍にも転生者がいると言っていたし俺が考えてる以上に現実味のある話なのかもな。
女は男のそばまで歩いてゆく。
「さて、とりあえずいまは退散させてもらうよ。ワー・チン・カレル・マッド」
男が呪文を唱えると二人を光のベールが包み込む。
「あっ、まってマキナス、私の剣取り返してない!」
「うるさいよ、自業自得だ。もう魔法は発動しているんだよ!」
ベールが二人を包み込み光はますます強くなり、そして……消えた。
「くそっ、なんだったんだあいつらは! 」
会話から察するに魔王の手先っぽいが何をしていたかも、その目的も掴めなかった。
残念なことではある、がいまはそれよりも……。
「エリー! 大丈夫か、怪我はないか?」
俺は倒れているエリーの元に駆け寄る。
「大丈夫……です、痺れて動けないだけですから。」
「え? 痺れてるだけ?」
「はい……、あの男に変な煙を吹きつけられて……それから体中が痺れてしまって……。」
よかった。大きな負傷では無さそうだ。
「それ……より、魔物の群れは……どうなりましたか?」
エリーは街の心配をする。
「そういえば! 少し見てくる。じっとしててくれ。」
肝心なことを忘れていた。俺があの二人と戦ったのは魔物の群れを食い止めるためだったんだ。
俺は念のためエリーの周りに防御魔法を張ってスカーとリンナさんが戦っている場所まで走る。
そこにはとてつもない光景が広がっていた。
逃げ惑う魔物の群れ、それを追いかけ叩き潰す巨体のゴーレム、追い討ちをかけるように乱射される炎と爆発。
先程までと違い魔物の群れは集団として機能しておらず烏合の衆と成り果てていた。
我先に、我先にとスカーとリンナさんの攻撃から逃げている。
どうやら先程俺とエリーで追い払った二人が魔物の群れを操っていたのは間違いなさそうだ。その二人を撃退したことで魔物は自我を取り戻し命の危険を感じて逃走しているのだろう。
二人の攻撃はまるで激しい豪雨のように魔物に襲いかかる。もはや勝負は決していた。
さらに……
「遅くなった! ギルドから応援を連れてきたぞ! このまま一気に魔物を討伐だ!」
「ウォォォォォォオオオオオオオオオ!」
馬に乗ってギルドマスターのフェルナンドを始め沢山の冒険者が駆けつける。
俺同様、馬に支援魔法をかけているのだろう。かなり早い応援の到着だ。
そこからはもはや街の防衛ではなく狩りとなっていた。
俺もその応援とともに戦いに加わる。
ゴブリンやオークをぶん殴り、スライムやスケルトンをぶん殴り、ダブルヘッドウルフや巨人をぶん殴る。
ワンパターンだって? しょうがないじゃないか、殴るしかできないんだし、殴れば大抵の敵は弾け飛ぶんだから。これでいいんだよ!
結局魔物五千匹は三千体以上が討伐され残りも散り散りになってツーラン領の北のほうにある山脈に逃げていった。
奇跡的に一人の犠牲者すら出さずに街は守られたのだ。
「我々の勝利だぁぁぁぁぁぁあ!」
「ウォォォォォォォォォォォォォォォ!」
どこからともなく歓声が上がり戦いが終わったことを告げる。
常に最前線で中心的な働きをしていたスカーとリンナさんが俺の元に駆け寄ってくる。
「カナメ、途中から魔物の動きが変わった。魔物のボスを倒したんだな? よくやった。」
スカーが俺を褒める。
「ところで……カナメくん、お腹に剣が刺さっているけど大丈夫?」
リンナさんが心配そうに俺を見る。
ああ、そう言えば忘れてたな。俺まだ剣を抜いていなかったんだっけか。
「とっても痛そうだけど大丈夫?」
リンナさんは心配してくれる。
痛くはないがやっぱりこのままだとマズイよなぁ。
「うーん、だれか回復魔法が使える人いればいいんですけどね。」
リンナさんもスカーも回復魔法は使えないので困った。
「なんでそんなに冷静なんだ? 少しは焦った方がいいぞ。」
スカーは若干引いていた。まぁいい。
ギルドから応援にきた冒険者に回復使えるやついないかなぁ、とあたりを見渡すと……
「腹に刃物が刺さってるのにすごい冷静やなぁ、カナメくんはほんま不思議やわぁ。」
「レイ・リー!」
そこには先日ダンジョンでいっしょに戦ったレイ・リーがいた。
「なんでレイ・リーがここにいるんだ?」
俺は驚いて声をあげる。
レイ・リーはクスッと笑って説明する。
「実は僕も精鋭に選ばれとるんよ。カナメは気づいとらんかったみたいやけど結成式の時もギルドホールにいたんやで? それでカナメ達が街に向かったあとフェルナンドさんといっしょにこっちに応援にきたっちゃーわけや。」
「そうだったのか。」
いやー、まったく気づかないかったな。
「それよりもカナメ、はよ剣を抜いて服を脱ぎ、僕が治したるわ。」
レイ・リーは俺の怪我を見て俺に剣を腹から抜くように指示する。
「治せるのか? 」
「あんまり深く刺さってへんしこんくらいなら僕の回復魔法でどうとでもなるで。」
そう言えばダンジョンでレイ・リーは回復魔法が使えるって言ってたような……。
俺は指示に従い剣を抜き上着を脱ぐ。
「ほないくで、ユー・ヒール・ドライ」
レイ・リーは俺の腹に手を当て呪文を唱える。すると手に淡いオレンジの光がともりその光が俺の怪我を塞いでいく。
「すっげえな……。」
俺は思わず見とれてしまう。
まるで逆再生を見ているようだった。切れた細胞と細胞が結合し、血管も元に戻り、肌も痣すら残らずに綺麗に元どおりだ。
「これで完治や。もう大丈夫やで。」
レイ・リーは俺の腹をペチンと叩く。
「ありがとうな、助かった。」
いやー、回復魔法って便利だな。もし誰かとパーティー組むなら絶対回復魔法持ちだ。
その後、街の住人にも危険は去ったと伝えられ次第に街に活気が戻ってくる。
魔物が発生したのは昼頃だったが今は日も落ち始めている。そのため俺たち冒険者も今日は街に泊まる事にして街に戻る。
街では宴の準備が行われていた。
どうやら街をあげての感謝の気持ちだそうだ。
ちなみにエリーはレイ・リーに頼んで回復魔法をかけて貰ったので大丈夫だ。
街の中央の広場では沢山のテーブルと椅子が並び豪勢な料理が振舞われていた。
街の人も冒険者も一緒になって街の平和を喜んでいるのだ。
俺もエリーと同じテーブルに座ってご馳走をいただく。
スカーとリンナさん、それにレイ・リーとフェルナンドも一緒だ。
今回の戦いで中心的な活躍をした俺、エリー、スカー、リンナさんの四人はまるで英雄のような扱いを受けた。
故郷を守るため最速で駆けつけた《魔龍》エリー。
ゴーレムを駆使して街の盾となった《土軍》リンナ。
《爆炎》の名に恥じぬ激しい攻撃で魔物を追い払う矛となったスカー。
腹に剣が刺さっても戦ってた人、カナメ。
うーん、納得いかない。なんか俺だけショボくない?
いや、間違ってはいないんだけどさ……。
俺が「解せぬ」と思っていると後ろから声が、街の人だ。
「あんた、深い傷を負いながらも俺たちの街を守ってくれたんだって? 」
「故郷ってわけでもないのに本当にありがとうよ!」
「あんたは街の英雄だ!」
街の住人が俺の座っているテーブルを囲んで次々と感謝の言葉を述べる。
それはスカーやリンナさん、エリーに比べれば多いとは言えないがそれでもやっぱり嬉しいな。
俺たちが街を守ったんだって実感が得られる。
でもなぁ……。
正直、戦っていた理由はエリーの孤児院があるからだし怪我を気にせず戦えたのも痛覚を無くしていたからだ。
街の人を守ろうと思っていたわけじゃないし感謝されるのも変な感じがするな。
そんな風に思っていると。
「それでもいいんですよ。助けたのは事実なんですから。」
「エリー? 」
「カナメさんのことですから素直に感謝の言葉を受け取れてないんでしょう? 」
どうやらエリーはお見通しだったようだ。
「そうだな。」
俺は短く返事をする。
「カナメさんは考え過ぎなんですよ、今は!」
「フゴっ⁈」
「ご馳走を楽しみましょ!」
エリーが俺の口に肉を突っ込み、いたずらっぽく笑う。
不意にドキッとしてしまった。
「フガフガ、そうだな。楽しむか。」
少し気分も晴れた。
みんなとのご飯を楽しむか!
俺たちは次々と運ばれてくるご馳走を頬張る、そんな時……。
「ところで、今回の魔物の騒動。違和感はなかったか?」
スカーが話を切り出す。
街の人は気を使ってくれたようで最初こそ沢山押し寄せたものの今はそこまで来ない。
俺たちは今回の騒動について話す。
「《爆炎》それはどういうことだ? 」
フェルナンドが尋ねる。
スカーは答える。
「まず、数と種類です。オークとゴブリンは基本仲が悪い、スライムとスケルトンも。同じ群れの中にいるなんてありえない。それに五千なんて数も異常です。カナメ、エリーお前達が倒した群れのボスはどんな奴だったんだ?」
「よくわからない。とりあえず人間だ。エリーの見立てによればそいつらが魔物を操っていたらしい。」
俺の返答にスカー、フェルナンド、リンナさん、それにレイ・リーも驚く。
「操っていた? あの数を操るなんてありあるのかしら……。」
「カナメ、そいつらはどんなやつだったんや?」
俺は質問に答える。
「二人組みの男女だ。男の方は確かマキナスって呼ばれてた。白衣を着た低い声の男だ。女の方はピンクの髪と服をつけていてポニータって呼ばれてた。そして二人とも魔王って言葉を使っていた。」
「魔王だと⁈」
場の雰囲気が一気に緊張する。
「なるほどな、それなら今回の騒動は裏に魔王がいる可能性もあるってことか。」
「しかし、魔王がどうしてこの街を襲うのでしょうか……。理由が思い当たりません。」
うーん、と考え込む一同。
パンッ!
レイ・リーが手を叩く。
「あかんで、考えこんでも分からんもんはわからん。今は宴を楽しんでまた今度じっくり考えればいいんや!」
レイ・リーの笑顔と言葉につられてみんなの緊張も緩和された。
「そうですね。せっかくの宴ですから楽しみましょう。」
「レイ・リーの言う通りだな!」
楽しい雰囲気が戻ってくる。
結局、その日は夜が明けるまで騒ぎまくった。
 




